信頼の意味を見失う百合
〈元和元年 三月十三日:滞在五日目〉
「もう今日でお別れですか…何だか寂しいです。」
「私もですわ、光。でもきっとまた会えると思います。それに、まだ少しだけここに居ますから。夕方くらいには幻中さんと帰ります。」
「ではそれくらいまでお茶などしながら話しましょう。馨ちゃんたちと一緒に。」
「えぇいいですわ。」
「光ぃ…」
と、その時。眠そうな声が神楽さんの後ろのほうから聞こえた。神楽さんと同時に見るとみことさんだった。寝ぼけており目の前に神楽さんがいることは分からないようだった。
「あら、どうしたのですか?」
「厠ぁ~…どこ~…」
「厠ですね、反対方向ですよ。連れていきますから。」
「ん~…」
「…ではまた後で。」
「あ、分かりましたわ。」
私はみことさんの手を引き、厠に案内した。
◇
〈朝餉が終わった後〉
「万葉様、万葉様。」
と、部屋に戻ろうしたその時、光が話しかけてきた。儂は自然と頬が緩んだ。
「どうした?光。」
「明日、お時間ありますか?久しぶりに万葉様と出掛けたいです。」
まさかのお誘いで、少し驚いた。
「あぁ、構わないよ。にしても突然どうした?」
「ま、万葉様との時間が取れてないなと思いまして。その出掛けたいなと。」
恥ずかしそうに伝える彼女が愛らしく、少し意地悪をしたという気持ちも渦巻いた。
「…どうしようかなぁ…」
「だ、駄目ですか?」
「ん~…」
「…万葉様、意地悪は止めてください。」
「悪かった、大丈夫だ。どこへ出かけようか。」
「そ、そこまでは決めてませぬ。」
「のんびり考えておくよ。」
「ありがとうございます。」
と、その時。凄い勢いでもえぎが降ってきた。
「きゃ!」
「もえぎ!どうしたんだ。」
もえぎは酷く息を切らしており、急いで戻ってきたのが分かった。
「…とう…しゅ。その…」
「一旦、落ち着てくれ!」
「っ!落ち着ていられません‼近くの村が、火の海にございます!」
「む、ら?」
儂が思いつく限りだと、光の村…青柳村だ。そこが襲われてると信じたくなかったが、もえぎが次に話した言葉でそんな願いは砕け散った。
「青柳村が、襲撃されました。」
「そんな!」
「っ…こんなことをしている場合ではない!今すぐ行ける隊員を集めよ‼」
「御意。」
「万葉様…」
不安そうな瞳で光が見つめてきた。ここに置いて行くべきか否か、少し葛藤したがもう彼女が悲しむ姿を見たくない。
「…光はここで、蓬莱と待っていろ。」
「でも!私も、私も行きたいです。」
「駄目だ!」
「っ!」
「…お前のためだ。許せ。」
儂はそれだけ言い、すぐに集まった隊員と共に村に向かった。人数は二十三名ほど。村に近づくほど、煙が濃くなり物の焼ける匂いがつんと鼻をさした。
「く…」
やっとの思いで村に着くと、時はすでに遅し。ほとんど火の手は回っていた。
「…皆の者!とりあえず、逃げ遅れた者がいないか確認を頼めるか‼」
「「御意‼」」
一斉に、坂を下った。光の村は崖とその下にあり、光の家は崖の上だがそこも村の領地だ。光の家から見れば眼下に広がる村がある。皆の者は、大声で指示を出していた。儂も一緒に誘導した。
「逃げ遅れている人いませんか――――‼」
「こっちが安全だ‼すぐに移動しろ―――‼」
「…お婆さん、坂は大変ですので私が背負っていきますね。」
一体誰がこんなことを。首謀者は誰なんだ。近くで戦をしているとは思えない。そんなもやもやとした思いを胸に留めたまま、村の者を避難させた。
◇
〈万葉が向かった後〉
「…どうしよう…やっぱり心配です!私も、私も行きたいです‼」
「光…。」
私は震えが止まらず、ずっと神楽さんに背中をさすってもらった。
