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愛者永遠  作者: 桜宮朧
21/51

水面に揺蕩う勿忘草

〈元和元年 三月?日〉

……心地がいい。水の中にいるような気分だ。私…崖から落ちてどうなったんだっけ…。ふと瞳を開け、辺りを見渡した。半球状の屋根が視界に満ちた。

「ここ…どこ?」

(まぁ!目覚めたのね、良かった。)

と、直接脳内に響く声がした。ふと横を見るとゆるりと結わいた髪を右に流した女性が座っていた。

「……」

私はとりあえず起きることにした。その女性はそっと背中を支え起きるのを手伝ってくれた。ぼんやりとしていた目が完全に覚め、その女性をじっと見た。水浅葱の色だが毛先が紺青色にゆるりと変わっていた。恰好は長襦袢で、今私が着ているのと同じだった。

「あ、あの…」

(あ…名前、言ってなかったですね。私は、()()と言います。)

「水緒、さん?」

(はい。それと…あちらにいますのが、私の夫です。)

そう言って、橋の先を見た。端っこのほうにひっそりと男性が一人、いた。見られると思っていなかったのかびくりと反応した。

「えぇえぇえっと、じ、慈雨です。()(せんの)(まこと)慈雨(じう)です…。」

「…えっと…」

殆ど声が聞こえなかった。容姿は錆御納戸色の髪で全体的にぼさっとしているが、ひょろりと一本見慣れない下げ髪。瞳も隠れていて分からない。

(…飛泉誠慈雨様です。いつもあの声量でして。ごめんなさい。)

「いえ、お気になさらず…」

私は改めてきょろきょろと辺りを見渡した。円状の台座に真ん中に布団の敷くところ。そのさらに周りには水が満ちてその先には勿忘草が植えられていた。

(崖から落ちたようで、木にいたのを発見しました。何があったのですか?)

「あ、えっと…」

どくんと心臓が鼓動を鳴らし、先ほどの事を思い出してしまった。両手でぎゅっと震える腕を抱いた。

(あ!ごめんなさい、思い出させてしまって…)

「大、丈夫です…。」

(お茶!お茶とかお菓子、持ってきますね!)

「あ…はい。」

水緒さんはぱたぱたと部屋から出て行ってしまった。残されたのは、慈雨様と私だ。

「ひう‼あぁあぁぁあぁの…ここここっちを見ないでくれませんか。吾輩なんかを見ても何の得もありませんよ?いや徳以前に吾輩には何の力はありませんし非力なただの龍ですよ。あはは…」

「…はい?」

やはり何も聞こえなかった。と、その時。ぱたぱたと誰かが来た。

「ねぇ~あたいの櫛知らなぁ~い?水緒様とか知っていると思ったけどぉ~。」

と、胸元がほぼ露わで着物は太ももまでの長さまで。ぽてっとした唇に右目にかかるくらいの前髪に、ふわふわとした濃藍色の髪だった。

「あらぁ~?この子が主様の保護した子?可愛いぃ~。もしかしてぇ、あたいらと同じ仲間?」

「仲、間?」

「妖、ってことよぉ。」

「……えっと、私は人間…です。今のところは。」

「あらぁ、ごめんなさいねぇ。あまりにも綺麗な髪だからぁ。」

「あ、ありがとう…ございます。」

「そうだぁ、あたいの名前。言ってなかったねぇ。あたいは(りん)っていうんだ。」

「燐さん、よろしくお願いします。」

「よろ~。」

(燐!ここに来ていたのね。どうかしたの?)

「あ~、水緒様ぁ。ねねあたいの櫛知らなぁい?そこにも見たらなぁい。」

(部屋は探しましたか?)

