明日を生きることを決めた石竹 下
真面目にお久しぶりです、桜宮です。
ずいぶんと遅くなった後編でございます。
私生活が忙しい&体調不良&他にやる事があると忙しさフルコンボだどん(?)
という感じでして…。こんな感じの投稿頻度か一か月お休みもありうるかもです。
ご了承ください(*- -)(*_ _)ペコリ
〈元和元年 三月二十七日:後編〉
【千六百六年 未明】
ふと、眠りの意識から覚め起き上がってしまった。少し水でも飲もうと廊下をに出た、その時。焦げ臭いような匂いが鼻腔を満たした。いや、その前に異様に明るさを放つ場所が近くにあった。…磐長寺だ。考えるよりも先に体が走っていた。頭の中は、自然と撫子殿でいっぱいだった。門の前で、余は絶望した。焼き焦げた木の匂い、数多の人の血の匂い。吐き気を催した。口を手で覆い、しゃがみ込んでいるとあいつの声が頭上に降ってきた。
「てめぇ、なんでここにいんだよ。」
「…当主様こそ、何故いるのですか…」
ふと当主様の左手を見てしまった。掴んでいるのはお坊様の首だった。もはや眩暈がするが、首を横に振り何とか意識を保ち、「撫子は?」と聞いた。すると、鼻で笑い「知らん」と答えやがった。
「俺はぁ、火を放っただけだ。誰が死んでいるのか逃げているのか知らねぇよ。」
「っ…!」
「あ!でもそうそう。逃げ道になりそうなとこは、うっかり閉じちまったけどな。かかかっ!」
「貴様!」
がっと余は胸ぐらを掴んだ。それでもそいつは余裕そうな表情を見せた。
「父親に向かってそんなことをしても良いのか⁉」
「…実の親なんぞ知らん。実際、お前が実の父親かもしれぬし、血が繋がっていないかもしれぬ。柘榴様もそうだ。実の母親かもしれぬし、血が繋がっていないかもしれぬ。」
「だが!あの女は貴様に興味なんぞ向けてなかっただろ!だったら、てめぇによく接してる俺こそが血が繋がってるだろ!」
もうこいつと話しても、反吐が出るだけだ。余は胸ぐらを掴んでいた手を緩め奴を離した。そして燃え盛る本殿へと歩み寄った。辺りは血の海で、お坊様の亡骸が転がっていた。首のない者、手足のない者。まぁ、何とむごい事か。本殿に近づくとお経が聞こえてきた。…あぁ、慈緣様の声だ。もう本殿は炎に包まれ入る事すらできなかった。
「撫子、殿。…撫子…!」
呼んでも返事はない。中に入るしかないと思い近づいた瞬間、燃え上がった炎が余に襲ってきた。
「あ!づぅ…」
ひりついた痛みが左目辺りに走った。中へ行きたいがこれ以上は無理だと判断し、その場に泣き崩れた。ひとしきり泣き、屋敷へ帰り治療を受けている間、奴をどう殺すかを考え続け、辿り着いた答えは使用人とすれ違う時、いつも同じ言葉をかけ続けた。
「当主に怨みあるならば、寺に来るべし」
告げ口され、余が殺されるかもしれない作戦だったが、一向に構わない。余は次の日の朝まで続け、その夜、一人静かに寺に向かった。ここへ来るは使用人か当主様か。…ここに、当主殿が来てしまったら相打ちをしよう。いや、する。それくらいの覚悟は持ち合わせている。と、後ろで砂利を踏む音がし、振り返った。…余は、ほくそ笑んだ。あぁ、口元を抑えてなければ大声で、笑ってしまいそうだ。
「ご子息様。我々も、あの方にはうんざりしております。」
「一見少ないように見えますが、屋敷にも同じ思いの者は複数います。屋敷を手薄にすれば怪しまれると、思いまして。」
「…ふっ…作戦が、実行できる。皆の者、俺に協力してくるか!」
使用人たちは、周りの者と目を合し頷くと、拳を天へ突き上げた。その後、明日の計画を話し合った。
「今からでも上等な酒をご用意します。」
「いや、あの酒豪の事だ。蔵に大量にあるだろう、」
「では、極上の食事をご用意いたしまする。」
「よろしく頼む。」
「この作戦は紙切れに書き、他の者にも伝達します。」