「もえぎさん、行っては駄目なんですか?」
「…当主様の命令です。拙者からは何も言えません。」
「…そう、ですか…」
「信じて待っていましょう。」
「……」
万葉様…万葉様…。ただただ万葉様の顔を思い出した。不安を柔らかくするため。でも…どうしても、行きたい。いや、行かなくてはならない気がする。と、残っていた風雅さんがもえぎさんを呼び、もえぎさんは行ってしまった。行くなら今だ。そう体が告げていた。そのためには、神楽さんの目も盗まなきゃだ。…嘘は良くない、けどごめんなさい。
「か、神楽さん。」
「どうかなされましたか?」
「喉が渇いてしまいました。…お茶を一杯、お願いできませんか?」
「あ、分かりました。今、淹れてまいります。」
「…ありがとう、ございます。」
神楽さんが台所に行ったのを確認し、私は駆け出した。表門へ。幸い、誰も見てなかった。
「わふっ‼」
「っ!白銀…ごめん、私行くわ。ここで待っていて。」
ついてこようとする白銀をなだめ、私は走った。…何故こんなにも、行かなくてはという衝動に駆られるのだろう。嫌な思い出しかなく、ただただ平凡な日々を送っていただけの村なのに。
「きゃ!」
私は木の根元に躓き、転んでしまった。同時に髪紐も切れふわりと髪が広がった。
「…っう…」
痛いのと涙をぐっと堪え、立ち上がった。
「…例え、心が傷ついてもいい。ちゃんと確認するんだ。」
私は、もう一度走った。青柳村に向かって。
◇
〈光が出て行った後。〉
「もえぎさん!もえぎさん‼」
「どうなされた。」
「光が…光が居ません‼」
「何⁉」
拙者は蓬莱さんに連れられ、先ほどの縁側に行った。蓬莱さん言う通り、光殿が居なかった。あるのは、破片と茶が飛び散った湯飲み。
「…と、とにかく捜索…村のほうに行きましょう!」
「分かりました!」
風雅さんに村に行くことを伝えた。
「…了解致しました。…ですが、行かせても宜しいのではないでしょうか。もえぎ様。」
「え…?」
思いもよらぬことを風雅さんは言った。
「光さんは、あなた方が思っているほど弱い子ではございません。多少は弱いとこがあれど、強い子です。」
「…風雅さん。」
「でしたらもえぎさん、私一人でも行かせてくださいまし。」
「蓬莱さん…」
…駄目だ、どうすればいいのか分からない、頭が回らない。師範、師範ならどうするだろう。と、その時。ふわりと何かが肩に触れた。
(…光に、真実を見せればいい。あの子は馬鹿ではない。しっかり、受け止めるだろう。)
ぱっと振り返った。後ろには誰もいない、だが確かに師範の声がした。ふと庭を見ると、麝香豌豆が咲いていた。…ありがとう、師範。
「分かりました。村に案内しますのでついてきてください。」
「…ありがとうございます!」
「わん!わん!くふ…」
「あら、白銀。貴方、ついて行かなかった?」
「では白銀とともに行きますか。」
「はい。」
村に着けばいるはずだ。とにかく行ってみよう。
◇
〈燃え盛る青柳村にて〉
「……」
私は、眼下に広がる村を見た。燃え盛り、あの頃の村の面影は皆無だった。
「…村、が…」
呆然と、立ち尽くした。するとふわりと私の家のある方角からも焦げ臭い匂いがした。急いで向かってみると、私の家まで燃やされていた。
「……」
確かにここも、村の領地だ。だけど、あまりにも離れているからごく一部の人しか村の領地と認識できない。
「なん、で。誰が…」
ぽつ、ぽつと雨が降ってきた。火を消すのには好都合だ。
「…っ…うぅ…」
雨、雨…私の涙を隠す雨。なんでここまで泣いているのか、理解できない。燃えて雨に消えていく家の雨でしゃがみ、ひたすら泣いた。
