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愛者永遠  作者: 桜宮朧
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約束を結ぶ百合

〔元和元年 二月二十九日〕

寅の刻、儂は支度に取り掛かった。髪を結い、羽織を纏った。朝餉は聢と取る。簡単なものだが。彼女と挨拶は交わせないが、寝顔だけ見つめた。

「…行ってきます。」

隊員、儂を含め二十名。処理班は鷹が屋敷に戻り次第、現場に出動するようにした。治療班はついてくる。

「ここから東に一里ほど移動し、妖の退治をする。事前にもえぎから聞いた情報だと猫のような容姿をした妖だという。今のところは人を食ったなどの情報はない。だがこれから状態が変わる可能性もある。…皆の者、行くぞ。」

儂は馬に乗り、先陣を切った。後に隊員が続いた。道々、雪がほんの少し残っていた。…光が雪を見たらなんと言うだろうか。まぁ…見慣れているだろうな。きっと。

 ◇

卯の刻、少しの寒さで目が覚めた。

「ん…」

やけに、周りがしんとしていた。…そういえば妖退治に行くって万葉様が言っていた。

「くぅ…」

「あ、おはよう。白銀。今日は少し寒いね。」

と、そのとき足音が聞こえた。少し襖を開け見てみると、これから洗濯をするようで大量の着物を持った風雅さんがいた。

「ふ、風雅さん!おはようございますっ‼私、手伝います!」

「え?あ、おはようございます。光さん。大丈夫ですよ、これくらい。」

「私、居候の身なので何かお手伝いしたいんです。なので…その…」

風雅さんはすこし驚いた表情をしていたがふんわりと笑ってくれた。

「では…お言葉に甘えて。でもその前に、身支度を整えましょう。」

「はい」

着物を着た後、風雅さんに髪を結ってもらった。

「…本当に、綺麗な髪ですね。」

「えっ…?」

「絹の様に柔らかで、少し花の香りがします。」

「そ、そうでしょうか…。」

「えぇ、そうですよ。」

「…ありがとう、ございます。」

「さて…洗濯してきますか。」

「お手伝いします。」

「ありがとう、光さん。」

洗い場に行く途中、風雅さんと色々話した。その時、風雅さんは身の上の話をしてくれた。

「…風雅さん、娘さんがいらしたのですか?」

「えぇ、まぁ。…けど、もういないの」

「…いな、い…?」

風雅さんは無言で頷いた。

「私の村に、妖が襲ってきてね。旦那様が私と娘を逃がしてくれたんだけど、私がどんくさくて。途中、転んじゃったの。その時、足を挫いちゃってもう駄目だって思って娘に逃げろって言ったんだけどすでにその姿はなく、ただただ驚いてると頭上から大量の血が降ってきたの。」

「っ…」

「旦那様が逃がしてくれた命なのに、私はなんてことを、って自分を責めた。そこで死のうと思ったけど腕を掴まれて、村の外へと押されたの。それが当主様との出会いだったわ。その後、妖も倒されて村は壊滅だった。」

風雅さんは洗い終わった洗濯を干しながら淡々と話していく。想像しただけで辛いのに…。

「私は泣き崩れて、近くにあった縄で自分の首を絞めようとしたとき当主様に手首を掴まれて叱咤されたわ。“不運により逝った者が遺した命、無駄にするな。どんなに醜く足掻いて生きようと誰も咎めない。ただ生きろ。”って言われたの。」

「ただ…生きろ…。」

「それから私はここで暮らしている。年のせいもあるから皆さんのように戦いは出来ないけどその後の処理とかならできるからお手伝いしているわ。以前ほどではないけど、十分幸せよ。」