「あぁ。」
「遊郭から女も連れてきますか?」
「それは別にいいだろう。あの者のお気に入りの女はしょっちゅう来ている。」
「かしこまりました。」
その後も話し合い、解散した。裏口が開いていたのでそこから部屋へ戻った。部屋に戻っている途中、柘榴様が声をかけてきた。
「…今暇か?」
「え、えぇまぁ。」
「妾の部屋に来ぬか?」
「しかしながら、その…」
「男は呼んでいない。というより、もう呼ばん。縁を切った。」
「…柘榴様、珍しいですね。」
柘榴様は自分の腕を抱き締めながら呟いた。
「所詮は偽りの愛じゃ。晦冥の愛ではない。なれば、満たされぬも当たり前じゃろうて。」
「…柘榴様。」
「何じゃ?」
「俺の、父母は誰ですか?」
「……」
「柘榴、様?」
「…さぁ、誰じゃろうな。」
そっと月を眺め暫くの沈黙の後、静かに言った。そして、余に近づき、頬を冷たい両手で包み込みながら柘榴様は呟いた。
「お前が、妾を母だと思いたいなら思え。お前が晦冥を父だと思うなら思え。妾は構わん。それでも。…お前が妾たちをそもそも親だと思っていないなら、それでいい。」
よしよしとそっと、余の頭を撫でた。甘い香が鼻腔を満たす。何故だか、涙が自然と込み上げてきた。知っているような、知らないような。
「…母、う…」
「妾が部屋に戻る。お前さんも部屋へお戻り。傷、お大事に。…じゃあの。」
そう言い、柘榴様は部屋に戻って行った。常に男を傍に置いている柘榴様ゆえに、縁を切るのが珍しいと同時に不思議に思った。
◆
〈夜 戌の刻ごろ。〉
「かっかっかっ!今日はなんらぁ~!こんんなに美味い酒ろぉ、うんまい飯なんぞ用意しおうて~。」
「たまには良いと思いまして。ささ、もう一口。」
「おっととと…」
使用人は当主様に酒を注ぎ、高級品などをたらふく飲み食いさせていた。余はそれを見届け、裏の方へ向かい外に出た。
「そちらはどうだ?」
「火薬も準備万端です。後、逃げ口になりそうな場所は封鎖済みにございます。」
「…柘榴様は。」
「柘榴様、そう言えば見かけていません。」
「そうか。」
ずっと余に素っ気なかった柘榴様。だが何処か優しかった故、柘榴様だけは逃げてほしいなんぞ思っていたが、もう、逃げているだろうか。…そんなこんなで、夜になった。父はいびきが酷い。故、寝たかどうかなんぞ外から容易に分かる。
「…寝たな。」
「ですね。」
「使用人共はもう逃げたな。あいつに心酔してる者はどうでもよいが。」
「そこら辺も、確認済みです。」
「そうか。では、放て。」
一斉に火のついた矢を屋敷へ放った。みるみる内に燃え上がり、しばらくすれば屋敷は火の海だ。もうしばらくすると走り回り、「熱い」という叫び声が聞こえた。
「…これで、死ぬのでしょうか。」
「しぶとく出てくるようなら余がこの手で…」
「妾にやらせろ。」
低く、渋い、柘榴様の声が響いた。片手に小刀を持ち、鮮やかな紅を引いた柘榴様が現れた。
「柘榴、様が?」
「…あの男の死に顔が見たいのじゃ。」
「しかし!それでは柘榴様は…」
「あやつを殺し、妾も死ぬ。我らは夫婦じゃ。妾が責任を持って地獄へ送る。」
「……」
柘榴様は余に近づき、またあの手で頬を包んだと思えばそっと余の頭に口づけをした。
「ほんに、そっくりじゃ…。妾が惚れて、大好きだった男の眼に。……のう、お前は妾の大切な子じゃ。どうか、ずっとずっとこの先を生きておくれ。」
「柘榴…さ、」
「母と呼んでくれ。」
「良いの、ですか?」
「あぁ。」
「…は、母上。」
母は、少し微笑んだ。まるで、幼い少女のような。
「どうか、妾の代わりに明日を見ておくれ。その時の立場が、当主でも一人の男でも良い。生きてくれさえすれば、母は嬉しい。」
「……はい。」
柘榴様は余から離れ頭を少し撫でた後、屋敷へ入って行った。と、振り返り微笑んだ。