「ひっ…ひっ…うぅう…」
火が消えても雨は止まず、降ったままだ。と、その時。
「光~!」
振り返ると、蓬莱さんがそこにいた。
「…神、楽さん…」
近づいた勢いそのまま、私に抱き着いた。
「…心配しましたわ…。ほんに…無事で良かった…。」
「……ごめん、なさい。勝手に、行って。」
「謝らなくていいわ。謝らなくて…。」
「神楽さん…」
「寿命何年かは縮みましたよ。」
「もえぎさん。」
そっともえぎさんは傘を差しだしてくれた。その後、火が完全に鎮火したのを見て丸焦げになった家だった物に近づき、そっと触れた。
「…ここは光にとって、大切な場所なんですか?」
「たぶん、そうだと思います。けど、どうしてここまで執着心があるか分からないのです。」
「光…」
と、神楽さんは首にかけていた玉を私に見せた。
「…神楽さん?」
「この玉で、過去を見てみますか?」
「え…?」
「…代償が、どうなるか分かりませんが光のためなら使います。…光の過去がどのくらいの重さか分かりませんが…。」
「代、償…」
「本当に見たいならば、代償のことなど考えないで見ましょう?」
神楽さんは真っすぐ私を見た。差し出された玉を見、神楽さんを見た。
「…見ます。見たいです!お願い、出来ますか?」
「分かりました。では…」
そう言い、神楽さんはそっと家に触れた。
「…光、この手を握って。」
「はい…」
「そして眠るように、目を瞑って。そうしたら過去が見えるわ。」
「……」
半信半疑だが、何だか信じられる気がしてその手を握り、神楽さんに寄り添いながら目を瞑った。
◆
「…ぴぃぃいぃぃいぃ‼」
甲高い、鷹の声。ふと私は目を開けた。
「……」
田んぼの土の匂い、子供の遊ぶ声。鮮明に私のなかへ流れ込んだ。
「…わ、たし…」
と、その時。左側の頭に鈍い音と共に痛みが走った。投げられた方向を見ると子供が複数人、石を持ちこちらに投げていた。
「やーい、化け物‼」
「さっさと帰ろよ!」
「どっか行けよ‼」
「……」
ぬるりと頬に何か伝い、ぐいっと拭った。血だった。見た瞬間、痛いという感覚になった。
「こら!あんた達何やっているの‼」
「げ、母ちゃんだ。」
「あんた達も行くよ⁉…あの子に関わるなと何度言ったら分かるんだい。」
そう言いながら子供を小脇に抱え、去っていった。
「…帰ろう。」
ここに居場所はない、ないのに…私の足はどこに向かっているのだろう。
「なんであんな子を保護したのかしら。あのお爺さんは。」
「本当、やぁね。災いとか持ってきそうだわ。」
何を言っているのか、理解できない。けど、悪い言葉なのは分かる。と、坂を登ろうとした時。麓に一人、立っていた。幼き私はするりとその人の名前が出てきた。
「…東郷爺。」
東郷さんは、優しく微笑み私に近づいた。
「何だぁ、この傷は。痛いだろ、帰ったらすぐに手当てしよう。」
そう言い、そっと手を繋ぎ家に帰った。しわくちゃの手、だけど温かい。懐かしいこの薬草の匂い。
「…東郷…爺…」
「なんだ?どうした?」
「…何でもない。」
「…村の子供たちだろ。それ。ったく…何度言えば分かるのだろうか…。」
「別に、私、大丈夫。」
「大丈夫じゃねーだろ。言ってやる、儂はお前の親代わりだからな。」
…あぁ…思い出した。大嫌いだけど大好きでもあった記憶、。何で忘れていたんだろう。
「…今日、ご飯…何?」
「ん?…普通のご飯だ。漬物が良く出来ているから、それもある。」
「楽しみ。」
「そりゃあ、良かった。」
私を、大切に育ててくれた東郷さんとの記憶が詰まっているから、例え忘れても、体が覚えている。
◆
「…ん…」
ぼんやりと目を開けた。雨が地面を叩く音、湿った地面の匂い。