「…風雅さんにそんな過去があるなんて知りませんでした…」

「ここに居る方はほとんどそんな過去をお持ちだと思います。」

「でしたら!皆さん…妖の事さぞ憎んでいると思うのに何故見ず知らずの…妖みたいな容姿の私に…優しいのですか…?」

洗濯を洗っていた風雅さんは立ち上がり、優しい笑みを浮かべた。

「妖に触れたり、人々の優しさに触れるにつれ、憎しみも悲しみも薄れていくものです。だけど一番は、当主様のお言葉だと思います。」

「万葉様の?」

「万人誰にでも、思いやりの気持ちを持て。助けを求めるものには必ず手を差し伸べよ。優しさを忘れずに。って…。」

「……」

「私の場合は、もう一つ理由があってね。」

「もう一つの?」

風雅さんはより一層、笑みを深めた。今にも泣きそうなほど柔らかく微笑んだ。

「娘と少し似ているから。」

「……そう、なんですか…?」

「えぇ。娘も少し臆病な性格でね。だけど人のために何かしたいっていう優しい子なの。全くの別人だから重ねないほうがいいと思ってもつい娘を重ねちゃって。」

「風雅さん…」

「…ごめんなさいね、朝からこんな話。」

「いえ!構いません。それに、私が話すように促してしまった気がするのでこちらこそごめんなさい…」

俯く私を風雅さんはそっと抱きしめてくれた。

「話して、すっきりしたわ。ありがとうございます、光さん。」

ぱっと顔を上げた。母の笑った顔など知らないがきっと母の笑顔はこれだと誰もが言うだろう。つられて私も笑顔になれた。その後、食事を済ました。少し経った後、干した洗濯を見に行くため外に出た。ちょうど乾いていたので風雅さんに一度、伝えに行ったら取り込むようにお願いされたので取り込もうしたら一枚の布が風に飛ばされてしまった。慌てて追いかけると、珠乃さんが誰かを押し倒してる状況を見てしまった。しかも、ちょうどその近くに布が…

「ちょっと!まだ明るいでありんしょう⁉時と場合を考えて!珠乃っ‼」

「だって!我慢できないんだもん。珠乃、緋色食べたい~‼」

「人が来たらどうするの⁉ちょっと!眼帯、返して~。」

とてもすみませんと入っていけるような空気じゃないっ!でも取らなきゃ…。頑張れ、私!

「…あ、あの。」

「んにゃ?・・・にゃあぁぁあぁぁ‼」

「ひぃ!」

「ほら、人が来たじゃありんせん。」

「ひ、光ちゃん…。えっと、何しにきたのかにゃ…?」

「洗濯ものがその、飛ばされて…そこにあって…」

「…あら、本当だわ。…はい、どうぞ。」

「ありがとう…ございます。」

その女性は、髪が紅く途中で白く、踝までの髪の長さだった。瞳は澄んだ水の様に綺麗だった。…妖…かしら…?

「あ、名前。言っていのうござりんしたわね。あちきは緋色と言いんす。元々花魁でありんす。」

「花魁?」

「緋色、光たんには花魁分からないにゃ。」

「そうよね、こんな無垢な子があんな所には行くことありんせんものね。」

くすくすと珠乃さんと緋色さんは笑っていた。

「光たん、これは見なかったことにしてにゃ。珠乃、当主様に怒られる~。」

「襲ってきたのは主さんからでありんしょう?…そういえば、お久しぶりですね。光さん。すっかり変わっていて、最初誰かと思いんした。何年振りかしら…。」

過去を思い出すように緋色さんはうっとりとした表情を浮かべたが、私は何のことか覚えてない。やはり私はここに来たことがあるのかしら…?

「あ、あの大変申し訳ないのですか…私、貴方に会った覚えがないんです。というより、幼い頃の記憶が薄くて…」

「まぁ、そうなの?ごめんなんしね。」

「いえ、大丈夫です。こちらこそ、ごめんなさい。」

「いえいえ。」

少し話をした後。残ったせんだくの所へ向かった。

  ◇

光さんが過ぎ去った後、ぼそりと呟いた。

「…憶えてござりんのは、悲しゅうござりんすね。」

「仕方ないにゃ。人間はそういう生き物にゃ。」

「あの時の…優しさが…忘れらありんせん。」

「……きっと、いつか思い出すって信じるにゃん。緋色。」

「珠乃…」

珠乃はそっと私の頬に触れた。珠乃の紫水晶のような瞳が近づいた。自然と瞳を、私は瞑った。珠乃…陽だまりの香りがする…。きっと日差しが当たる場所で寝ていたんだろうな…。刹那にも永遠にも感じる時間が過ぎた後、珠乃は一言、言った。

