百日草と真実を見る桜 中
中編です
長いですが、最後まで楽しんでくださいm(__)m
最近初めて評価がつき、大変嬉しく思っています。
ありがとうございます。
(中編)
〈光が自室に戻ると言った後。梅の間にて〉
光と兄妹と分かった。これは喜んでいいものなのか分からない。妖退治屋の掟にて血縁の儂の次に産まれた者とは、夫婦になれる。故に、喜ばしいと捉えられるが光の立場に立てば、全く嬉しくないだろう。己が本当に心から信頼し、好いた者と兄妹と言われたらどれほどの衝撃を与えられたのだろうか。
「…光…」
あの時、光の顔が全く見れなかった。泣いているのか、どうなのかすら分からなかった。だがきっと、泣いているだろう。彼女はよく人目を避け、泣くことがある。抱きしめてやりたいが、今の光に触れたら避けられるだろう。あからさまに儂との距離が分からない雰囲気があった。
「…どうしようか、これから。誰かに相談したいが、こればかりはなぁ。」
「わん!」
襖の向こうから白銀の鳴き声が聞こえた。完全に締まっているので、入りたいのかと思い襖を開けた。しかし、そこには白銀の姿はなく代わりにあるのは巻物だった。辺りを見ても白銀の姿はいなかった。一体、この巻物はなんだろうか。
「…見てみるか。」
紐を解き、内容を確認した。書いてあったのは一文のみ。
今宵、道場に来い
「道場?何故、あそこに行くのだ?それより、これは誰からの書状なのだ?」
不思議でたまらなかったが、行ってみれば分かるだろうかと思い行くことを決意した。
「…誰も来なかったら、戻ればよいだろう。」
◇
〈午の刻、道場にて〉
儂は静かにあの巻物を寄越した者を待った。しばらくすると、白銀がいつも鳴らしている足音がした。まさかあの書状は白銀が書いたのか?いや、そんな御伽草子みたいなことはないか。そう思ったとき、白銀が鼻で道場の襖を開けた。
「……白銀、どうしたんだ?」
白銀は、一度瞬きをして儂をじっと見た。そして気のせいかにやりと笑った。
(いやぁ…、同じ姿をずぅと続けるのは辛いなぁ。)
あの時の声がした。烏から書状をもらった後の。と、次の瞬間。白銀は軽く走り、空中で一回転した。すると青年の姿へと変化した。摩訶不思議な光景で、唖然として言葉が一切出てこなかった。ぴんと立った狐の耳、やや垂れた紫の瞳、太ももまである銀髪、真ん中で分かれ少し立ち上がった前髪に狩衣に似た服、そして五つの尾がふさりふさりとあった。
「あぁ~…この姿、久しぶりだぁ。何年ぶりだろ。」
そう言いながら白銀は背伸びしたりと体を動かしていた。儂は一切、この状況に追いつけてない。
「ん。驚かせたね、万葉。この姿が本体なんだ。“白銀”は仮の姿の一つ。あ、もしかして女子のほうが良かった?じゃあ、変化する?」
「…いや、全くもってこの状況が分からないだけだ。」
「あはは、やっぱりそうだよねぇ。じゃあ、真名を言おうか。…僕は“銀鉤尊八剱”白銀でも銀鉤でもいいから。まずは、握手しようか。」
そう言って、手を差し伸べた。なので儂も差し出し握手をした。
「…本当に白銀なのか?というより、妖だったのか?」
「あぁ。僕は妖だ。訳あって犬の姿で光を見守っていた。」
「そう、なのか。ずっと気づかなかった。妖気も何も感じなかった。」
「僕は妖のなかでも最高峰に立つものだから。変化の上に妖気を消すことも朝飯前だ。」
「最高峰?」
「“大妖怪御五家”なる組織があって僕はその一人。ちなみにその組織の標語は“人は殺めず助けること”なんだ。」
「へぇ……」
「大妖怪と言っても、そこら辺の底辺妖怪よりちょっと妖力が高いだけなんだけどねぇ。あはは。」
「…そうなのか…。して、何故儂をここに呼んだのだ?」
そう聞くと、正座をしていた白銀は胡坐をかき、頬杖をついた。
