黒種草を視て 上
桜宮です。
遅くなりましたが、新年度も宜しくお願いします(*- -)(*_ _)ペコリ
今回のお話は前編・後編に分けさせていただきます。
前後編も全体的にこのエピソードタイトルがぴったりなので、
【追記】本当にごめんなさい。前編・後編で大丈夫かなと思いましたが、どうも長くなりそうなので、
前編・中編・後編に変更します。なので、横に〈上・中・下〉とつけます。
〈元和元年 三月二十五日 前編〉
目を開けると、何だか見慣れた天井。あたしは上半身を起こし辺りを見渡すと着替えの着物が置いてあったから、着ていいものねと思い着替えて縁側に出た。
「寒…。」
もしかして、ここは妖退治屋かしら。あたし、いつの間に帰っていたのかしら。
「…朧ちゃん、霞ちゃん…渋兵衛ちゃん。とりあえず顔見知りの子を探そ。」
きしっと床が鳴る。足袋も履けば良かった、床がとっても冷たい。俯きながら歩いていたら、あたしは“ここ”に来ていた。
「…万世様の、部屋だ。」
何にも変わってない、懐かしい部屋。だけど万世様の香りは全くない。あたしは自然と中に入り、きょろきょろと見渡した。
「やっぱり何もないわね~。苺依ちゃんの出産期と同時に別荘に行くって言ってたから。」
経机に触れたり、押し入れを覗いたりしていたら、奥の方に何かあった。ぐっと手を伸ばして取り、埃を払うと万世様の日記らしきものだった。
「いつから残ってたんだろ~。結構前よね…」
勝手に見るのは駄目かもだけど…ぱらりと見ちゃった。そこには何気ない日々が綴ってあった。しばらくあたしは夢中で眺めていた。そして、最後のほうを見ようとした、その時。
「…盈月?」
「っ!」
突然、声をかけられびくっとして横を見ると朧ちゃんがいた。
「やっぱりここにいたか。体調どうかって思ってよ、部屋覗いたらいねぇからびっくりした。」
「あ…さっき目を覚ましたの。ねぇ、朧ちゃん。」
「何?」
「ここって、妖退治屋で合ってるのよね。」
「あぁ。」
「…あたし、どうやって帰ってこれたの?」
「俺が担いだんだよ。失神してるてめぇを。」
「そう、なの。」
「ん?なんだそりゃ。」
「え?」
「その書物。」
「あ…」
あたしがぎゅっと抱きしめていたそれを指さしたので、あたしは万世様の日記だと答えた。
「んなもん、残っていたんだな。」
「万世様の事だから、忘れていたと思うわよ。あの人…しっかりしてそうだけど、ちょっと抜けてるとこあったじゃない。…まぁ、そんなとこも好きだったんだけどね。」
「…だろうな。あ、そうだ。盈月。」
「なーに?」
「梅の間で、朝餉を準備してあるから行こう―ぜ。その後、当主様と少し対談がある。」
「当主、様?」
「師範の息子が、今ここの当主なんだよ。」
「へぇ…」
あたしは何にも飲み込めない状況だったけど、梅の間に移動する間は朧ちゃんと他愛もない話をした。
「全然記憶ないのか?」
「そーよ。万世様の祝言を祝って、旅に出たとこまでは覚えててそれから何があったのかは分からないの。記憶が戻ったと思ったときには銀髪の子を殺しかけてて、朧ちゃんが泣いていた。」
「……」
「ね、そんなことより!あたし、渋兵衛ちゃんや東郷さんに会いたいわ。さっきからぜーんぜん姿が見えなくって。」
「…盈月。」
「何?」
朧ちゃんを見ると、沈んだ表情をしていた。あたしは、そういうことかなと察してしまった。
「二人共、戦死した。東郷さんは、旧友と戦って亡くなって…渋兵衛は、何者かの手によって。」
「…そう、なんだ。会いたかったなぁ…二人に。もっと、早く帰ってくれば良かったわ。」
「そうだぜ。なんでこんなに遅かったんだよ。」
「ごめんね…あたしも、分からないの。」
「…そっか。」
「ね、朧ちゃん。」
「なんすか?」
「大きくなったね。あたしの背、超えてるじゃない。」
「…初めて会った時は、まだ俺は餓鬼だったよな。」
