愛者は永遠に百合一輪
〈元和元年 三月六日〉
ひんやりとした朝の空気が項をなぞった。今日は大和内で妖退治だ。儂もついて行くことにした。それに、光への贈り物も買うつもり故。
「…光の顔、見たいな…」
寝顔だけ、それなら光も気まずくないだろう。そっと襖を開け、覗き込んだ。触れたい気持ちをぐっと抑えた。
「行ってきます、光。」
ぱたんと静かに閉じ、出発した。だが、見回った結果どこにも妖は見当たらなかった。
「…ここで合っているんだよな?朧。」
「はい。…ですが、形跡も何もありませんね。」
「日を改めるか。今日は退散としよう。」
「「了解です」」
しばらく歩いていると、町が見えてきた。
「…朧、少し町に寄ってから儂は帰る。」
「え、あ了解しました。…俺、ついて行きましょうか?」
「いや、花宮にお願いする。ちと女子のほうが良い買い物だからな。」
「分かりました、今伝えてまいります。」
そう言って、朧は後ろに行き花宮に話した。花宮はすぐに了承してくれ、二人で町に向かった。
「…何買うんですか?当主様。」
「そうだな…何が良いのだろうか。」
「決まってないんですか?」
「女子が喜ぶものがいまいち分からないのだ。故、花宮に協力してほしいと。」
「…さては光ちゃんへの贈り物ですか?」
「……そうだ。」
「顔に、書いてあるんですよ。分かりやすいです、当主様。」
「あはは…」
「…そうですね、あんまり高価なものだと光ちゃん困るかもですね。」
「反物とか、簪はどうだろうか?」
「あぁ、似合いそうですね!…櫛とかも、良いかもしれないです。」
「櫛か…、確かに光が使っているやつ歯が欠けていたな。」
「…それに、櫛や簪は特別な想いも込められていますしね。」
花宮がぼそりと何か呟いた。
「何か言ったか?花宮。」
「いえ!何も。ささ、探しましょう。時間はたっぷりありますし、ゆっくり考えましょう。」
それから反物屋や小間物屋を回った。だがどこも、光にあげたらと考えると喜びそうなものはなかった。
「なんか、光ちゃんの印象に合うものないですね。」
「そうだな。」
と、ふと路地裏を見た。ひっそりと一つ店があり看板を見ると小間物屋と書いてあった。
「花宮、あそこ。行ってみよう。」
「え?どこですか?」
「とりあえずついて来い。」
儂はその店に向かった。そこには盲目の爺さんが一人でやっているようだった。
「いらっしゃい。」
ぞくりと鳥肌が立つほど、低い声だった。だが、商品を見るとどれも綺麗だった。
「わ、こんなとこに店があったんですね。」
「ここは、本当に商品が欲しい者しか来れぬ。故、お前さんはここに、欲するものがあったんじゃろう。」
その爺さんの言う通り、一つ目を引かれたものがあった。光の、瞳ととても酷似した菫青玉の玉簪。路地裏を僅かに照らす光にかざした。すると益々、光の瞳に似ていた。
「爺さん、これにする。いくらだい?」
「銭百文。」
儂は懐から巾着を出し、ざらざらと銭百文払った。
「きっと、喜んでくるだろう。それを貰った娘は。」
去ろうとしたとき、爺さんがそう話しかけた。
「…喜んでくれれば、幸いだと思います。」
「そうかい。」
儂は花宮と共に店を後にした。
「…失礼ですけど、何か呪いとかかかってないですよね?」
「ん?…かかっているとしたら、幸せの呪いじゃないか?」
「それなら良い呪いですね。…光ちゃん、元気なさそうですし。」
「花宮、光の状況を知っているのか?」
「え?まぁ、ちょっと相談に乗ってほしいと言われて。表面はにこにこと、もう大丈夫って感じでしたが、本当は私が思っている以上に…当主様が思っている以上に、傷ついていると思います。」
「……」
「そんな時こそ、言葉が一番効くと思います。」
「…送り物、しないほうがいいのか?」
「絶対、渡してあげてください。簪は…簪は…」
「簪は、なんだ?」
「……い、言いません!渡したら言います。」
「変な意味じゃないだろうな⁉」
「変な意味じゃないですよ~。とっても素敵な意味です!」
「何か不安だから、教えてくれ。」
「お断りします!」
結局、妖退治屋に着くまで教えてくれなかった。光はその意味を知っているのだろうか。
◇
〈戌の刻 食事を済ました後。〉
「…白銀、明日には帰ろうか。荷物、全くないし。書状を置いて早朝に出ていけば、誰にも分からない。」
「クゥゥン…」
「……ちょっと、屋敷内を散歩してくるね。」
「ワフッ!」
「お座り。戻ってくるから、ね。」
白銀は寂しそうな顔をしていたが、大人しく待つように座ってくれた。…少しひんやりとした風が吹いた。まだ髪を結っていなかったから、ふわりと靡いた。自然と私は、池に着いた。ぼんやりと池に、月が映っていた。しゃがみ込み、池にそっと触れた。とてもひんやりとした水だった。水から手を出すと、ほんのり赤かった。
「……」