「万葉さぁ、今日の話。あんまり納得いってないんじゃないの?」
「っ!」
「あ、図星?あはは、やっぱりね。僕ね、襖の向こうで聞き耳立ててたんだ。光が駄目って言っていたけど、どうしても気になってね。そしたら案の定、あの糞最低な男が現れた。ますます僕は興味が湧いたよ。したらあの男、淡々と酷なことを言うわ説明不足だわ。聞くに堪えられなかったよ。」
「聞いていたのか。というより、白銀もあの男を知っているのか。」
「あはは、そうだよ。だって僕は光を守る者。だから知っている。」
「光を、守る者?」
「うん。ずっと、ずぅと守っているよ。僕は彼女が産まれる前から見守っていた。」
「そんな…前から。」
白銀はにやりと不敵な笑みを浮かべた。そして頬杖をつくのを止め、儂と向き合った。
「説明したほうがいいね、その経緯と僕のこと。」
「…よろしく、頼む。」
◆
〈白銀の過去、光の事〉
僕は妖の世界に生まれ落ちた瞬間から強い妖力を秘めていた。なので大妖怪御五家に選べるのは時間の問題だと言われていた。僕を仲間として慕うものは多く、段々と仲間が集まりその仲間内で過ごすことが多かった。女の妖が六人、男の妖が僕を含め七人。皆、妖の世界で産まれた者が多いが唯一人間の世界で産まれた女の妖がいた。名を“桔梗”おっとりとして誰にも優しい反面、しっかりしていて面倒見のいい部分もあった。桔梗も僕の次に妖力が高く、彼女しか使えないものを三つ所持していた。皆の者はそれを“桔梗の三種の神器”と呼んでいた。“懐古玉”“予来鏡”“妖癒瞳”である。だがこの何年後か大妖怪御五家に入っていつの間にか“懐古玉”と“予来鏡”はなくなっていた。玉は首にかけ鏡は持っていたからすぐに分かった。彼女に聞いても首をふるばかりだった。瞳は桔梗自身の瞳なのでそれがなくなる可能性はない。それ以外は平穏な日々を送っていたが、ある日事件が起きた。…桔梗が何者かに殺された。大妖怪御五家から一人失踪して、二日後の事だった。僕は急いで人間の世界に行った。仲間から聞いた場所に。するとそこには、消えかかった狐姿の桔梗がいた。だが、その桔梗の亡骸からは妖気を感じなかった。辺りを見渡すと、ふよふよと漂う妖気の塊、俗にいう魂が漂っていた。
(桔梗だ…!)
桔梗は成仏していなかったのだ。僕はその魂を捕まえようと狐の姿でゆっくり近づいた。
(…もう少し…もう少し…)
と、その時。人間の気配がした。見つかったらまずいから僕は隠れた。現れたその人間は女で腹に子がいるようでふっくらしていた。その女が通り過ぎたら捕まえよう、そう思ったその時だ。女は欠伸をした、それと同時に桔梗の魂が女の体内に入り込んだのだ。
(なっ‼)
僕のせいだ。僕がもっと早く捕まえていればと、自分を責めた。人間のなかに妖の魂が入るなんて前代未聞だ。どうなるのかは分からないが、間違いなく何か支障をきたす可能性があるに違いない。それにもうすぐあの女は子供が産む。その時、何も起こりませんようにと祈った。僕はそっとその女について行った。着いたところは小さいがそれなりに立派な屋敷だった。近くに大きな木があったからそこに登ってじっと観察する日々を送った。そういえばあの女の旦那、ものすごい怪訝そうな顔をしていた。それも僕には引っかかった。そして三日後…
「ほぁぁぁ!あぁぁぁぁ‼」
女の子が産まれた。それも、桔梗の魂を持った女の子だ。産まれた瞬間、僕はそう感じ取った。桔梗の魂は赤子に吸収され、二つの魂を持って産まれたのだ。それ故、薄っすらと髪は銀だった。
「あぁ、ほんに元気な女子にございますね。奥方様。」
「そうね、良かった。…でも、死んでしまうか分からないわ。これから心配ね。」
「左様にございますね。でも奥方様の腹にはもう一つの命が宿りつつあります。酷な話、残念な結果になった場合、その子に希望を持つしかないでしょう。」