「…光。」
「あ…神、楽さん…」
「思い出せましたか?」
「はい…はい。ありがとうございます。」
「それは良うございました。」
「…今度、ちゃんとお別れを言おうと思いました。」
神楽さんはよしよしと私の頭を撫でてくれ、暫く泣き止むまで傍に居てくれた。するともえぎさんが駆け寄ってきて片づけを手伝ってほしいと言ってきた。
「…私、当主様のところに行ってきます。傘、置いて行きますわ。暫く休んでてくださいね。」
「分かりました。」
「白銀さんが傍に居ますから、大丈夫ですよね?」
「はい。」
そう言い神楽さんは万葉様のところに向かった。
「くぅぅん…」
「さっきはごめんね、白銀。」
「わふ!」
「許してくれる?」
そう聞くと、くるりと回り傍で座ってくれた。まるで許すよと言うように。
「…ありがとう、白銀。」
ふと、私は空を仰いだ。雨は一体、いつ止むのだろうか。
「わん!」
白銀が勢いよく鳴いた。それと同時に、ぱんという音が耳元で響くと私はいつの間にか知らない暗闇にいた。
「…ここ、どこ…?」
「ひーかーりーちゃん。」
「っ!」
突然耳元から、馨ちゃんの声がした。振り返ろうとしたが体が動かなかった。
「…残念だね、村が燃えちゃって。」
「そ、そうだね。」
「ねぇ光ちゃん。」
「…何…?」
「誰が村を燃やしたか、知ってる?」
「え…?」
「誰なんだろね。ふふ…」
「…えっと、誰…なんでしょうかね。」
「私ねぇ…知っているよ。」
「え?」
「あれね、私なんだぁ~。」
その答えに、私は耳を疑った。馨ちゃんがそんなことをするはずがない。
「…嘘、だよね?馨ちゃん、そんなことをするような子じゃないこと、知ってるよ?」
「…はぁ?私の何を知っているって言うの?」
「だって!一番最初に仲良くなってくれて、信じられる人だから…。」
「そんなの、仕方なくに決まってんじゃん。」
「っ!」
「人と容姿の違うあなたを、誰が好きになるの?なかなか馴染めてない光ちゃんを、可哀想だなって思って、手を差し伸べたに過ぎない。」
「妖退治屋の皆さんは優しいです‼皆さん…私を受け入れてくれました‼」
「…何時まで勘違いを貫き通すつもりなの?」
「っう…」
「当主様もさ、本当に光ちゃんが好きなだと思う?」
「……」
「貴方は可哀そうな人。だから皆、慈悲を与えてるだけ。そんな人間のいるとこで誰かを信じることが簡単に出来る光ちゃんって、単純なんだね。」
「わ、たし…」
ぱっと私は耳を塞いだ。この人は馨ちゃんじゃない、馨ちゃんじゃない。
「…誰かを信じるのが怖いなんて、嘘なんでしょ。そんな人間が、そんな容易く、誰かを信じること、出来る訳ないじゃない。」
「…あ…あぁ…」
「人間という生き物は、簡単に信じ、裏切る生き物。なのに何故、本当に光ちゃんの事を信じているのか分からない人間の巣窟に、よくいれるね。」
「っ!…貴方は…馨ちゃんじゃない‼馨ちゃんは私の事、そんな風に思っていない‼」
「断言できるの?」
「……」
…あれ…何が、正解で…誰を信じれば、良いの?万葉様の、指示で…村が、燃えたの?あれ…
「…わ、た…し。」
するりと、傘を落としてしまった。あ…力が入らない。脱力感が重くのしかかる。私は、誰を信じればいいの?ふらりと立ち上がり、目的もなく歩き始めた。
◇
〈光が暗闇に誘われた同刻〉
…金縛りにあったみたいだ。重くて…動かない。
「…ひ、かり…」
その時、知った妖力の匂いを嗅ぎ取った。辺りを見渡すと木の陰に隠れた人物を見つけた。
「…こんな金縛り、すぐに解けるな。」
そう思い力を集中させたら、容易に解けた。同時に、その人物に近づき一つ吠えた。
「わん!」
「!」
