残花と化した、苧環 上
どうも桜宮です
少し前ですが、7月12日に誕生日を迎えました°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
これからも作品ともども、よろしくです(^▽^)/
追記:ごめんなさい、変更です。前編・後編と分けようと思いましたが、前編・中編・後編に分けます。分けるのが下手過ぎて自己嫌悪…
〈元和元年 三月二十七日:前編〉
朝を迎えても、水樹殿は帰ってこなかった。朧曰く、自由気ままな性格だから帯解寺の後、何処かの宿に泊まっているのだろうと言っていたが、妙な胸騒ぎがする。
「万葉様、おはようございます。」
「あ、おはよう。光。」
「…昨日から寝ていないのですか?」
「あぁ…帰ってこぬからな。水樹殿。」
「もえぎ様から連絡あるでしょうか。こっそりついて行くと仰ってましたし。」
「もえぎすらも遅いのだ。…全く。」
「…私が待っていますので、万葉様は仮眠でもとってください。」
光はそっと儂を見上げた。彼女を心配させたくないから、笑って、頭を撫でた。
「大丈夫だよ。寝ない日はざらにあるから慣れておる。」
「そうですか…。あ、万葉様。」
「何だ?」
「今日、少し散歩をしても良いでしょうか?最近、していないので。白銀ももちろん連れて行きます。」
「分かった、良いよ。夕方になる前には帰ってこい。」
「はい。」
その後、馨たちに光は呼ばれ行ってしまった。それと同時にもえぎが帰ってきた。が、その表情は暗く沈んでいた。
「おかえり、もえぎ。…水樹殿は?」
「……」
「もえぎ?」
「誰も、来ない部屋にて、報告させてください。」
絞り出すような声でそう呟いた。儂は分かったと頷いた。…もえぎは明らかに怯えていた。こんなもえぎ、初めてだ。
「とりあえず、朝餉を食べよう。話はその後でいいか?」
「…はい。」
光たちも食事をしている大広間に向かった。光の隣で食事をさっと済ました後、一番奥の狭い部屋にてもえぎの話を聞いた。
◇
馨ちゃんたちと朝餉を済ました後、少しだけ支度をした。
「白銀、今日はどこへ散歩する?行ったことのない道にしますか?」
「わふ。」
「帰り道に迷っても、白銀がいますので安心ですね。」
「わぁう」
白銀は不服と言わんばかりの鳴き声を漏らした。
「…さ、行きましょうか。白銀。」
「わふ。」
玄関へ歩いている途中、馨ちゃんと躑躅ちゃんにばったり会った。
「お!さっき振り~!何処かお出掛け?」
「はい、少し散歩に行こうかと。夕方前には帰ってくるつもりです。」
「そっか~。まぁ、確かに最近光ちゃん、散歩に出掛けてなったよね。とりあえず、行ってらっしゃい!」
「怪我して帰ってこないようにね、光。」
「心配ありがとうございます。気を付けて行ってきます。」
馨ちゃんと躑躅さんに手を振り、玄関で草履を履いて出発した。門を出ていつも右へ行ってるから、左へ曲がった。…相変わらずの平凡。こうやって自然の中で深呼吸をすると、私は生きてるんだって確信できる。
「風が気持ちいいね、白銀。」
「わう」
「最近は調子が良いので、遠くまで行ってみましょう。」
「くふ」
白銀とは、会話できているのか分からないけど、ずっと話しかけた。と、見ていた景色が知らない景色へと変わっていた。
「あら。かなり遠くまで来てしまったわ。白銀、ここどこかしら?」
「んんぅ」
こてんと白銀と一緒に首を傾げた。とりあえず、ここら辺を歩いてみた。暫くすると、突然、ぽつぽつと雨が降ってきた。そんな兆しなかったのに。