「…私はこの子を信じるわ。早く旦那様に見せたいわ。」
「そういえば、その子。少々髪が銀髪ではないでしょうか?」
「ん?言われてみれば…」
「気にしなくてよろしいでしょう、きっと。」
「そうね。」
産屋できゃいきゃいと産婆と話していた。その昼、母親は旦那のとこに赤子を会わせに戻った。旦那は赤子の顔を一瞬見てそっぽを向いた。
「…あの、あなたの子よ。抱いてあげるとか、顔をよく見るとかしてあげて。」
「儂はその赤子を抱きたくない。後、我は一切その赤子を育てようと思わぬ。育てるならお前ひとりでやれ。」
「で、でも!」
「まだ何か言うのか?」
「え…えっと、名は…名はどうしますか?」
「いらんだろう、そんな化け物。」
「ば、ばけ…も、の?」
開口一番、旦那はとんでもないことを言った。もしかしなくても、あの男は赤子から妖力を感じたのだろう。故、この一族は妖に関わる仕事をしている…。退魔師か陰陽師辺りだろう。そんなことを考えた。それからの日々は赤子にとって酷な日々だった。母親は一生懸命、愛そうと必死だった。雨の日、母親は赤子をあやしながら何か話しかけていた。
「…珍しい子…うんと、可愛がってあげる。私の可愛い子…私の可愛い子…」
その後も何か話しかけていたが、雨音で何も聞こえなかった。母親は見たところ、精神的にも体力的にもやつれている様に見えた。そんな日々を送っていたある日、二人目の赤子が産まれた。それからはもっと酷いもので名もなきその少女は庭に放置され、やせ細っていった。僕は今すぐでも、助けてあげたかった。だけど怖がられるかもしれない、そう思ったら、動けなかった。その子は普通、人間が死んでしまう期間をゆうに超えていた。やはりそれも妖の魂が入っている影響だった。そのせいでさらに親から嫌悪された。見ていて辛かった。明日、明日助けてあげよう。どう思われても構わない、そう思った次の日。夜、夜明けの頃その子は行動した。僕が気づかれない程度に開けた穴から逃げた。これくらいなら僕の存在にも気づかれないし、その子も逃げられるという一石二鳥。その子に僕はついて行った。朝日を見、自分の居場所探すため、ふらふらと数日さ迷った。大雨のある日、やっとその子は村を見つけた。青柳村というところだ。だが、彼女は自分の容姿をどう思われるのか不安で、一歩も踏み出せずに座り込んでいた。
「…こんなところで何している。風邪、引くぞ。」
真っ赤な傘を持った爺さんがその少女に傘を差しだした。彼女は見上げびくりと怯えた。爺さんはそれを察し、同じ目線にしゃがんだ。
「儂の事は信頼できないと分かる。だが、お前さんがここで、野垂れ死ぬのは見たくないんだ。だから、儂の家に来い。」
彼女は怯えながらも、その爺さんの手を握った。僕は鼠に化け家の中に入った。爺さんはすぐに囲炉裏に火をつけ、彼女に手ぬぐいを渡した。彼女は不思議そうに手ぬぐいを見つめていたものだから爺さんはがしがしとその子をふいた。その子は無表情ながらもきょとんとしていた。
「今、粥を作ってやる。」
ことことと、数刻で作った。彼女は箸で必死に食らいついた。
「…お前、箸を持てねぇのか。」
「ん?」
「れんげ持ってきてやる。」
れんげで食べやすくなったようで、さらに頬張って美味しそうに食べていた。
「うめぇか?」
「う。」
「そうか…。腹いっぱい食え、まだまだあるからな」
爺さんは初対面の子なのに、ただただ愛おしそうにその子を見つめていた。その後、爺さんはその子を本当の子のように育てた。言葉を、意思疎通を知らないことを察し、ひたすら御伽草子を読んであげたり外に出掛けた。爺さんはその子の容姿を全く気にしていなかった。その子は成長と共に徐々に言葉を得た。だが、表情は無のままだった。
