僕だけの千日紅
〈元和元年 三月十二日:滞在四日目〉
「……」
「あ、光。おはようございます。どうかなされたのですか?」
「神楽さん。おはようございます。…いえ、何だか空が暗くて…朝から雨が降りそうです。」
「まぁ本当ね。」
「雷も降りそうです…。本日、妖退治がないことを祈るしかないですね。」
「そうね…。」
私と神楽さんは空を見上げていたが、私は首が疲れ視線を落とすと項垂れた白い花を見つけた。
「あ!見てください!待雪草です。綺麗ですねぇ…。」
「あら本当、綺麗ねぇ。」
「ここは本当にいろんな花があって楽しいです。」
「それは良い事ですね。光。」
よしよしと神楽さんは頭を撫でてくれた。何だか最近はこうやって頭を誰かに撫でられるのが好きになってきた。
「そういえばもうすぐ朝餉だそうです。行きましょうか。」
「そうですね。行きましょうか。」
朝餉の用意されている部屋に行くと幸いみことさんはいなかった。
「…みことさん、起きてないのですね。」
「あぁ…あの子。暫くは起きないわよ。誰かに叩き起こされない限り。でもまぁ私にとっては良いですが。だって接触禁止令が出ていますもの。」
と、神楽さんは満面の笑みで言い放った。確かにと私は思った。
「まぁ…この時間に食べてくださいという規律はございませんし、起き次第食べることでしょう。」
「そうね。」
「では…」
「「いただきます。」」
今日の朝餉は、真っ白なご飯にお味噌汁。向付に焼き物とお吸い物。どれも温かくて美味しい。
「あ、おっは~。光ちゃん!」
「おはようございます、馨ちゃん。」
「隣いい?」
「はい。」
「…わぁ~…今日も今日とて豪華~。」
「眠い…」
「躑躅さん、おはようございます。」
「あ、おはよう!躑躅ちゃん‼」
「朝からうるさい、あんたは。耳が痛い。」
「嘘⁉悲しいぃ…」
「嘘嘘、逆に目が覚める。」
「うぅ…、嬉しいのか嬉しくないのか分からない…」
「ふふふ」
「光ちゃんが笑った‼」
「ご、ごめん…ね?」
「いいよいいよ、別に。じゃ!いっただきまーす‼」
「いただきます。」
「…万葉様、もうお食べになったかしら?」
「う~ん…どうだろ。当主様よく朝餉をおにぎりで済ましちゃうような人だしなぁ。」
「まぁそうなの?」
「そうね、風雅さんがせっせと運んでいるのをよく見るわ。」
「心配です…」
「光ちゃんは本当に当主様が好きなんだねぇ。」
「っ‼」
「お顔が真っ赤ですよ。光。」
「そ、そんなことはないです!」
「二人とも光を虐めるの止めよ?」
「こういうとこが可愛いんじゃん!もぉ~本当に可愛い‼」
馨ちゃんが私の両方の頬をふにふにとつついてきた。
「馨ひゃん、止めてくだひゃい…」
「あはは、ごめんごめん。」
「う~…」
「そうだ。馨、朝餉が食べ終わったら鍛錬するからね?」
「げ⁉…分かってるよぉ…」
「あんたそう言っていっつも逃げるじゃない‼」
「刀重くて嫌なんだも~ん…。だって乙女だし!」
「だったらあたしは何なのよ。」
「うぐ…」
この二人は本当に仲が良く、会話を聞いているだけでこちらまで笑顔がこぼれる。
「…ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま。さて、馨。行くよ?」
「えっ⁉休憩くらいせてよ~。朝餉直後に鍛錬なんて吐くよ‼」
「あたしだってそこまで鬼じゃないわよ!道場でゆっくり休ませるわ。」
「うゆ…、逃げ道ない…。じゃね、光ちゃん…私の無事を祈って‼」
「頑張ってくださいね、馨ちゃん。」
「はい…。」
馨ちゃんは躑躅さんに連れていかれた。馨ちゃんは相当嫌なのか、ちらちらと私を見た。
「…どれくらい辛いのでしょうか?躑躅さんの鍛錬…」
「さぁ。あれほどの嫌がりようですしね。それに私はあまり鍛錬をしない人間なので。」
「え?そうなのですか?」
「えぇまぁ。私はどちらかというと情報収集が得意分野ですの。だから戦うとしたら簪で。それくらいしか戦う能力がございません。」
「そうなんですか…」
「だから私はいつも、たくさん簪を身に着けているのですよ。」
そう言って、後ろで結われていた団子を指さした。確かにたくさんついている。
「…綺麗ですね。」
「ありがとう。これ全部、天禰が買ってくれたの。」
「素敵ですね。」
特に赤玉の簪が多かった。どれも神楽さんに似合っていた。神楽さんも食べ終わり、他愛もない話をしながら部屋に戻った。
「…光さんはこれから予定はございますか?」