「白銀、雨が降ってきてしました。あ!あそこにお寺があります。少し雨宿りをさせてもらいましょう。」
私はお寺に向かったけど、白銀が一向に来ようとしなかったからぐっとおしりを押して何とか軒先まで連れて行った。
「わう!」
「きっと通り雨です。ですから…」
雨に濡れた着物から水滴を払おうとしたが、一切濡れていなかった。不思議に、疑問に思っていると、ひょっこりとこのお寺のご住職様だと思う方が現れた。
「おや。」
「あ。す、すみません!少しばかり雨宿りさせていただいてます。」
私はぱっとお辞儀をした。…そのご住職様は優し気な流し目で、左目の下に黒子がある。着物の上に黒の袈裟を着た服装。
「雨宿り、ですか…。あの…貴方さえよければ、中で雨宿りしませんか?今、傘を持ってきますので。」
「えっと、その…」
確かに、ここに居ても迷惑だと思ったからお言葉に甘えることにした。ご住職様は少し微笑んだ後一度戻り、暫くして傘を持ってきてくれた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
白銀と、お寺へ足を踏み込んだ。…寺独特の、凛とした空気に混じる、何か形容しがたい空気も混じっていた。
「…そんなに、珍しい光景でしょうか。」
「え、あ、すみません。つい、周りを見てしまいました。」
「人間の性ですね。」
「…あの、ご住職様。」
「はい。」
「あそこ、火事があったのですか?少し、焦げた跡が…」
見上げながら言いかかけると、ご住職様は目を細め、遠くを見つめてた。
「申し訳ありませんが、拙僧には見えませぬ。」
「…そう、でしょうか。」
「それより、ここで立ち話をしてしまったら、濡れてしまいます。本堂の隣、離れに向かいましょうか。」
「は、はい。」
玄関で、草履を脱いだ時白銀もこのまま上げて良いのか分からず、ご住職様に聞くとそのままでいいと言われたので、白銀も上げた。ご住職様について行き、庭の見える部屋に着いた。ご住職様が座るのを見てから、私も座った。
「きっと、通り雨ですのでそれまでごゆるりと。」
「すみません、ありがとうございます。ご住職様」
「いえ。…拙僧の事は慈緣とでもお呼びなされ。遠慮なく、大丈夫ですよ。」
「えっと…では、そうします。あ、私の名前は…」
「拙僧に言わないほうが宜しい。」
「え…?」
微かに慈緣さんは微笑んだ後、俯き少し呟いた。
「…また、呼ばれてしまった。」
「?何か…」
「いえ、何でもありませんよ。そうです、粗茶はいりませぬか?今から淹れてきますよ。」
「そ、そこまでは大丈夫です。雨宿りだけでここに居ることも場違いなので。」
「…分かりました。」
立ち上がろうとした姿勢を、座る姿勢と直し、淡々とここの事を教えてくれた。そして今、この寺がとても静かで、慈緣さんしかいないのは、皆修行に行ってるからだそう。けど、私は疑問を持った。…先ほどから、たくさんの人の声が聞こえるから。男性の声と、それに混じる小さな男の子と女の子の声も。姿が見えないのに、ひたすらに耳へ流れる。
「いかがなされましたか?もしや、具合が…」
「あ!いえ、大丈夫です。」
「くう」
白銀が、自分を撫でろと言わんばかりに頭を突き上げていたからそっと触れると、さぁっと先ほどまでの声が消えた。
「凄い、白銀…」
「…あなたの髪。大変珍しゅうございますね。」
「……」
私はびくりと反応してしまった。髪について、誰かに聞かれるのは久々。
「けなしているわけではありません、ただ素直な気持ちにございます。何と言いますか、霊力と僅かな妖力を感じます。」