朧ちゃんの昔の姿が重なって見えて、目一杯背伸びしてあたしは朧ちゃんの頭をよしよしした。恥ずかしそうな表情に見えたけど、何処か嬉しそうだった。そーこーしてる内に梅の間に着いた。襖を開けると、朧ちゃんの言う通り朝餉が二つ、用意されていた。まだ湯気が揺れているから、出来立てだって分かった。あたしが座り、朧ちゃんが座ったのを見て、同時にいただきますした。
「…ん~!美味しい~…。」
「おかわり、出来るから。」
「ほんと⁉じゃあ、いっぱい食べちゃおうかしら。」
「ん。」
こんなに広い部屋に二人ぽっち。漬物を齧る音、味噌汁をすする音、茶碗に箸がぶつかる音。…大好きな二人とも、過ごした何気ない時間。あたしは自然と泣いていた。あの人は、死んだわけじゃないのに…生きてるじゃない。
「どうした?盈月…」
「え?」
「やっぱ、まだどこか痛ぇのか?」
「…ううん。大丈夫よ。ちょっとね、昔の事を思い出しちゃって。」
「そっか…。」
「ね、朝餉の後はここに残ればいいの?」
「ん?あぁ、そうだ。」
「…新しい、当主様ねぇ。ちょっと緊張する。」
「優しい方だ。大丈夫。」
「そ。」
朝餉の後。軽く顔を洗わせてもらい梅の間でちょこんと待っていた。朧ちゃんと霞ちゃんも同席してた。こーみると、やっぱり渋兵衛ちゃんは、いないのね。そわそわしながら待っているとからっと襖が開き、当主様と女の子が一人、入ってきた。
「あ…」
当主様が座り、その隣に座った子はあたしが殺しかけた子だった。気まずくって、目が合わせられなかったけど、二人はどこか万世様と苺依ちゃんの面影があって、兄妹でありその二人の子供なのねと察した。
「初めまして、水樹さん。儂はここの現当主、万葉だ。以後、お見知りおきを。」
「は、はい。」
「そして、こちらが…許嫁である、光だ。」
「…お久しぶりです、水樹様。」
「ど、どうも~。」
「顔色がすっかり良くなったようで安心しました。もう体調は万全ですか?」
ほんわかとした笑みを彼女は見せた。笑顔は、万世様寄りだわこの子。
「えぇ、少し。何だかすっきりした気分。」
「そうなんですね。本当に良かったです。」
「…それで、あたしはどうすれば良いのかしら?」
「万世…いや、父上の事を教えてほしくてな。」
「・・・へ?」
「儂らは、万世の事を知らないのだ。特に儂は、分からない。光は…知っていれど、嫌な記憶しかないよな。」
「そう、ですね。」
「・・・ん?」
「儂と光は、万世に育児放棄された。儂は産まれは別荘だが産まれてすぐにこちらに預けられ、ここでほとんどの人生を過ごしている。」
「私は、その別荘で産まれ育ちましたが…家にも入れてもらえず、庭で過ごして暫くして村へ逃げて、東郷爺にお世話になりました。」
「んんん?」
あたしはずっと、何の話をされているのか理解が追いつかなかった。ずっと疑問が頭ん中をぐるぐる巡っていた。朧ちゃんに助けてほしく、ちらっと見たらそっぽ向いてるし霞ちゃんは口をぎゅっと結び遠くを見つめていた。
「…どうかなされたか?水樹さん。」
「い、いやねぇ…あのね、信じられないかもだけど、聞いてくれる?」
「分かりました。」
「…万世様は、大の子供好きよ。」
「え?」
「まぁ…」
「本当よ。ね?朧ちゃん、霞ちゃん。帰ってきなさ~い?」
横を見ると二人は明後日の方向を見ていたから、意識が帰ってくるよう声かけた。
「…そうですよ、当主殿。」
「はい、その通りです。」
「と、いうことよ。朧ちゃんと霞ちゃんはまだちーーーさっい時に保護されてここに来て、よく遊んでもらったわよね、ね?はい、答える。」
「あぁ。」
「はい、その通りです。」
朧ちゃんは返事をふつーに返してくれるけど、霞ちゃんは生返事だった。こいつら一番大事なこと教えなかったわね~。後でげんこつ食らわしてあげるわ…。
「あのね、万世様は本当に子供が好きだった。苺依ちゃんとの間に産まれる子供もとても楽しみしていた。まだ、女の子か男の子か分からないのに、りょーほーの名前を考えたりと、ずっと浮かれてたわよ。」
「……」
「…万葉様…」
現当主様は考え込み、光さんは不安げに現当主様の袂を握っていた。無理も、ないかしら。随分…悲惨な人生だったのね。憶測に過ぎないけど…。