その男…万世だった。視線が交差したその時、一瞬その男の目が赤く見えた。だがすぐにいつもの黒に戻った。
「…わふ‼」
何で、何でこいつから“妖力”を感じるのだ‼さっとそいつの腕を見ると袂の端が焦げていた。後、薄っすらと手首に引っ搔いたような傷があったが今は関係ない。…犯人は、こいつだ。何故か光に向けて手を伸ばしていた。僕は思い切り噛みついた。
「っ‼この、犬!」
「ぐるるるるるる…」
「…どうした、万世。」
すると、突然。万世の後ろから気だるそうな声がした。
「犬が突然現れました、光の犬にございます。何、問題はありません。すぐに引きはがすので。」
「そうか。…余は、先に帰っていいか?気分が悪くて仕方ない。」
「御意…。我もこの犬を片付け次第、我も帰ります。」
「あぁ。」
そう言って仮面の男は去っていった。
「…うぅぅううぅ…」
「この、犬…離せ。」
男はぐいと僕の頭を押した。なんだこいつ、力が強すぎる…。
「わう!」
僕は引き剝がされてしまった。…この妖気、乱暴さ、あいつに間違いない。男が逃げる背に、僕は叫んだ。
「…お前なんだろう‼」
すると、男は立ち止まり僕を見た。犬の姿で喋っているのに驚いているのだろうか。
「…お前の事は、誰も忘れていない。」
「……」
男は特に何も、反論しなかった。だがにやりと笑い僕のほうを指を指した。
「我に構う暇があるなら、お前が命を賭けて守っている者を見よ。」
僕ははっとし、後ろを振り返った。すると…光がいなかった。残っているのは雨に打たれた傘のみだった。駆け寄った後、後ろを振り返ると既に万世の姿はなかった。
「…くそっ…。万葉に伝えねば。」
匂いを辿ればすぐに分かる。分かる、けど…
「僕は、光の前では喋れない…。それに…」
きっと万葉のほうが光の事を理解している。
「…ごめん、光。」
僕は一旦、人間の姿になり傘を畳んだ。そしてもう一度犬の姿になり、傘をくわえて万葉のところに向かった。
◇
「村長殿、もう新しい村の場所はあるのでしょうか?」
「…あぁ、あるぞ。我らはそこに向かうとする。」
「ならばもう、我々は撤収しますね。」
「礼は後日、必ず。」
「分かりました。」
儂は、村長殿に妖退治屋の場所を教え、撤収の準備に取り掛かった。
「…わん。」
一つ犬の鳴き声がした、きっと白銀だ。そう思いながら振り返ると予想は的中した。
「どうした?白銀、光と一緒にいるんじゃなかったか?」
白銀はくいと、首を動かし人気の無いところに行った。
「…光が、行方不明になった。」
「っ!」
「何者かが術を使ってくれたおかげで、僕は体が動かなくなってふと、木の影を見たら万世がいたんだ。」
「…それで」
「そこからは、完全に僕の不注意だ。いつの間にか…光がいなかった。」
「では!今どこにいるのだ‼」
「分からない。匂いを辿れば分かるかもしれない。僕は光の前ではただの犬だ。だから…」
「一旦屋敷に戻り、体制を整えよう。」
「あい分かった。」
◇
…私は、どこに向かって歩いているのだろう。頭が痛い、体も重い……
「…ね、むい。」
私は、朧げな意識のまま崖から落ちた。否、本当に落ちたか分からない。浮遊感と足を挫いた痛みはしっかりとあった。がさがさ木に落ちたようだ。
「…堕ちるなら…地獄に堕ちたかっ…た…」
私は、眠るように気絶した。ひんやりとした雨が私の身体を包んだ。誰の目にもつかないだろうな、ここ。
◇
(…慈雨様!今、あの崖でどなたかが落ちました!)
「えぇ…ほ、本当?本当なの?」
吾輩は、指示通りにその木に近づいた。すると、本当に娘が一人落ちていた。
(この子、怪我をしています!早く屋敷に連れていって差し上げましょう!)
