静寂に咲いた鋸草 下
〈元和元年 三月七日:後編〉
〈退魔師の屋敷にて〉
「戻った。」
「お帰りなさいませ。あ、い…今湯を持ってまいりますね。」
「ん。」
今日はやけに騒がしい。ということは他にも隊員が戻っているのか。まぁ、興味ないが。我は火影から湯を貰い、体を拭いた。茶を要求し縁側に座っていた。と、後ろからふわりと甘い匂いがした。多分、あいつだろう。
「だーれだ。」
「…蓬莱殿…」
「あら、残念。間違ってくれてもよろしいのに。」
「香で分かる。」
「まぁ!私の香の匂いを覚えてくださったのですか?」
「いつも同じ香だろ。それと、そろそろ離れよ。出雲殿が刀を抜きかねん。まだ首と胴体は、仲良うしていたいのだ。」
「…別に、私が弁解すれば許してくれるわよ。」
さっきから我にくっつくこの女は、蓬莱神楽という者。切れ長なたれ目で、左目の下に黒子がある。着物を無駄に肩まであらわにし、髪は一見下ろしている様に見えるが、後ろで高い位置に団子にして簪やらついている。そして首元には見る角度によって違う色をする玉が首飾りとしてあった。我は密かにこの玉を狙っている。
「…そうかのう。」
「あ、父上。粗茶…二つのほうが宜しかったでしょうか?」
「あら、火影ちゃん。ううん、私は要らないから。大丈夫よ。」
「はい。」
「あっ、そうだわ。そういえば会議を行うって言っていたわ、京当主が。万世様が居ないから後回しにって。だから、もうすぐあると思うわ。」
「そうか。」
「じゃあ、桃の部屋でね。」
「あい分かった。」
ひたひたと桃の部屋に向かった。部屋に入ると絶妙な緊張感と皆がいた。
「…わい、どこに行っとった。京当主ば困らすな」
「すまなかった。だが事前には京殿には言ってある。故、そんなにかりかりするな、晴家殿。」
晴家小夜丸。晴家は漁師の娘だった影響か、髪の色は金茶。前髪は右に向かって斜め。後ろの髪も短髪で一見すると男みたいだ。そして対馬出身で肥前の国の言葉を使う。
「っ…」
「ま、まぁまぁ小夜ちゃん。万世様はあぁ言っているんだし怒らないであげて。」
織戸姫鶴、火影より綺麗な黒髪の持ち主。右側から分かれた前髪の少し上の髪を持ち上げ、途中で折り返している。そして何より目立つは赤く細い帯のようなものを頭の一番上に巻いて後ろで蝶々結びをして、後ろの髪は太ももまで長い。いつも肩掛けを巻いている。裕福な家柄で親が過保護だったおかげなのか少々常識知らずだ。
「ちっ。」
「眠い…」
幻中みこと、玄色の髪で肩までの長さ、前髪はほぼ目にかかっている。この者も下ろしているように見えるが右側で少しの髪を結っている。いつもうつらうつらと寝ているのか起きているのか分からぬ。
「あぁ~、みこちゃん寝ないで~。」
「ほんと、姫鶴は誰にでも甘か。」
「…まだ、京殿は来ていないのだし構わないだろう。それに、一人いないだろう?」
「出雲はいつもんことだ。一応声はかけた。」
「そうかい。」
我は、そう言いながら腰を下ろした。
「…して、京殿はいつ来るのだ?」
「そろそろ来るじゃろう。足音が近づいとー。」
「そうだな。」
と、同時に京殿が現れた。猫の面をつけ、髪は総髪。平安の貴族のようなゆったりした着物を纏っている。一人を除き彼の素顔は知らない。
「…始めるか。」
「あ、あの~出雲君がいないのですが宜しいでしょうか。」
「あ奴は別にいい。興味もなかろう。」
「わ、分かりました。」
「申し訳ありません、いつもなら私が連れてまいるのに、今日ばかりはどこにいるのかさっぱりで。」
「出雲は木ん上で寝とった。」
「あら、そうでしたか。ありがとうございます、晴家さん。」
「…では最初は近状報告とするか。」
京殿がそういうと、それぞれ話し始めた。しばらくして我の番になり、当主の前に座った。
「我は、息子が当主として鎮座している妖退治屋に行ってまいりました。」
「ほぉ。」
「あの妖退治屋には、体内に妖の魂を宿した者がいる故、気になりましてね。」
場は一瞬でざわめいた。そんな状態で生きていられるのかなど。
「具体的には、どんな子ですの?万世様。」
「…我の、娘にございます。」
「主にもう一人、娘がおったのか。」
「はい。ですが、世間的には異端の存在故…隠しとうございました。」
「かような娘もいるのか…。ふむ、興味が湧くな。」