「ほ…。やはり、ご住職様ですね。はい、私の体内には妖の魂があります。」
「…見事に、融合していますね。これまた、珍しゅうございます。本来ならば、人間の人格を失ってしまうのに。…貴方は、何年も修行して霊力を得た巫女と同等くらいの霊力をお持ちですね。」
「そう、なんですか?」
「なので先ほどから、拙僧が見えていない世界が見えてるのではないでしょうか。」
「っ…」
私が言葉に詰まっていると、慈緣さんは外を眺めながら呟いた。
「今日のお日柄は、どうでしょうか。」
「…えっと…雨、にございます。ですが、晴れ間も…少々。」
「……左様ですか。」
そう言うと、慈緣さんは立ちあがり縁側へと出た。
「…何の脈絡もございませんが、拙僧は手鞠を探しているのです。娘がなくしてしまってね。」
「手鞠…?娘さん?」
「娘と言っても、血は繋がっていません。なんせ拙僧は妻を娶ってはなりませぬから。門に捨てられた稚児にございます。」
「…なる、ほどです。手鞠、ですが…その」
「何でしょうか。」
「手鞠は、どこにも見えません。だけど、貴方の傍に、小さな女の子がいます。麻の葉の手鞠を持った、小さい女の子が。裾を握ってます。」
慈緣さんは振り向き目を見開いた。そしてすぐに穏やかに笑みを湛え、涙を流した。
「…やはり、やはりですか。あぁ…拙僧は、過ちをしてしまった。もう、仏様に合わせる顔が、ございません…」
「慈緣、さん?」
「…まだ、猫は鳴いてませんね。」
「猫、ですか?」
「もう、お帰りくださいませ。せめてもの償い。貴方だけは、生かして、帰さねば…」
そう言うと、私に近づきぐっと私の腕を掴み、玄関に連れて行かれ急いで草履を履いてくれと言われた。私が吐き終わると同時に、門まで駆けた。
「じ、慈緣さん?」
「…私は罪を犯しました。仏様に身を捧げているというのに…!」
「……」
と、その時。「みゃう」という鳴き声と同時に、後ろから突風が吹いた。
「っ‼」
「きゃ!」
慈緣さんと共に、門に体を打ち付けてしまった。鈍い痛みが一瞬、体を駆け巡る。
「わう!わう!」
「っ…う…白、銀…慈緣、さんは?」
よろっと起き上がり、辺りを見た。慈緣さんより、先に砂埃に薄っすら映る大きな存在を見つけてしまった。形は猫、けど、人間のように二本足で立っている。
「何、あれ…」
「化け猫、ですよ。」
「慈緣さん!」
「あんまり、動かないほうが…良いかと。骨が、折れているかもしれません…。」
「……」
そう言われても、骨が折れた感覚と痛みがなかった。打ち付けた痛みも、もうないに近い。
「ぐううううう…」
私が慈緣さんを心配している間、白銀は化け猫と呼ばれたそのものと対峙していた。
「白銀!危ないから下がって‼」
「…慈緣」
しゃがれたような、渋い声が聞こえた。化け猫の、声。
「君が言いたいこと、分かりますよ。されど…全部、拙僧が間違ったせい。娘は、どんなに願ったって…生き返らない。手鞠を、見つけられない者は、すぐに貴方に贄にせよとの、ご命令だが、無いのは…っ…」
「慈緣さん…」
「…娘が、持っていたのですよ。あの日から…ずっと。拙僧をもう解放してくれ!地獄へ行くのはもう決まっている!…この生き地獄より…ましである。」
「それは殺していいぃというぅことぉかぁ?」
慈緣さんは静かに、頷いた。…私は、二人のやり取りを見ていることしかできなかった。慈緣さんとは、今日初めて会ったのだから…選んだ選択肢を私が止める訳にはいかないけど、食べられて、亡くなるって言うこと…?
