桜は君に逢いたい 上
〈元和元年 三月十七日:前編〉
儂は皆からの情報を纏めていた、その時。ちゃかちゃかと廊下を走る音がして儂の部屋の前で止まり一声鳴いた。
「白銀か、どうした?」
そう言いながら襖を開けると、白銀の隣で浮遊する水の玉があった。最初、疲れているせいで幻覚が見えているのかと思ったが現実で、白銀を中にいれた。
「どうしたんだ?それ…」
「光の居場所が分かった‼」
「え…」
白銀は人間の姿になり、水の玉をつついた。すると水が文字となり空中に浮かび上がった。
“光という方は妖の世界にいます。飛泉之館にて保護しています”
「…慈雨か…懐かしいなぁ…」
「そ、そんなことより妖の世界とはなんだ?」
「こことは、別の世界だ。」
「へ、へぇ…」
「光の居場所が分かったなら今夜、子の刻辺りに安土城へ向かおう。それと今日は満月だから好都合だな。」
「え?何故、安土城なのだ…?」
「あそこが一番、妖の世界への入り口を開きやすいんだ。皆の者には数日出掛けると伝えろ。ここと妖怪の世界の時間は少し違うからな。」
「わ…分かった。」
白銀は犬の姿に戻り、光の部屋に行った。儂は珠乃に皆を集めるように伝え夜に光の捜索に行くことを言った。
「…必ず、連れて帰る。皆の者、情報収集など本当にありがとう。」
「ほ、本当に光ちゃん…帰ってくるのですか?」
「あぁ、きっと。信じて待っていてくれ花宮。」
「大丈夫よ、馨。」
儂は報告を終え、夜に向けて支度した。白銀はその慈雨という者に書状を送ったと言った。早ければもうすぐ届くだろうとのことだった。
「…妖の世界は危険もあるけど、こっちの世界よりは平和だよ。だから小刀くらいで大丈夫だ。」
「そ、そうか。分かった。」
「僕も後で、正装の姿に変えなきゃな…。」
そして夜、儂は勝色の羽織に腕を通した。髪を結び気を引き締めた。
「…よし。」
廊下に出て白銀を探した。
「あ、支度終えたんだね。待ちくたびれたよ。」
と、意外と近くで縁側に足を組んで座っていた。
「…白銀、その恰好は?」
白銀は今、胸元にはさらしを巻き着物は思いっ切りはだけていた。帯もゆるく足も少し出ていた。首には数珠の首飾りがあった。いつもの狩衣とはかけ離れた格好だ。
「あぁ~これ?万葉の羽織と変わりないよ。正装~」
「は、はぁ…」
「…んじゃあ、行く?安土城へ。」
「あ、あぁ」
そう言って儂は白銀の後をついて行った。そして門から出ると白銀は掌を広げ何やら火の玉を出した。
「…我が狐火よ、我ら二名を安土の城へ連れて行け。」
そう言うと狐火が道を照らすように連なった。
「…何だ、この光景は…」
「こんなことで驚いていると、妖の世界に適応できないよ~。これは当たり前だからな。」
「はぁ…」
「行こっか、万葉。」
そう言って白銀は歩き始めた。儂は狐火の美しさに呆気を取られた。紫色だが、ゆらりと揺れると青にも見えて綺麗だった。
「…すごいな…妖とはこんな感じなのか。」
「まぁね、普通の妖は。」
「そういえば、白銀からあまり妖力を感じなかったのも驚いたぞ。何か術を使っているのか?」
「…いや違うよ。普通妖はふんわりと感じる程度なんだ。まぁ僕は最高峰の妖だから極限まで無に出来る。」
「へぇー…」
「…ねぇ万葉。」
「ん?なんだ。」
「“普通”って何だろうね。」
「……」
白銀は、突然難しい質問をしてきた。普通、か…
「君たち妖を退治する輩が退治しているのは、僕たちと何ら変わりないんだけど、ただ一度だけ過ちを犯し帰らなくなった子たちなんだよ。」
「え…」
「だから、普通とか敵とか味方とか何だろうね。それぞれの立場に立ったら見方は変わる。本当、不思議だよね。…似た者同士なんだよ、妖も人間も。」
「…白銀。」