万葉様に逢いたい.。だけど、どんな顔で逢ったらいいのか分からない。
「…万葉様…」
と、その時。砂利を踏む音が聞こえ、右を見た。そこには万葉様が立っていた。
「光…」
「っ!」
反射的に、そっぽを向いてしまった。
「…やはり、どんな顔をして会えばいいのか分からぬな。」
「……」
「光、一度だけ。こっちを向いてくれないか?お前に、渡したいものと今の儂の気持ちを伝えたいんだ。」
そう言われたので、振り向いた。だけど、目は合わせられない。
「これ、光に似合うと思って買ってきたんだ。手を出してくれ・」
と、差し出した手にぽんと包まれた何かを渡された。そっと広げるとそれは玉簪だった。
「……」
「その青玉、光の瞳に似ているだろ?それが気に入って買ってきたんだ。」
私は月の光にその玉を映した。確かに私の瞳と似ていた。
「き、れい…」
「…気に入ったか?光。」
「え?あ、はい…。」
「良かった。」
万葉様は泣きそうな柔らかい笑みを浮かべていた。その笑みに、きゅうと胸が締め付けられた。
「…光。儂は、何度生まれ変わってもお前ただ一人を好きでいる。儂の、“愛者”は“永遠”にお前だけだ。」
「……」
「それに、儂はお前と兄妹で良かったと思っている。」
「…何故、ですか?」
「ここ、妖退治屋は血の繋がった兄妹同士が夫婦になることになっているんだ。」
「え…」
「もっと、早く言えば良かったな。そうしたらもっと気持ちが軽くなったよな、光。」
私は知らず知らず、涙が溢れた。万葉様はこんなにも、こんなにも私を好きでいてくれたのに、私は…
「万、葉…様」
「光…」
万葉様は、そっと抱きしめてくれた。優しいが少し力強く。
「あの、着物が…濡れてしまいます…」
「構わん。」
「…うぅ…うっ…」
「光、儂はどんなお前でも好きで居続ける。だからどうか、傍にいてくれ。儂と、夫婦になってくれ。」
「…はい、はい…」
安心する体温、大好きな万葉様の香り。暫く、浸った。その後縁側で池を眺めながら、少し話した。
「えっ!私と、万葉様って逢ったことあったんですか?」
「あぁ。獅子王から聞いた話だがな。儂も、少しだけ思い出した。」
「…ごめんなさい、私は何も思い出せません。ですが、ここで出会った少年って…」
「儂だろうな。」
「ここで、私たちは何をしていたんですか?」
「そうだな。儂の記憶だとお前を笑かそうとしていた、と思うぞ。」
「私を?」
「あぁ。昔のお前は全く笑わなかった。少年だった儂にとってそれが不思議でどうにか笑顔を見れないかと、試行錯誤していた。」
「まぁ、そうでしたの。」
「だけど、お前と会う最後の日に見れたと思う。」
「あの、場所ですか?」
「あぁ。」
と、その時。きしりと床を踏む音がした。そこにいたのは緋色さんだった。
「あら、ごめんなんし。良い雰囲気でありんしたのに。」
「いえ、お気になさらず。」
緋色さんは私たちを眺め、うっとりと目を細めた。
「ほんに、お似合いな二人でありんす。やっぱり縁は切れぬのでありんすね。」
「あ、そういえば緋色さんは何故、私の事知っていたんですか?」
「えっ?あぁ、確かに言ったわね。……」
緋色さんは口を噤んでしまった。
「…緋色。儂は獅子王からお前の正体を聞いた。光にも、正直に話してくれないか?」
「当主様…。そうでありんすね、話したほうが辻褄が合いんすし。」
「緋色さん?」
「光さん、あちきはね金魚の妖なの。主さんと出会ったというのはそこの池での事。」
「…ここで…」
「あちきが金魚の姿の時、そこで泳いでいたら鯉に襲われてね。それを主さんが気づいて当主様と一緒に救ってくれて、あの小さな手作りの池に逃がしてくれたの。」
と、指を指したその先にあったには、すっかり水がなくなった池らしきものだった。
「…あぁ、確かに綺麗な金魚を掬ったな。」
「ずっと、お礼を申し上げたかったのでありんすが、いきなり言われても分からねぇと思っていたので、心に仕舞ってやした。改めて言わせてください。…ほんに、ありがとうございんした。」
と、深々と土下座をした。
「いえいえ、気にしないでください!やれることを、やったまでだと思います。」
「儂も、困っている者がいるならば、救ってやりたいし。」
「当主様…光さん…。」
「これからも、仲良くしてくださいね。緋色さん。」
「はい、光さん。」
その後、緋色さんは珠乃さんが待っているとのことだったから、行ってしまった。
「…光、村には帰ってしまうのか?」
「え?…あぁ、いいえ。ここに居ますよ。それとも、帰ってほしいのですか?」
「そんなことはない!」
焦って弁解しようとしてる万葉様が少し面白かった。
「ふふっ、これからもよろしくです、万葉様。」
「あぁ、よろしくな。光。」
万葉様は私の肩を引き寄せた。兄妹だが私は、恋仲の殿方として貴方を見ます。ずっと、お慕い申し上げます。
(続)