「ま、とりあえずあたしの身の上の話になっちゃたりするけど、万世様の事を話すわ。」
「分かりました…ありがとうございます。」
「それと、まず最初の説明なんだけどね…」
「何ですか?」
「あたしは男性しか好きになれなくて、万世様も男しか好きじゃなかったの。だから万世様を知っている理由は、…その…愛人だったの。」
「は、はぁ…」
「盈月。しっかり説明したほうが良いと思うぞ。」
「ちゃ、ちゃんとするわよ!…ここはね、許嫁の他に恋人を作っていいことになってるの。その理由は、しっかりとしたものよ。」
「…そんな、規則が?」
意外な反応だった。やっぱり、秘密なのね。この規則は。
「ここ、当主は兄妹同士で契りを交わすでしょ?そこまでは良いけど、子供を産みたくないっていう人も少なからずいるから、強制せず己の本当に好きな相手と子供が出来た場合は、その子供を跡継ぎとするの。」
「そうなんですね…。初耳です。」
「…苺依ちゃんは、本当に望んだから孕んだから貴方達は本当の子供よ。もちろん、万世様と苺依ちゃんは血が繋がってるわよ。」
「あの、万葉様…。」
「何だい?」
「…ごめんなさい、やはり…何でもないです。」
「そうか。」
「…ま、とりあえず話したほうが良いわ。質問、その後に聞くわ。」
「分かりました。」
こんなこと、話すの万世様以外で初めてだわ。あたしが、知ってる全てを話そう。
◆
天正二年、あたしは酒屋の息子として産まれた。一人じゃなくて、兄がいる。跡継ぎは兄さんでほぼ決定事項だった。だからあたしは遊びまくったり、ちょっとお手伝いしたりと自由に生きてたけど、あたしの、“恋愛”で大喧嘩して、家出した。「気持ちが悪い」「こんなのが息子だと思わなかった」って。元々あたしにきょーみないのは気づいてたけど、真っ向からそう言われると、苛立ちを感じて、「あたしが誰で好きであろうと、あたしがどう生きようと自由じゃない!」って言ったら、勘当された。それからあたしは、ふらふらと旅の真似事みたいな生活をしてた。けど一年は頑張ったけど、限界は来て食べ物も見つける体力がなくなって、意識朦朧として道の隅に倒れた。
「…い!おい!」
「…ん…」
「君!大丈夫か!」
一生懸命、声をかける人物が薄っすらと瞳に映った。…あたしを、こんなあたしを、心配してくれてる、の?そう思った瞬間、再び意識を失った。…そして、ふっと目を開けると何度も見た天井。あたしは助けてもらったあの後、ずっとここで療養されてもらってる。体を起こしたその時、彼が入ってきた。
「あ、おはよう。盈月。」
「おはよう、とーしゅ様。」
「今日も、粥で良いか?」
「え!おむすびじゃないの!」
「嘘嘘、ちゃんとおにぎり。」
「むー…意地悪。あたしより年上なのに。」
「すまない。」
彼はそう言いながら微笑み、台所へ向かった。あたしが来て、二日目で彼はあたしが粥が嫌いだと言うことを察してくれた。言いづらくて、言ってなかったけど気づいてくれた。
「…優しい方だわ、万世様。」
あんなに、優しい方は今まで見たことない。こんな待遇も、初めて。…しばらくして、彼が戻ってきた。
「はい、お待たせ。」
「わぁ~ありがとーございます~。」
あたしは、お盆を卯受け取り自分の太ももの上に置いて、一口頬張った。あぁ~…やっぱり美味しい~。
「旨い?」
「はい!」
「苺依も、これが好きなんだよな。ただのおにぎりなのに。」
「それでも、美味しーの。」
「…あ、盈月。」
「ん、な…」
万世様に話しかけられ、顔を向けるとすぐ近くまで彼が迫っていた。驚いちゃって反射的に目を瞑ったが、万世様の手はあたしの頬に触れ何かをとった。
「うん、とれた。米粒。」
「あ…ありが、と。」
彼はにこっと微笑み、その米粒を食べてしまった。食べるの⁉と困惑していると、少し用事を思い出したと言い、部屋を後にした。それと入れ替わりに苺依ちゃんが入ってきた。
「こんにちは、盈月さん。今、お食事中だったんですね。」