「…して、それに関連する提案なのですが…」
「なんだ?」
「我は、その者の実態を知りたいがどうも拒まれていましてね。でしたら、誰かを視察に向かわせるのはどうでしょうか。」
「ふむ…、確かに良い案だな。行くとなれば…蓬莱、お前が行け。」
「…良いですが…貴方に命令されても、行きたくありませんわ。万世様が仰れば、今すぐにでも行きますわ。」
「蓬莱!当主に命令されたなら素直に返事せろ‼」
「私はこの方の命令なんて、聞きたくありませんわ。信頼も何もしていないんですもの。」
蓬莱は耳に髪をかけながらそう答えた。
「っ~…」
「小夜ちゃん落ち着いて~、修羅場は嫌だよ~。」
「ねぇ、命令して。万世様。私は貴方の命で動きますから。」
「…ならば、お願いしようか。蓬莱殿。」
蓬莱殿は弧を描くように微笑んだ。
「はい、御心のままに。」
と、その時。突然、我の左頬に濡れた感覚と柑橘類の匂いがした。べちゃりという音と共に畳に落ちた。それは蜜柑だった。拭いながら廊下を見ると想像通りの人間が立っていた。
「出雲殿…」
「本当の魂胆言ったらどーだ、おっさん。」
黒柿色の髪、前髪は真ん中でふわりと分かれ左側だけ長く伸びている。肩までの髪もくせっけなのかふわふわとしている。髪型は蓬莱と似ているが団子ではなく下ろしている。髪の色は晴家とは違い、生まれつきだそう。
「本当の魂胆、というのはどういうことか理解できませぬなぁ。出雲殿。」
「子供が心配で堪りませんでいいじゃないか。」
「心配?何のことだ。心配なんぞ一切しておらん。あの女が、奇妙で気になる故蓬莱殿に視察をお願いしたまでよ。」
「やっぱ子供が気になんじゃん。それを心配っていうんだよ、おっさん!」
「お主こそ、本当のことを言ったらどうだ?蓬莱殿に、行ってほしくないと。」
「っ!」
「安心なされよ、これはただの仕事。色仕掛けをして来いなんぞ言っておらん。」
「…ほんと、言うこと全部癪に障るなぁ。おっさん。なぁ、表出ろよ。ちょっと殺り合おうぜ、おっさん!」
「たいがいにせんか、出雲。万世ん言う通りやし、蓬莱も了承しとー。何より当主ん前だぞ。」
「神楽!なんで了承しちゃうんだよ!ねぇ僕から離れないでよぉ…」
「天禰、大丈夫だから。これは仕事。当主様から命じられてないから。」
「おっさんに命じられたの?なら無視すればいいじゃん~。」
「お願いされただけ、それに私の命も身も、全て貴方だけの物だから。例え向こうに良い男がいても簡単に好きになんてならないから。」
「神楽~!」
「…当主ん前だ。そがんのは控えれ、もしくは部屋でやれ。」
「えぇ~何?嫉妬?見苦しい~。いつも冷たいお前がそんなこと言うんだねぇ。驚いた。」
挑発してるような物言いに晴家は青筋を立てた。
「ひっちゃかましか!きさんらは新参者んくせに礼儀がなっとらんけん言うたまでや‼郷に入っては郷に従え、こん言葉ば知らんのか!」
「…わぁ~小夜ちゃんが久しくものすごい怒ってる~…。」
「あはは、あんたの言う通りそんな言葉、知らないよ。郷に入っては郷に従え?従ったとこでなんなんだよ。僕らはさぁ、あの仮面野郎を殺すことが出来れば嬉しいわけ。だからそんな面倒なことはしない。ごめんよ、馬鹿でさ。」
「わいは人ば挑発する天才ばい、全て頭に来る。」
「お褒めの言葉をどうもありがと、それより君もさ当主の前だよ?そんなに怒ってい良いのかい?」
「っう…」
「あ、あの、お二人ともそろそろ落ち着きませんか?その、えっと…。神楽ちゃ~ん…」
織戸がおろおろと止めようとしたが無理だと気づき、蓬莱に助けを求めた。
「天禰、もう言いたいことは言ったでしょう?もう終わり、落ち着きなさい。」
「…神楽が、言うなら…」
「ふっ、ふふふふ…」
と、突然。当主殿が扇で口元を隠しながら笑い出した。
「なんだよ、京。」
「ほんに、お主らは威勢がいいのう。見てて一切飽きぬ。」
「うるせぇ」
「わい…!」
「…もうよい、解散とする。」
「とーしゅ!」
「ん?なんだ、幻中。」
「みこも行く!神楽と行く!」
「どうだ?神楽。」
「別に、構いません。」
「わーい!」
「良かったねぇ、みこちゃん。」
「うん!」
そして各々、部屋に戻った。蓬莱に言いたいことがあったが出雲がくっついていたので話しかけられなかった。