「…だ、だけど…」
(慈雨様…)
「…わ、分かった。すぐに手当てしよう。」
吾輩の妻が、そっと木から下ろして抱きかかえた。
(…大丈夫、行きましょうか。)
「しっかり、捕まっていて。」
急いで屋敷へと戻った。
◇
「…それで、儂はどうすればいいのだ?」
「まずは皆に伝えることだね。それから情報収集に近辺の捜索だ。」
「分かった。」
万葉は分かりやすく肩を落とした。
「自分のせいだ、とか思っているの?」
「…実際そうだろう。蓬莱が儂のところに来て、光が来たことを知らせてくれたというのに、二言返事で済ませてしまった。その時に光のところに行けば良かった。」
「万葉は万葉で仕事あったんだし、仕方ないよ。光は光で独断で来たんだから、光は絶対に万葉の事を咎めないよ。」
「そうだろうか…。」
「本当、光関連で何かあると弱気になるな。」
「う…」
「弱気な万葉なんて、光は見たくないと思うよ。絶対に大丈夫だという気持ちを持て。まずはそこからだ。深呼吸しろ。」
「分かった。」
万葉は、深呼吸をしいつもの当主らしい顔になった。そして立ち上がり皆を集めるように指示を出した。
「…皆の者、集まってくれてありがとう。して、今日集めた理由は…光の捜査だ。」
「え!光ちゃん、行方不明なの⁉」
「確かに見ないと思いましたが…」
皆、口々に不安を漏らした。一番不安なのは、神楽だろう。自分が見ていなかったせいでいなくなったのだから。
「あ、あの…私も捜索に協力させてくださいまし。私にも責任がございます。」
「…蓬莱…。…気持ちだけ受け取っておくよ。これは妖退治屋の問題だ。」
「しかしながら!」
「神楽」
と、その時。みことが口を開いた。
「うるさい、我らは退魔屋敷の者。この問題は妖退治屋に任せればいい。」
「…っ…」
「見つかったら、必ず書状を送る。だから心配しないでくれ。」
「…はい。」
「二人とも、真に申し訳ない。今日、最終日で見送ろうにもこんな感じで…。」
「いえ…謝らないでくださいまし。」
「…では、皆の者。捜索を頼む。」
「「御意」」
万葉は、部屋を出て自室に戻ろうとしたその時。神楽が駆け寄り話しかけた。
「…当主様!」
「ん?どうした、蓬莱。」
「光が…見つかりましたら、これを渡してください。」
「…これは…」
「私の家に代々伝わる、秘宝の玉。“懐古玉”にございます。」
「っ!」
やはり!あの玉は、“懐古玉”だったか。これで、一つ取り戻した。しかし何故、桔梗はこんな物を人間の娘に…?いや、今はそんなことは頭の隅に置いておこう。
「…どうも私には、正しく使えていないように感じてしまって。なので、光に託せば…光に受け継いでもらえれば、本当の力を発揮できると思います。」
「……あい、分かった。」
「では…」
神楽は一礼し、花宮のところに行ってしまった。
「…どうすればいいのだ?これ。白銀。」
「暫く持っていろ。触れただけでは過去を見れない。見たいと心から希わない限り見れない。」
「…そういえば、前に言っていた代償ってなんだ?」
「あぁ、あの話か。…代償は、災いが起こることだ。」
「え…」
「だけど本当の持ち主が使えばそんなことは最小限、もしくは起こらないのだ。見る過去の重さにもよって、災いは変わる。」
「そう、なのか?」
「あぁ。愛おしい者の過去を見た場合は、愛おしい者が何者かにより殺される。親しい友人の過去を見た場合は夫とかの不貞行為している。自分の両親、相手の親の過去を見た場合は、家が火事になる。そして自分の忘れた過去を見た場合は、自分の村が燃える。」
「…そう、なのか。…ちょっと待て。さすれば此度の一件は…」
「神楽のせいとは言えない。あいつが本王に見たかなんて知らないし。決して責めるな。」
「儂も、そこまでは思っていない。」
「なら良かった。…さ、探すよ。光の事。僕も妖伝いに聞いてみるから。」
「ありがとう。」
それから夕方ごろ、神楽たちが妖退治屋を後にした。神楽は最後の最後まで心配そうにしていた。何とか万葉がなだめ、必ず送ることを約束した。
(続)