「さ、探したよぉ。」

(後で一緒に探しましょう。ちょっと待ってください。)

「はぁい。」

燐さんはひらりと手を振り、去っていった。水緒さんはお盆にお茶と、紅い実を切って乗せて現れた。

「あ、ありがとうございます。」

(いえいえ。)

「…そういえば。ここってどこなんですか?」

(あ!言ってなかったですね。…ここは、妖の世界にございます。そして光さんがいる場所は、飛泉ノ館です。)

「妖の…世界?」

(はい。)

「で、では水緒さんは妖なんですか?」

(…正直言ってしまえば、妖ではありません。ですが、妖の力が少し入った人間です。)

「そう、なんですか。」

(あちらにいる、慈雨様と夫婦になるために妖の力を得るのと引き換えに、私は声を失いました。ですがこうして直接脳内に語り掛ける力を与えてもらいました。)

「え…?」

(突然こんなことを言ってすみません。光さんが意外と驚かないので、話したほうがいいかと思いまして。)

「じゅ、十分驚いています…。」

(そうだったのですか⁉ご、ご、ごめんなさい。)

「感情が少し乏しくてこちらこそごめんなさい、」

(あ、お茶とかこの果実、食べても飲んでも人体に影響ないのでご心配なく。)

「分かりました、ありがとうございます。」

(私は燐のところに行きますね。)

「あ、分かりました。」

水緒さんは立ち上がり橋を渡り、慈雨さんに話しかけていた。

(あ、そうだ。慈雨様、何かあれば私に報告してくださいね?)

「えぇ⁉なななななんで吾、吾輩に…」

(ここに居るのは、貴方様と人魚の方々のみでさらに話せるのは貴方様だけです。よろしく頼みますよ。)

「…えぇ…み、水緒。考え直しておくれよぉ。吾輩は無理だよぉ。話しかけるの怖いよぉ。」

慈雨様は水緒さんの足に抱き着いて泣いて懇願していた。

(報告だけです。出来ますよね?)

「うぅうぅ…ふぁい…。」

(よろしい。)

慈雨様は暫く泣いていた。なだめたいが、慈雨様は私を警戒しているようで布団から出れなかった。私はとりあえず、水緒さんが置いて行った茶と果実を口にした。お茶は何故か果実の風味がして甘いお茶だった。珍しい味でこくこくと飲んでしまった。次に切ってある果実を口にした。見た目は林檎なのに齧ると桃のような柔らかさで、中はとろりとした甘い蜜とさっぱりとした酸味が絶妙。それでいて瑞々しくいくらでも食べれる。皮が最初、固く食べれないかなと思ったがそんなことなく、普通に食べれた。

「…美味しい。」

こんなものを食べたのは初めてだ。気づいたらぺろりと食べ終わっていた。

  ◇

〈同刻、妖退治屋にて〉

「…全く情報がないな。」

「不甲斐ない…」

「責任を感じなくて良い、もえぎ。」

「しかし…」

「もう少し探す。馬を出してくれ。」

「御意。」

万葉が出かける支度をしていたのを見て、僕は門のところに移動した。そして一つ鳴き、ついて行くことになった。

「…白銀は今のところどうだ?」

「こっちも駄目だよ。妖伝いに聞いたが首を振るばかり。だけど、僕のためならって動いてくれてよ。」

「流石としか言えんな。」

「そういえばさ、最悪な考えだけど」

「なんだ?まさか、死んだとかそういうのじゃないだろうな?一番、止めてくれ。」

「心配しすぎだ。…で、その最悪な考えって言うのが」

「うむ…」

「妖の世界にいるかもしれないということだ。」

「…妖の、世界?」

「あぁ。世界というのは二つある。妖が生きる世界と君たちが生きる世界。妖の世界は、妖にしか開けないが、妖にくっついてこっそり侵入する可能性もある。まぁ、光に限ってそんなくっついて侵入なんてないと思うが…。」