「またのう。…“影哉”」
母が入って、半時経ったその時。屋敷から遠吠えに近いような野太い叫び声が聞こえた。当主様だろう。
「…終わり、ましたか?」
「みたいだな。」
使用人たちは何人かはその場にへたり込んだり、抱き合ったりしていた。一人を除いて。
「復讐、これで満足か?」
「…どうだろうな。」
「…こん世で最も好かん人間ば殺したんや、さぞよか気分じゃろう。」
「あっさりとした気分だ。いい気分と言われたら、違う気がする。」
「殺して気が済まんなら、あん男より良か当主になったらどうだ。」
その言葉がちくりと胸に刺さった。胸に手を当て、ぎゅっと拳を握った。
「…当主、か。」
「まぁ、当主ん座に就くことはあん男ん跡ば継ぐようなもんやばってん、一からやり直すなら継ぐとはゆわんて思う。」
「そうか。」
「おうちん歴史ば紡げばよか。うちゃ少のうともおうちに着いて行く。」
その時、使用人が続々と立ち上がった。
「貴方様ならついて行きたいです。どうか我々の当主様となっていただけませんか。」
…そうだな。やってみるか。余はそう思い、この屋敷よりはこぢんまりとしているが同じ場所に建てた。暖かな春の日に、余は当主の座に就いた。いざ当主になる日、余は鏡で己を見た。左目を包帯で巻いた顔。あの日が甦り吐きそうになる。故、余は仮面を身に着ける。慈緣殿が作ってくれた猫の面を。…あぁ、何と落ち着くのだろう。
「…俺、いや、僕…違うな。…あぁ、“余”にしよう。それが、しっくりくる。」
自分の一人称も、しっくりくるものを決め大広間に向かっていた途中、外を見ると撫子の花に似たような花が咲いて、風に揺れていた。そう言えば“石竹”という撫子の花に似ている花があると、あやつが言っていた。…大広間に着き、そして当主の座に座った時。余はこう言った。
「余は、“京 寂筑”本日よりそう名乗る。」
一瞬の騒めきも気にならなかった。“九鬼”は母の苗字故、大切にしたかったのは山々だが過去を思い出したくない故、偽名を使うことにした。余はここで、新たな歴史を築き上げることにした。
◆
「…長くなって悪いな。」
「いえ、大丈夫です。…京様、偽名だったのですね。」
「余にとっては、全てが忌々しいからな。この顔も、名前も。」
「本当に、忌々しいですか?」
「…何故、そんな質問をする。」
「撫子さんは、忌々しいのですか?」
「っ!」
京様はふいっとそっぽを向いて、唇を強く噛んでいた。
「撫子さんと、お母様は名前も、顔も、全部を好きでいたんじゃないですか?全部が忌々しいとなると、そのお二方も大嫌いだと捉えてしまいます。」
「…吐き気がするんだ。あの日を思い出してしまい…。だから、忌々しい…。」
「過去の事だと思って割り切ってもしまえば、それまでですが…そんなことで片づけられませんよね…」
「っ…」
京様は私の方へ顔を戻した。けど、言葉の続きが出てこないのか口をもごもごとしていた。
「えっと、京様が変われたと思うのならばそれで良いのですが…。」
「…ない」
「?」
「変われて、ないと思う。変われた気でいて閉じこもっているだけだ。余は…。」
そう言い、そっと猫のお面を外した。手に持ち、そっと撫でた。
「…京、様。」
「自分自身を好きでいて、自分自身で行動をすれば、変われたというか?」
「……」
「余は、自分の名前が嫌いだったが…撫子は、言ってくれた。素敵な名だと。母は、この瞳が唯一無二で、素敵だと言ってくれた。何故、忘れていたのだろう…。」
お面に、涙が落ちた。肩を震わせ、静かに泣いていた。…“変わりたい”と思っていたけど、段々と“変わらなくては”という呪縛に変わって過去を忘れていたのかなと私は思った。
「京様。」
「なんだ。」