「いえ、今日はございません。だって…雨が降りそうですから。」
「ほんに。…あら」
と、突然勢いよく雨が降ってきた。それと同時にそれがごろごろと鳴り始めた。
「…今日は何しましょう。」
「お手玉でもしますか?」
「いいですね。」
その後、部屋にて神楽さんとお手玉を楽しんだ。
「懐かしいですわ、よく天禰と遊んだものです。」
「…わぁ…神楽さん上手です!」
「そんなことはございませんよ。」
…その時、物凄い音が響き渡った。雷が落ちたのだ。
「っ‼」
「あら。」
私は雷が嫌いだ。反動的に神楽さんに抱き着いてしまった。
「…大丈夫ですか?光。」
「か、かかか雷が幼い頃から苦手でして…ししし暫くこのままで良いですか?」
「良いですよ。」
「くぅぅん…」
震える私を優しく撫でてくれた。白銀も心配し傍に居てくれた。神楽さんの手は温かくて段々落ち着いてきた。落ち着いてきたが、その間にもまた雷が落ちた。
「ひう‼」
「…大丈夫ですよ。“私が傍にいますから”。」
「神楽…さ、」
と、その時。脳裏に全く知らない記憶が一瞬、流れた。流れてきた記憶も雨で雷がごろごろしてて…目の前には顔の分からない少年。私に手を差し伸べ、こう言った。
“安心しろ、俺が傍にいる”
少し低く、落ち着いた声。誰なんだろう…私、こんなところ…知らない。
「光?」
「はっ…」
「…ほんに、雷が苦手なんですね。」
「え?」
すっと、神楽さんは私の頬に触れ何かを拭った。
「泣かなくとも、この雨が止むまで傍にいますから。」
「泣、く…?」
私はいつの間にか泣いていたのだ。
「ふふ、光の事…何だか妹というより娘みたいです。」
「そう、ですか?」
「えぇ。…だから、たんと甘えてくださいな。」
「……」
神楽さんは優しく微笑んでくれた。甘える…か。初めての感覚だ。暫くしていると、雷は収まった。雨も段々と弱まってきた。
「…今日は一日、雨なんでしょうかね。」
「さぁ…分かりませんね。でもきっと止みますよ。弱まっていますし。」
「そうね。」
「そういえば、雨上がりの匂いって良いですよね?私、結構好きです。」
「あら、奇遇ね。私も好きですわ。」
「ふふふ」
その後、雨がからりと止んだので縁側で神楽さんとお茶を飲みながら色々とお話しした。
◇
〈亥の刻、退魔屋敷にて〉
「…ここからが一番、塀に近い木なんだよなぁ。」
ぺろりと僕は唇を舐めた。外出するのには許可がいるみたいだが、僕はそんなことしたくない。京と口すら聞きたくないからだ。僕は早速、木に登り始めた。朝の雨のせいで少し滑りやすい。
「ま、別にへーき。」
ひょいひょいと上がり塀に到達した。我ながら上手くいったと思った。と、その時。人の気配を感じ、木の陰に隠れ様子を伺った。廊下を歩く影一つ、あいつだった。
「げぇ~…見つかるとまずいや。もう飛び降りちゃお。」
木の陰で見えないと思い、降りようとしたその時あいつが話しかけてきた。
「そけー誰かおるとか?」
まっず…ばれたら終わりだ。あいつが通り過ぎるまで黙っとこ。
「……くれぐれも気ば付けていけ。当主には黙っとく。出雲。」
最後…僕の名前を呼んだ?なんでだ?…きっと空耳だろ。
「…待っててね神楽。今会いに行くから。」
明日には帰ってくるは知っているけど、どうしても会いたくて仕方なかった。夜中ならいいだろう、一目見て帰るだけだ。
◇
〈同刻 退魔屋敷、京の部屋にて〉
「…かぁあぁぁあぁ!」
「そうかい。」
我は外を眺めながら京殿と対談していた。
「…何かあったのか?万世。」
「まぁ。あの出雲とかいう男が無許可で外出したそうだ。」
「ほぉ…そうか。」
「お咎めなされないのですか?」
「別に良かろう。あやつは他の隊士とは別。勝手にどこか行こうが余は別に気にしない。」
「貴方様を、殺めようとしている男ですよ?そんなのを放置していれば、いつ貴方様の寝首をかかれるか分かりませんよ?」
「…余は分かる。あやつがそのような姑息な人間ではないことを。蓬莱もそうだ。」
「本当…お優しい方なのですね。貴方という方は。」
「……猫を被っている余の、どこが優しいのだ。万世。」
怒気をはらんだ声、ぞくりと背筋が凍った。下手にこいつを怒らしたくない。とりあえず、謝るとするか…。
「これは失敬。つい、口が滑った故…お許しを。」
「ふん。」
「…話は変わりますが、出雲は果たしてどこに行ったのでしょうか。」
「もしかしなくとも、蓬莱のところだろう。あの男はそれしか視界にないからのう。」
「…花に群がる蝶みたいですな。」