「万世」
とその時、京当主が話しかけてきた。
「何用にございましょう。」
「妖退治屋のほうには、お前から書状を送ってくれ。余が送っても不思議がられるだけ。頼めるか?」
「御意。」
「…そういや、その娘の名は何と申すのだ?万世。」
「……」
その質問に、口籠った。万葉があやつの名を口にしていたような。確か…
「光、という名にございます。」
「そうか。ほんに、お主は名づけがうまいのう。ま、その光なる者がどのような容姿かは知らぬが。のう、その者の容姿を教えてはくれぬか?万世。」
「…興味を持ったのですか?」
「まぁな、少し。気になる。」
「銀の髪に、蒼き瞳。これだけで我のもう一人の娘は分かります。」
「ほぉ。まるで、狐の妖のようだな。」
「狐の…」
「…どうかしたのか?万世。」
「いえ、何も。」
「うぬは、ほんに色々なことを知っていて余は飽きぬ。また今度、話を聞かせておくれ。」
「了承しました。」
本当に、人間というのは単純で騙しやすい。
◇
「ふぅ……」
「一旦、お休みになられますか?」
「光…。いや、大丈夫だ。」
光が盆に茶を乗せ、儂の部屋に来た。相変わらず自分の分は作らず儂だけの分だった。机に茶を置いた後、儂の後ろでちょこんと光は座った。
「あ、あの…先ほどから朧さんを探しているのですがなかなか見当たらなくて…」
「朧?何か用事でもあるのか?」
「その…渋兵衛さんが亡くなられたのを知らず、寝ているのですかと聞いてしまい、謝りたいなと思いまして…」
「あぁ、その事か。それなら朧は別に言わなくていいと言っていた。」
「本当、ですか?」
「本当だ。朧達だって眠っている様にしか見えなかったから、気にしないでくれと。」
「それなら…大丈夫ですか…」
「それに今は、そっとしておいたほうが良いだろう。」
「そうですね…。渋兵衛さんは、誰かに殺されたんですか?」
「…ん?あぁそうみたいだな。朧がそう言っていた。心臓を刀か何か鋭利なもので一突き。それが致命傷になったのだろう。」
「…渋兵衛さん、さぞ悔しかったでしょうね。」
「何故、そう思う?」
「えっと…、やはりここは戦うのが使命の地。ですから、戦いの中でもしくは、穏やかな場所で眠れなかったことを、悔やんでいるのではないかと…」
「光…。確かに、な。だが儂らは渋兵衛ではない故、悔しいかどうかは分からないな。」
「そうですね。けど…」
「けど?」
「あんなに穏やかな表情で逝けたならば、きっと向こうで大切な方に逢えたのでしょう。」
「そうだな、それは渋兵衛でない儂らでも分かる。」
「くぅ~…ん」
「あら、白銀。今までどこにいたの?あ、ちょっと足を拭くから待って。」
光はぱたぱたと濡れた布を取りに行った。
「渋丸を殺した相手、人間じゃない。」
「えっ?本当かっ⁉白銀?」
「誰かは分からない。だけど、傷口から微かに鬼の匂いがした。」
「…そしたら、今回の件の鬼?いや、そしたら朧達の目の前で殺されているかもしれぬ…だとしたら誰だ…?」
「それの下っ端も全部退治されてるしね。」
「鬼と言ったらあの…大妖怪御五家の、あざみとかいうやつ。」
「う~ん、どうだろ。気配が僅かすぎて鬼という漠然としたことしか分からない。」
「追々分かるか?」
「たぶんね、渋兵衛を殺した相手や、“虎吉に東郷さんを殺すように命じた奴”も、分かるだろう。」
「えっ?東郷さんの件は、虎吉の独断だと聞いているが?」
「確かにそうだ、けど…あ、もうすぐ光が戻ってくる。また後で話すよ。」
「あ、分かった。」
白銀の言う通り、光が戻ってきた。その手には布の他に書状が握られていた。
「光、それどうしたんだ?」
「あ、あのこれ万葉様にって渡されました。」
「そう、なのか。」
儂は受け取り、広げてみた。
「っ!」
「どうかなされましたか?」
「…万世からだ。」
「え…」
「今度はなんだ。」
名を見ただだけで、ふつふつと怒りが湧く。その怒りを抑えながら内容を見た。その内容は、退魔屋敷という場所から二人視察に来るという内容だった。
「退…魔屋敷?」
「二人、来られるのですか?」
「あぁ。でも何故来るのだ?」
「何故でしょうね…?」
疑問にも思いつつも、明日にならねば分からぬ。ただ明日を待とう。このことは皆にも伝えておこう。
(続)