尾が寂し気に揺れた。何と声をかけようか迷い口籠った。沈黙が続いたがやっと安土城に着いた。
「…さて、登るか。」
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、この狐火で僕も万葉も姿が他の人間の目には見えなくなっている。」
「そうなのか…」
「行くよ、万葉。」
「分かった。」
何とか登り、月の光が照らされている場所に着いた。
「我が名に応じて、門よ開け。八剱!」
すると狐の顔が中央にある門が現れた。
「…頭の整理が追いつかない。」
「万葉、しっかりと僕について来い。」
「分かった。」
儂らは門をくぐった。
◇
「…もうすぐ、最初の関門に着く。ここでお前が駄目ならすぐに帰るぞ。」
「だ、め?」
「着けば分かる。」
段々と、紫色の花が見えてきた。香りは無いが綺麗だった。そこは少し小高い丘になっており一面に紫色のその花に中央には葉が黒い木があり真っ赤な実があった。風が吹くとその実からなのかとてつもなく甘い匂いがした。
「コノ実喰ウベシ、必ズヤ」
と、唄のようなものが聞こえ木の元に目をやると、大きな鎌を持った女がいた。その女は人間でないだろうとすぐに判断できた。容姿は大きな一つ目に、尖った耳には丸と雫の飾りがついていた。一本に纏まった髪はくるくるとしていた。胸元を着崩した着物の向こうはさらしを巻いていた。肩までの袖だが二の腕の下がったところにもう一つ袖があり、太ももまでの長さの着物だった。帯は三角の連なった柄をしていた。そしてその者は無表情だった。
「…あの、者は?」
「後で説明する。多分木の実を貰うから、ちゃんと食え。」
「分かった。」
と、女は鎌で木の実を刈り取り儂と白銀に渡した。鼻腔を擽る甘い匂い、何かは分からないのに今すぐ食べたい衝動に駆られた。かぶりと齧るととろりと汁が溢れた。
「…旨い。」
あっという間に食べ終わってしまった。もう少しだけ食べたいと思ってしまうほど美味かった。
「…認メラレシ者ヨ、進ムガ良イ。」
そう言い、光が差し込み目がくらみそうになり目を閉じた。…収まった気配がして瞼を開けると何故か畦道にいた。昼間のような明るい空が頭上に広がっていた。
「…やっぱり、そういうことか。」
「白銀!…やっぱりとは?」
「お前たちきょうだい、霊力が高いってことだよ。」
「え?」
「霊力も何も持っていない者はあそこで弾かれるんだ。だから、お前は霊力があるんだ。」
「…そう、なのか?」
「あぁ。あれは“錯覚の果実”と言って霊力の有無で大きく異なる実なんだ。霊力がある者ならば、万葉の見た世界。だけど霊力の持たない人間が見る世界はとても酷いと言われている。」
「酷い?」
白銀はくるりと体の向きを変え歩きながら説明してくれた。
「あそこの守り人の名は“夢寐”そしておの霊力を持たない人間の世界の守り人“現牙”僕もあまり現牙の容姿については知らない。だけど実についてなら知っている。」
「どんななのだ?」
「棘のある実で、渋茶色。どんなに離れても分かるほどに臭くて触感は、もそもそとして気持ちの悪いぶつぶつもある。そのおかげで吐くほどまずいと言われている。」
「…想像するのも嫌だな…」
「まぁね。僕たち妖は見たことないけど。」
「そうなのか?」
「あぁ、妖は妖力も霊力もある。だから、赤い実のほうを食えるのだが…」
「食えるのだが?」
「…いや、何でもない。そういえば…夢寐たちの瞳は、それぞれの世界を見ているんだ。」
「どういう意味だ…?」
「夢寐は現牙の世界を見ていて、現牙は夢寐の世界を見ているということだ。」
「…なるほど。」
「だから触れている実の感覚で見極めているのだが、それをすり抜ける馬鹿がいる。その者に鉄槌を食らわすのが…」
