もう一度生きることを誓う百合 下
〈元和元年 三月十七日:後編〉
ぼーっと空を仰いだ。勿忘草の匂いが私を包む。
「…光」
懐かしい声が後ろのほうから聞こえ、振り返った。
「万葉…様?」
「光!」
万葉様は駆け寄ってきて私を抱きしめた。
「…何、故…いるのですか?」
「お前を心配していたからだ。…やっと…逢えた。」
「……」
「…帰ろう、光。皆が待っている。」
「皆…っ!」
私は万葉様を突き放した。そして怯えるように縮こまった。
「光…?」
「私は、皆さんにどんな顔をして会えば分かりません…」
「…いつも通り、待ってくれているぞ?花宮も、早乙女も。お前の帰りを、無事を…」
「何を信じればいいのか分かりません!…私さえ…私さえいなければ、皆さんにこんな迷惑をかけません‼一人で、生きていけば…誰も私も傷つかない…。」
「光」
「…私が、生きている意味とは何でしょうか…」
「…っ」
万葉様が近づき、ぐいっと押し倒された。…その瞳は涙で潤んでいた。
「万葉様…?」
「儂と、生きてくれと言ったではないか。儂と!皆と!生きてくれと、言ったではないか!」
「……」
「儂はずっとお前の傍に居たい。それが許されないのならば…地位も名誉も何もいらない。お前と同じ身分になって、光と生きていく。儂を…恋人と見れないならば、兄でも構わない…。」
「…万葉…様。」
「お願いだ。一緒に帰ろう、一緒に生きてくれ。お前がいない日々を味わって改めて、お前が好きなのだと分かった。…光は、どうなんだ?」
…私は万葉様の強い意志に胸を打たれ、涙がこぼれた。
「…寂し、かったです…けど、どう接すればいいか分かりません…」
「…光、お前が聞いたという声は本当に花宮なのか?」
その言葉にはっとした。同時に馨ちゃんの声が頭の中で反芻した。
(光ちゃん!)
そう思うとあの声は、馨ちゃんじゃない。私の考えは正しかったのに…あぁまだ弱いんだな、私は。
「ち、がう。違う!馨ちゃんじゃない!」
万葉様は微笑んだ。そして私の腕を引っ張って起こすと同時に抱きしめた。
「お前の帰りを、儂の次に心配していたのは花宮だ。」
「…馨、ちゃん…」
会いたい、皆に。私の居場所は妖退治屋だけ。帰りたいとこんなにも思えるのはあそこだけだ。
「…帰り、たいです。皆の顔を見たいです。」
「あぁ帰ろう。」
と、私は全身の力が抜けるのを感じた。そのまま眠りに入ってしまった。
◇
「…あ、万葉。と…」
「疲れたみたいだ、今は寝ている。」
慈雨殿のところに戻ると、白銀は犬の姿だった。きっと光が起きて戻ってくると思ったのだろう。白銀は人間の姿になった。
「んじゃあ、僕たちは帰るね。慈雨。」
「あ、あぁ。えっと…今度はいつ、あぁぁあぁ会えるかな?」
「分からないな、けど近いうちにまた来るよ。」
「そ、そっか。」
(…あの、八剱様。)
帰ろうとしたその時、水緒殿が何かを抱きしめ駆け寄ってきた。そういえばさっき、取りに行きたいものがあると言って別れたのだ。
「何?水緒。」
(これを、光さんに。)
そう言い、布をめくった。
「これ!」
「白銀、知っているのか?」
「知っているも何もこれは桔梗の予来鏡だ。」
(…ここに置いといても、桔梗を思い出し悲しくなってしまいますの。だから、光さんに託したいと思います。それに…光さんなら上手く使ってくれるかと。)
「…水緒、その意味って…」
白銀の言葉を遮るかのようにずいと水緒殿は白銀に渡した。
(お願い…受け取って。…“桔梗の魂”が体内にある光さんならちゃんと使えます。妖癒瞳も、もう存在してないと思いましたが…)
水緒殿は光をそっと見つめた。そして寂し気に微笑んだ。
(…本当に、懐かしい気分になれました。光さんと桔梗の性格は真反対と言えますが、あの頃に戻ったようで、楽しかったです。)
水緒殿は、眠る光に近づきそっと頬を撫でた。
(また、遊びに来てくださいね。私たちはいつまでもここに居ます。忘れないでくださいね。)
「…じゃあ、帰るね。僕らは。」
「こ、今度はいつ、来る?八剱…。」
「分からない、けどいつか来るよ。」
「そっか…そっか…」
「水緒殿、本当にありがとうございました。何かお礼の品を持ってくればよかったのですね。申し訳ない…。好みなどあるものだから…。」
(いえ、お気になさらず。)
「じゃあ、光がお世話になりました。また遊びに来ます。」
儂は光を背負っている故、会釈して屋敷を後にした。白銀が狐の姿になり一気に始め来た場所に着いた。降りてから光をもう一度背負った。
「…今度は、ただのあぜ道だな。空が、変わっているが…」
「帰りは特に何もない。ただ帰るだけだ。…あぁ…疲れた。体が鈍っているなぁ定期的に変化しなきゃ駄目かな~…」
「白銀はいつ頃、光にその姿を教えるのだ?」
「…さぁね、そういう機会があれば教えるよ。」
「そうか。…儂は、光の事を皆に伝えようと思う。」
「妖の魂があること?」
「あぁ。光にも、確認して。そのほうが光も生きやすいと勝手に思っている。」
「…良いんじゃない?まぁ、光次第だけど。」
白銀と他愛もない話をしていると、段々と出口が見えた。光に満ちていて眩しくて目を瞑り開けるとそこは、儂らの世界だった。昇りかかった朝日、爽やかでひんやりとした空気。
「…帰ってきた。光と、一緒に。」
背中の温もりを感じながら、帰路についた。真っ白な犬と共に。
(続)