「じゃあぁ!」
「わう!」
嫌な予感は、的中し化け猫の手は慈緣さんに伸びてきた。…慈緣さん、ただ娘さんに、会いたかっただけ。その心に漬け込んで、挙句は…殺すなんて…
「そんなの…そんなの駄目です‼」
ばちっと化け猫と、目が合った。殺される…!と、思ったその時。白く彗星のような一太刀が化け猫を斬った。
「……」
妖を、退治した…?ということは、万葉様?もしくは、妖退治屋の…そう思っている間に、目の前は晴れ、化け猫さんを斬ったと思われる人物が姿を見せた。…猫の面をつけた、長髪でゆったりとした直衣を身に着けた男性。刀を鞘に納め、私を見た。
「…何故このような場所にいる。」
「えっと…」
「何故いる。」
「そ、その、雨が降ってまして!雨宿りを…」
「雨なんぞ一切降っていない。」
この方、誰だっけ…怖いしか勝らない。白銀を抱き寄せた。
「…貴様は妖退治屋の者だな。その銀髪、見覚えがある。」
「はい…妖退治屋の、者です…で、でも戦えません。」
「見ればわかる。」
「う…」
その方は、きょろっと辺りを見渡した。
「こんな焼け野原に来るなんぞ、もの好きだな。」
「で、ですから雨が降ってまして“慈緣”さんが中に入れてくれたんです!」
「慈緣…?」
私がその名前を発すると振り返り、こちらに近づいて来た。ぎゅっと唇を結んだ後に、説明した。
「ほ、本堂
の隣の離れで、雨宿りを…しました。」
「…立て。」
「はい?」
「立って、余について来い。」
「え…。あ、はい。」
立ち上がろうとした、その時。左足首に痛みを感じた。よく見ると、切れた痕があり血も出ていた。
「…どうした。」
「あ、その、足首…」
「……はぁ」
ため息を吐くと、その方は長い髪を左に流し私に背中を向けた。
「えっと…」
「乗れ。」
「の、乗る?」
「そうだ。」
誰かにこうされるの、初めて。恐る恐る体重を預けた。
「わ。わ。」
「肩を掴んでおれ。落ちるぞ。」
「は、はい…」
おんぶされた状態で、改めて磐長寺を見た。私が、ここへ来て初めて見た場所はやっぱり焼けた跡があったけど、さっきまでいた場所や綺麗だと思った場所は、跡形もなく灰となっていた。この方の先ほどの言い分が、よく分かる。
「そ、そういえばお名前、何ですか。」
「…名乗らねばならないのか。必ずしも。」
「あ…いえ、何でも、ありません。」
沈黙したまま、磐長寺の奥まで来た。するとそこには、大きなお墓と隣に中くらいのお墓があった。
「ここで待ってろ。」
「あ、はい。」
近くにあった石の上に降ろされ、その方の動きを眺めた。大きなお墓に近づくと腰にぶら下げていたお酒をかけ始めた。
「…先ほど、慈縁が生きているかのような発言をしたな。」
「はい…」
酒が、最後の一滴までお墓にかかったのを確認し私を見た。
「慈縁は、ここにいる。肉体のみだったが、やっと…魂も眠れたんだな。」
「…え?」
「貴様が会った僧は、もう亡くなっている。」
「あの、」
「何だ。」
「私が見たのは、全部…」
「…幻覚、もしくは現世とは別の場所だ。」
「っ。」
「この近くに、余の屋敷がある。…包帯を巻いたら帰ってくれ。」
「分かり、ました。」
もう一度、その方は私を負ぶってくれた。門へ向かっている途中、ぽつんと首輪が落ちていた。
「あの、あれ。」
「何だ。」
「緑で、鈴のついた首輪が落ちています。」
「……」
一瞬止まったが、すぐに歩き始めた。拾わずに、そのまま置き去りに。
「ひ、拾わないのですか?」
「拾ったところでどうする。…その猫は、何を望んだのだか。動物でも恩を仇で返すんだな。」
「…ここに、来たことがあるのです?」
「何度も。」
「素敵な、場所ですね。ここ。火事が会う前は、さぞもっと綺麗だったのでしょう。」
「…そうだ。」
「慈緣さん、すごく優しい方でした。…お悔み申し上げます。」
そうぽつりと呟いた後は、特にこの方は話さなかった。物静かで、言ってしまえば万葉様と似ているようで、正反対。“不思議”という三文字がぴったりな方だった。…その内、坂に差し掛かった。
「あの、私歩きましょうか?坂でおんぶしたままは…」
「貴様は軽すぎる。なんてことない。…傷もまだ、痛むだろう。」
「…少しだけ。本当に、ありがとうございます。」
しばらくして、退魔屋敷へ着いた。まだ全貌は分からないけど、妖退治屋と比べると小さく、だけどそれなりに広そうなお屋敷だった。
「ここが、退魔屋敷…」
そういえば、退魔屋敷には神楽さんやみことさんもいるのかしら。そしたら何だか、ここへ入る不安も消えてゆく。それに、少しだけ応急措置をするだけ。
「今、帰った。」
この方がそう言うと、静かに門が開かれた。
(続)