白銀はぴたりと足を止めた。前を見てみると巨大な目があり、道の両脇にはうじゃうじゃと手があった。ふと上を見上げると目と同様、大きな足があった。
「…っう…」
「妖の世界については、ここを潜り抜けたら話すよ。」
「わ、分かった…」
白銀が一歩を踏み出したので儂もついて行った。すると瞳が突然開き、無数の手が襲いかかってきた。
「っ!」
その時、白銀が大きく足を踏み鳴らした。すると手がぴたりと止まった。
「…自滅の門よ、大妖怪御五家が一人…銀鉤尊八剱ぞ。そこを開き給え。我が後ろにいる男に危害を加えようものなら容赦はせぬ。」
目はすっと閉じ、手も収まった。凄い物音を立て門は開いた。
「行くよ、万葉。飛泉ノ館に。」
「あ、あい分かった。」
儂は門の先に足を踏み入れた。そこは息を飲むほど美しく豪華絢爛な町だった。
「さ、て、と~…本来の姿になるか。」
そう言い白銀は、一回転し大きな狐の姿になった。
「す、すごい…本当に、妖の世界に来たんだな…。」
「さ、乗って。落ちないように首の毛を掴め。」
「分かった…。」
儂は恐る恐る乗っかった。ふわりとした心地で柔らかかった。
「んじゃ、飛ぶよ~」
「うわ…」
白銀は駆けるように空を飛んだ。
「…怖くない~?」
「平気だ!すごいな、白銀。」
「まぁね、僕は妖だし。」
「…それでどのくらいかかるのだ?」
「ん~半刻ほどじゃないかな。多分。」
「そうか。…そういえば、何故これほどまで人間を寄り付かせないのだ?一つだけ、理由は分かる気がするが…」
「その思いついている理由って?」
「妖と人間の戦いを、起こさせないためか?」
「ご名答、だけどもう一つ理由があるんだ。」
「…何だ?」
「人間の味を、覚えさせないため。」
「……」
「人間の味を知ってしまった者は、もうここには帰ってこれないんだよね。…興味本位や誘われて食ってしまって、帰れないことを知って、寂しくて暴走した者たちなんだよ。外にいる、妖たちは。」
「…だから白銀は、あんなことを…」
「…もっと可哀想なのが普通に人間の世界を見てみたいって、言って行った子たち。何も危害を加えてないのに、“妖”ということと“正義感”ということで殺されていく。だから僕は、味方とか敵とか分からないと言ったんだ。」
「…白銀…」
「桔梗も、その一人だよ。もう帰ることない者を救いたいとか言って、外に行ったら殺された。妖は、冷酷さと慈悲を持つもの。だけど人間の世界で産まれ人間に育てられた桔梗は優しさの塊みたいな子だったよ。」
「そう、なんだ。」
「…昔に、戻りたいなぁ…。本当はこっちに帰りたくなかったんだよ。大妖怪御五家の皆と和気藹々と過ごした日々を…思い出しちゃって。」
儂は、そっと白銀を撫でた。
「…何と声をかければいいのか、思いつかなくてすまぬ。だが、お前を好きでいてくれる者はこっちにも人間の世界にもいる。安心しろ、白銀。」
「そうだね…。妖退治屋は本当に良いところだよ。」
「…ありがとう。」
暫くするとぱらっと雨が降ってきた。だがその雨はひんやりとはしておらず少し温かさがある不思議な雨だった。
「もうすぐ着くね。もう慈雨の領域だ。」
「故に雨が降っているのか?」
「あぁ。慈雨は龍の飛泉族だからね。ほら、ちらほら龍がいるだろう?」
「…本当だ。」
「そろそろ降りるから、落ちないようにね。」
「了解した。」
白銀は霧の手前で降り立った。そして人間の姿になり狐火を出現させ、そこ足を踏み入れた。
「暫く歩けば着くから。迷ってないよな?万葉、ここ霧が酷いからさ。」
「何とか大丈夫だ。白銀の狐火が見えている。」
「良かった。」
暫く儂らは歩いた。周りは雨が地面を濡らしたときのような匂いで満たされていた。
(続)