「苺依ちゃん!ううん、大丈夫よ。」
「あ、それ。兄上のおむすび?美味しいですわよね。」
「そ~。あたしもこのおむすび、好きよ。」
あたしはそう言い、もう一口頬張った。その時、苺依ちゃんがぼそりと呟いた。
「…兄上、ずっと盈月さんに付きっきりね。気に入ったのかしら。」
「ん?何か言ったかしら?」
「何も。…そう言えば、盈月さん。回復したらここで働くおつもり?」
「えぇ、そうよ。他に働きたいとこもないわ。」
「…辛いこともございますが、頑張ってくださいね。」
苺依ちゃん、あたしと同じくらいの年齢なのに落ち着き払ってる。さすが、万世様の妹ね。
「苺依ちゃんも一個食べる?二個あるけど、大きすぎて食べきれないわ。」
「え、良いのですか?」
「良いよ~。」
「では。」
穏やかな時間、苺依ちゃんとおむすびを食べながら世間話をした。それから、一年後。完全に回復したあたしはたくさん働いた。初めての刀は難しかったけど、万世様が丁寧に教えてくれた。…あたしは、いつの間にか抱いてはいけない気持ちを、抱き始めてしまった。
“彼が好き”
あの人を見ると、そんな想いが渦巻いた。彼が、あたしみたいとは限らない。それに、あたしだけに優しいというわけではない。彼は、誰にでも優しい。…初めて優しくしてもらったからって、こんな気持ち…おこがましい。人目のつかない縁側の隅で、あたしは悩んでいた。
「…あぁ~…彼に、近づけない。会うだけで、顔が赤くなる…。」
「盈月さん?」
「っ⁉め、苺依ちゃん!」
「こんな所で、どうかなさいましたか?」
「え、えっと…ちょっと頭を冷やしていたというか~…」
「悩み事ですの?」
「…そんな、とこかな。」
「良かったら、私が聞きましょうか?」
「え!」
そう言いながら苺依ちゃんはあたしの傍に正座した。ど、どうしよ…断れない状況になっちゃった。
「私に相談したら、不味い内容ですか?」
「え…?」
「何だか動揺していらっしゃるように見えて。」
「…まぁ、そう…ね。」
「で、でしたら退散しますわ。ご迷惑だったでしょう?」
「あ、ん…やっぱり、少し、聞いてもらっても…いい?」
苺依ちゃんは立ち上がりながら目を丸くしたが、座り直してくれて悩みを聞いてくれた。
「悩みはためるより、吐き出したほうが楽じゃない?人にも、寄るけど。」
「…そうだよね。あの、苺依ちゃん。」
「何?」
「あたしね、万世様の事…好き、かもしれないというかなんというかその…」
「兄上が、好き?」
「っ、うん…」
「…良かった。」
苺依ちゃんは微かに微笑み、自分の手を握りしめているように見えた。
「へ?よか、った?どうして、“気持ち悪い”とか、言わないの?だって、男同士…」
「言わないよ。だって、兄上も同じだもの。」
「お、なじ?」
「私はあの人の妹よ。誰よりも、あの人の恋愛事情は知っている。私は、兄上に幸せになってほしい…ううん、兄上が幸せなら私はそれでいいの。だから、言ってみるだけ言ってみたら?」
「…苺依ちゃん…」
苺依ちゃんは正座から、膝を抱える態勢になりにこっといつもの穏やかな笑みではなく、子供らしい、無邪気な笑みだった。あぁ…この子はやっぱり、あたしと同じ十六歳なんだなと、感じた瞬間だった。
「ねぇ、盈月さん。」
「なーに?」
「…知らない人を、好きになるって、どんな感じなんだろう。」
「え…?」
「ごめんなさい、やっぱり…何でもないわ。兄上には、何も話さなくていいわよね?貴方の口から言ったほうがいいもの。」
苺依ちゃんはそう良いながら立ち上がり、雑草の間で揺れる片栗の花を見つめていた。
「そ、そうだけど…」
「弱気にならないの。言わない後より言って後悔。頑張って、盈月さん。」
「…ありがと、苺依ちゃん、言ってみるわ。」
「うん。」
あたしは苺依ちゃんに背中を押してもらい、明日の夜に言おうと覚悟を決めた。ずっと抱いたままもやもやするより、言って晴れたほうが何倍も気分が良い。
「よーし、言うわよ。頑張れ盈月。」
あたしは少しの自信がつき、自室へと戻った。
(続)