「…私も、自分が嫌いで嫌いで仕方ありません。名前も、容姿も、全部。けれど、それを好きでいてくれる方がいるなら、少しは好きでいようと思えるのです。」
「……」
「変わらなくてはと焦らなくていいです。時間がゆっくりと解決します。そうしたら、段々好きでいれるようになりますよ。きっと。」
「時間を、ゆっくりかけて…余らしさを、見つければ良いのか?」
「はい。」
「…そうか。そうか…。」
そっと猫の面を撫で続けていたが、ふと、京様が口を開いた。
「のう、光殿。」
「はい?」
「万葉と、手合わせをしたい。」
「え?」
「戦ってみたいのだ、万葉と。勝った場合と負けた場合の条件ありで。明日、頼めるか。」
「分かり、ました。」
「…では籠を用意する。それに乗って帰ってくれ。」
「え!あの、多分もう歩けるかと…」
「余がしたいことだ。言葉に甘えろ。」
「は、はい。」
京様、基、九鬼様は猫のお面をつけ、籠を出すよう指示を出しに行った。その間、すっかり冷めたお茶を飲み干した。しばらくして、九鬼様ではなく、晴家さんが呼びに来てくれた。
「…なぁ。」
「はい。」
「京が、久々に穏やかな表情ばしとった。…何か言うたんか?」
「…いえ、特には?会話は少ししましたが、助言となるものは言ってないと思います。」
「そうか。…会話、か。京ん過去でも聞いたか?」
「あ…聞きましたよ。」
「そうか。…ほら、籠に着いた。そういえば途中まで京が馬で並走ばするげな。一応、向日葵が護衛におるけんそがんことせんでよかとは言うたんやけどな…。」
「そうですか。…向日葵さん?」
「人見知りん激しか子やけん、見つけようとはせんじゃってくれ。」
「分かりました。」
その後、神楽さんとみことさんも見送りに来てくれ、私はお辞儀をしてから籠に乗り、妖退治屋へ帰った。
◇
〈光を帰し、亥の刻辺り:退魔屋敷にて〉
深呼吸をして、本当にこれで良いのかと少し悩んでいる自分がいた。万世は、優秀な右腕だ。だが…だが…。
「いつまで悩むつもりや?切るとじゃろ?万世。」
「そうだが…。万世を手放したくない自分もいるのだ!」
「…うち的には、前に進むんじゃったら万世はいらんて思うぞ。」
「っ…」
「人生に葛藤はつきもん。悩みながら生きる者や、人間は。だがいつまでも立ち尽くし止まっとったら、そりゃ変わるとは言えんぞ。」
晴家の鋭い視線が胸に刺さった。…決めたんだ、余は。
「…晴家。」
「いつもん部屋におるぞ、奴は。」
「分かった。」
…責任転嫁をするつもりはない。だが、余はずっとあいつに頼りっぱなしであった。変わるための一歩は、これからだろう。
「…入って、構わん。」
「失礼する。」
「して、何用にございますか?」
「万世。…ここから、出て行ってくれ。君にお世話になったのは感謝する、だが、もうこれ以上…君のやり方には、ついて行けないのだ。」
万世との間に気まずい空気が流れたが、当然すっと立ち上がり余の横に立った。
「今日から、我々は敵同士だな。」
「そうだな。…のう、万世。」
「なんだ。」
「あの日、余がお前にしたことは、覚えているか?」
「……さぁ。覚えていないな。」
「良かった。これで、心置きなく貴様と戦える。」
万世は少し笑った後、立ち去った。…“あの日”それは洞窟で其方と出会い過ごした日々の事だ。飯を与えたり、余の愚痴を聞いてくれたりした日の事。余にとって撫子と過ごした時間の次に穏やかであった。…なのに、其方が覚えていないとはな…
「…なんとも、寂しか表情ばい。」
「そうだろうか。」
…何だろうか。胸のつっかえが少し亡くなったような清々しい気分は。晦冥を殺したときには味わえなかった気分だ。
「晴家。」
「何や?」
「名前も、本当のにする。偽名はもう使わん。」
「…そん心意気や。」
明日は、万葉との手合わせだ。随分と胸が躍っている。
(続)