「大好きにゃん、緋色。珠乃はずっとずっと憶えてるからね。」

「珠乃…私たちはそういう生き物でしょ?一度、憶えた愛は忘れない。忘れることの出来ない、生き物でしょ?」

「…そうだったにゃん。」

…幼い頃の記憶がないとすれば、あのお方のことも忘れているのかしら?きっと…そうよね。でも…また巡り逢えたじゃない。

「あ、そうだ。珠乃。眼帯、返して?」

「んにゃ⁉光たんと話していて忘れているかと思ったにゃ~。」

「忘れるわけないでしょ?はい、返して。」

なんとか珠乃から眼帯を取り返した。

  ◇

「これで…退治は終了とする。皆の者、よう頑張った。」

労いの言葉をかけ、儂は処理班が来るのを待った。半時過ぎた後、処理班が到着した。状況を概ね伝え、儂は屋敷に戻った。午の刻辺りには帰ると伝えたのに、大幅に遅れ、未の刻になってしまった。その道中、森にひっそりと花畑があった。小さき花が複数咲いた、なんとも愛らしい花だった。紫色が多かった。

「…光に見せたら、喜ぶだろうか。」

彼女が微笑む姿が脳裏に浮かんだ。彼女が笑ってくれれば儂も嬉しい。明日、ここに連れてこよう。密かに胸を躍らせた。

  ◆

「…ただいま戻った。」

ぱたぱたと廊下を早く歩いている音がした。誰が来たのか手に取るように分かった。

「お帰りなさいませ…万葉様。」

「すまぬな、退治が少し長引いてしまった。」

「いえいえ、お気になさらず。先ほど風雅さんが仰っていましたが、湯あみすぐに出来るみたいです。」

「そうか。分かった。…体調は良くなったようで安心した。」

「本当に、ご迷惑をおかけしました。」

「気にするな。」

「あの、万葉様のお部屋で待っていますね。」

「あぁ。分かった。」

湯あみをすぐに終わらせ、自室に戻った。光は白銀と戯れていた。

「あ、万葉様。もう湯あみなされたのですか?」

「あぁ、まぁな。…早くお前の顔が見たかったから。」

彼女の頬が段々と赤くなった。恥ずかしかったのか、袂で顔を隠してしまった。

「ま、万葉様っ。真顔でそのようなこと、言わないでください‼心の臓に悪いです…。」

「ん?何も変なことは言っていないだろう?あ、そうだ。光、明日出掛けないか?今日の帰り道、良い場所を見つけたんだ。」

「…別に…宜しいですが、お仕事は大丈夫なんですか?」

「あぁ、大丈夫だ。もし何かあっても朧が対応してくれるだろう。」

「朧さん…あっ、あの少し怖い方ですか?」

「光、何かされたのか⁉」

「いえ、睨まれたぐらいです。…朧さん、妖が嫌いなんですね。」

「…そうだな。この妖退治屋の中で最も憎んでいる。後で明日、出掛けることを伝える。」

「分かりました。」

その後、夕餉を食べた後。光が眠ったのを確認し、朧を探した。だが、大体いる場所は分かった。道場に向かうと素振りしている朧がいた。

「…朧、少し話がある。良いか?」

「あ、当主殿。…構いません。なんでしょうか。」

「明日、光と出掛ける。だから依頼などあったらたの…」

「何故、妖の女と出掛けるのですか。」

朧は食い気味に怒りを含んだ声で尋ねた。

「…朧が妖を嫌っているのはよう分かる。だが、光は妖なのかはまだ分からぬ。」

「妖に決まっているっ!俺はっ、あの女が嫌いだ。何故、当主殿は引き留めた。帰れる家があるなら帰らせれば良かったじゃないですか⁉」

「…確かにお前の言う通りだとは思うが、彼女は体が弱い。ならば人がたくさんいる妖退治屋で保護したほうが良いのではないかと考えたのだ。」

「村ではあんな容姿だから、皆の者が手助けしないんですね。当たり前じゃないですか。」

「…朧…」

「いっそ、はっきり言ってやればいいじゃないですか!お前は妖だと‼」

「朧、もう一度言うが彼女は妖かどうか判断が出来ない。」

「っ…。」

「お前は本当は分かっているのだろう?」

「……」

「“彼女から妖気を感じない”妖ならば嫌というほど感じる。だが彼女はそれがない。」

「…分かっていました…」

「…お前が誰よりも妖が憎いというのは重々承知だ。だがな、良い妖と悪い妖がいると思う。その違いは分かっておけ。」

「はい…」

「で、明日は出掛けるからよろしく頼む。」

「…畏まりました。」

「ありがとう。…しっかり身体を休ませろよ。」

「…はい。」

                                (続)

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