「ん。」
ふと振り向くと京殿はほうじ茶を口に運んだ。我は京殿の目の前に置かれた座布団に腰を下ろした。我のところにもほうじ茶一杯、湯気が揺らいでいた。
「して…話とは何でしょうか。京殿。」
「……其方は分かっておろう?明日、行うことを。」
「あぁ…そのことにございますか。」
「やはり、止めぬか?余は気が進まん。」
「貴方様の手は、一切汚させません。我単体でやりますから。」
「そういうことではない!」
「……」
ほれ、やはり優しいではないか。人間というのはいくら自分を偽ろうと本来の人格は出るもの。面倒だ。
「…では、屋敷で待っていれば宜しいかと。我は必ずや潰す。」
「…っう…」
「京殿、もう話は宜しいでしょうか?…我は必ず、明日決行致します。」
「万世…」
「では、我はこれで。我についてくるかは貴方様次第にございます。では。」
我は部屋を退室した。そっと空を見上げ、ほくそ笑んだ。
◇
〈妖退治屋にて〉
「…天禰…」
いつ来るのか私はそわそわしていた。と、その時。塀の所からひょっこりと手が見えた。縁側から降り、近くまで行った。
「天禰?」
そう声をかけると、顔を出しいつもの笑顔が見れた。
「や!久しぶり…っと。」
天禰は塀のところに腰かけた。
「明日帰るのに、どうしたの?」
「ん?ふつーに会いたくなった。文通だけじゃ味気なかったし。ほんの少しだけ、声を聞きたかった。」
「天禰…」
「ど?こっちは。ご飯とか隊員の人とか。神楽、可愛いし言い寄られたない?それが一番、心配なんだよねぇ。」
「言い寄られていませんわ。ふふふ、ほんに心配性ですね。」
「神楽の事を想っているが故だよ。」
「もう、天禰ったら。」
それから少し、天禰と話した。久々に会えた嬉しさから話が弾んだ。
「…あ~やっぱ神楽と話すの楽しいなぁ。…一瞬だけ昔に戻った気分になれるんだよね。」
「……」
昔…平穏だったあの日々の事だ。畦道に腰を掛け他愛もない話で笑い転げたあの日。私はきゅっと胸が締め付けられ、俯いた。
「あぁ!ご、ごめん‼泣かすつもりはなかったんだ、ごめんね。神楽。」
「…ううん、平気よ。ちょっと思い出しただけ。」
「そっか…。やっぱり、まだ思い出しちゃうよね。」
「そうだね。」
ここに来て、私は思った。本当に京を殺しても意味があるのかと。あいつを殺した場合、きっと私たちは罪に問われ最悪死罪だ。そしたら…もう…
「…ねぇ、今日は月が綺麗だね。満月じゃないけど。」
私はぱっと顔をあげ、雲の間から現れた月を見た。けど見たのは月ではない。月に照らされ映し出された天禰の輪郭だ。一気に愛おしさが込み上げた。常に傍にいるから伝えるのはいつでも容易だ。けど…今なら今の私なら言える。どくんどくんと鳴りやまない鼓動。言うって決めたのだから。断られたら笑って吹き飛ばせばいい。
「…天禰!」
「どうしたの?」
「私は、貴方が好きです。一人の異性として。」
天禰ははっと驚いた顔をしたと思えばいつものいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「…あれ?気づいてなかったの?神楽。」
「え…?」
「僕は、君が気づくずっとずっと前から、好きだよ。」
「……」
「…じゃね、また明後日。」
「ま、待って!」
「ん?」
「今、外に出るから降りて…待っててほしい。」
「…いいよ。」
私はぱたぱたと外に出て天禰のとこに行った。やっぱり近くで逢いたくなった。小さい門をくぐり抜け、右を見ると天禰が立っていた。
「天禰。」
ぱっと彼は手を広げた。私は駆け寄り抱きしめた。
「…ん。神楽また背ぇ伸びた?」
「そ、そんなことはない、はず。」
「そっか。」
天禰はじっと私を見上げた。
「ど、どうしたの?」
「口づけしたい。」
「っ!」
「でも届かないね。明日帰ってくるしそん時でいっかな。僕たち、座ると座高一緒だもんね。」
「う、うん…」
「なんて嘘。」
「え?」
ぐいっと天禰は私の腕を引っ張り首にそっと口づけた。
「…本命は明日。じゃね、神楽。」
手を振りながら去っていく彼を、口づけされた首を抑えながら見送った。きっと今の私は、普通の女子の顔をしているだろう。大好きな人を想い恋をする、普通の女子。
「…このままでいい。このままがいい。」
話そう、いつか。もう仇討ちは止めようと。彼がもし聞いてくれないなら腹くくりやるしかない。
「…光…」
私はそっと瞳を閉じ、もう一度月を見て部屋に戻った。
(続)