「何故、そんなことを思うのだ?この日本を探しばどこかに…」

「光にそんな知識と体力があると思うか?」

「あ……」

「そう考えれば、大和近辺にいるか妖の世界の選択肢になる。」

「なるほどな。」

「…光が行くとしたら、和泉と摂津、山城に河内か。」

「足を延ばせば、伊勢に伊賀と近江もある。後、丹波か。」

「流石に志摩まではいかないと思う。」

「じゃ、河内から和泉、摂津、山城に近江を行ったら妖退治屋に帰るか。」

「かなり広いと思うよ?そこまで行ける?」

「日が暮れる手前まで探す。…光が行方知らずになったのは、儂の責任でもある。」

「万葉…」

「儂は…本当に、口先ばかりの男だ。」

万葉は静かに馬を走らせるのを止め、手綱を握りしめ顔を隠しながら泣き始めた。

「儂は…儂は、光を傷つけたんだ。光は、儂が思うより繊細ですぐに心の壊れやすい娘だと、知っていたのに…。」

「…万葉。」

「光に、どれだけごめんと…言えば、良いのだろう。光は、他の者より大きな定めを背負っているのに…。儂は…。」

感情の糸が切れたようで、声を殺しながらひたすら泣いていた。

「今は、泣けばいい。万葉だって当主という大きな定めを背負っている。君たちきょ…いや、君たち二人は似た者同士だよ。そしてきっと火影も…」

「儂の使命なんて!光に比べれば、そこらの…そこらの石ころ同然だ‼…全て投げ出し、ただの男になりたい。それが出来ぬというならば兄で良い。」

「…自分の事を、攻めすぎだ。万葉。」

「攻めすぎではない!」

「……」

万葉は、僕から見ればまだまだ子供だ。光も、万葉も、親の愛が欠けている。その満たされない部分を互いに満たそうとして自然と、巡り逢ったのだろうと僕は思う。だがそんな簡単に満たされるはずはない。何度もすれ違い、愛を探している。特に、光は。万葉へ手向ける愛をまだまだ知らない。何か花束を渡すようなくらい、簡単で単純でいいのに分からないが故に、縺れて絡まって解けなくなる。だけどね、段々と僅かにそっと解けつつあるんだよ。

「…いい加減にしろ、万葉。」

「っ!」

「今は泣けと言ったが、違う。ただ駄々をこねる童だ。光を本当に、心から好きならば血眼になって探せ。僕も協力する。お前は六代目妖退治屋当主、万葉だろ⁉」

万葉は、顔をあげ涙を拭った。そして前を向いた。

「探そう。光の事を。その後どうするか、考える。」

「よし。」

もう一度、馬を走らせた。必ず妖退治屋が万葉が探して見つけるから。光。

  ◇

「み、みみみ水緒~。」

(何でしょうか?慈雨様。)

「そそそそその、ひか、光とかいう娘の、かみ、髪が…」

(髪が、どうなされたのですか?)

「とととととにかく来て~。」

慈雨様があわあわとした様子で本殿に来た。私は急いで離れに向かった。

(光さん!)

「…あ、水緒さん。」

そこにいたのは、異様に髪が伸びた光さんだった。その姿はまるで…

(き、きょう?)

脳裏に、今は亡き友人の顔を思い出した。だが目の前の人は光さんだ。泣きたいのをぐっと堪え、橋を渡り光さんの髪に触れた。

(…どうして、こんなことに?)

「な、なんかね、“錯覚の果実”を食べた瞬間から、そそそその姿になって。」

(錯覚の果実は人体に影響ないはず。なのに、何で…)

「…あ、あのどうすれば良いのでしょうか?」

(と、とにかく切りましょうか。)

私は本殿から鋏を持ってきた。その間にも伸び続けていたが水に入るか入らないかのとこで伸びるのが止まった。やっぱり、桔梗と同じ長さだ。

(…腰の長さで良いですか?それとももう少し短くしますか?)

「えっと、任せても宜しいでしょうか?」

(分かりました。)

私は光さんの髪触れ、驚いた。桔梗の髪質と同じだった。この子、一体何者なんだろう。そう思いながら髪を切った。

(はい、出来ました。)

「わぁ~…ありがとうございます。」

(…あ、あの)

「?はい、何でしょうか?」

(髪、結ってもいいでしょうか?下ろしていると邪魔でしょう?)

「良いですか?」

(光さんが宜しければ。)

「ではお願いします。」

…光さんってどんな結い方が似合うのだろう。お団子…総髪…、今の私のような感じ…。

(じゃあ結いますね。)

「はい。」

下ろした状態で上辺部分を掬い結った。何となく似合うだろうと思い結った。

(…出来ました。)

私は鏡を渡し、見せた。

「わぁ~…」

(どうでしょうか。)

「可愛いです、ありがとうござます。…まるで神楽さんみたいな結い方。」

(気に入って下さり、嬉しいです。)

しかし…本当に原因は何だろう。この子の事、少し調べようかしら。

                                 (続)

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