「と、ごーじぃ。」
「ん?どうした?」
「はな。」
「あぁ、綺麗だな。こりゃあ、杜若だな。」
「かいつばた?」
「あぁ。そうだ。」
その子はしゃがみ、ほぼ花畑に埋まって匂いを嗅いでいた。
「…どうだ?」
「いーにおい。」
「そうかそうか。」
くしゃくしゃと彼女の頭を撫でた。
「…そろそろ文字も分かるし、名前を伝えようかのう。」
「?」
爺さんはぼそりと呟いた。彼女は、まだ名前がなかった。爺さんは彼女が文字を読めるまで待ったのだ。その夜。
「食事の前に、お前の名前を命名する。」
「な、まえ?」
「あぁ。」
爺さんは適当な紙に、筆で力強く書き上げた。そして彼女の前に差し出した。
「“光”お前の名だ。」
彼女の表情は変わらぬが、僅かながら瞳が輝いた。
「ひ、かり?」
「あぁ。」
彼女はじっと、その文字を見つめた。爺さんが口を開いた
「…お前に笑ってほしい。例え今が最悪でも必ずお前には“光”輝く未来がある。」
「わら…う?」
「あぁ、そうだ。笑うことは良いことだ。一人を除き誰も怒りやしない。」
「なく、ことも?」
「怒らない。全て、良いことだ。東郷爺だって笑ったりするだろ?そしたら誰か怒ったか?」
「ううん。」
「だったら笑え、光。ゆっくりでいいから。お前は化け物ではない。今を明日を懸命に生きる一人の人間だ。」
「……。」
「死に場所を探して生きるな、居場所を探して生きろ。いずれお前を好いてくれる奴が現れる。」
「ほんと?」
「本当だ。儂が今まで嘘を吐いたこと、あるか?」
「ない。」
「だったら信じろ、儂を。」
「はい。」
「…さて、飯にしよう。用意する。」
「ごはん。」
「あっ…そうだ。もう一つお前に伝えることがある。」
「なに?」
「三日後に妖退治屋に行く。会わせたい奴がいるんだ。」
僕はその子に名前が与えられてほっとし、段々と眠気が襲ったためそこは上手く聞こえなかった。ある日、光は爺さんとどこかに出掛け、一刻ほど経ったら戻ってきた。彼女はどこか嬉し気だったのでいいことがあったんだなと思った。それから七日後。
「光、少しばかり出掛けてくる。」
「どこ?」
「散歩だ。」
「光も行く。」
「今回は駄目だ。これでも読んで待っていられるか?」
「桃太郎。」
爺さんは光の頭を撫で出掛けた。僕は光が御伽草子を読んでいたので大丈夫だと判断し、爺さんを追いかけてみた。すると爺さんは森の奥深くで一人の男と対面していた。僕はその男に見覚えがあった。
「…裏切者め、てめぇは何をしたいんだ。子供二人を捨てて…特にあの子は酷いもんだ!骨も浮き出るほど飯を与えず、果ては名まで与えなかったみたいだな!」
「化け物故、それ相応のことをしたまでだ。それの何が悪い。」
「はんっ!悪びれる様子も無いみてぇだな。お前は妖退治屋の汚点だ!万世‼例え、あの子らに会っても父親面すんじゃねぇ。てめぇみたいな奴は父親でも当主でもなんでもねぇ。」
「何故、父親面をしてはいけないんだ?せめて万葉はいいだろう。あいつのほうはさらさら父親面をしようと思わぬ。儂の子は、万葉と火影のみ。」
気味の悪い笑みを万世と呼ばれた男は浮かべた。僕も今すぐ出て、ぶん殴りたい気分だった。
「そういうことも、平気で言うんだな。…変わちまったな、万世。もう怒りを通り越し、呆れているわ。」
「そりゃあ、どうも。」
「そういうところが気に食わないのだっ。」
たんっと音がしたと思えば、爺さんは男の近くにいた。喉元にくないを突きつけて。
「…我を殺すのか?」
「てめぇの汚い血なんぞ目の前で見たくないわ。」
「なら何の真似だ。」
「…いずれてめえの本性は明るみに出るだろう。光と、万葉によってな。」
「……無能共に何ができる。」
「あいつらは無能なんかじゃねぇ。必ず貴様を討つだろう、怨みを買った者の末路よ。」
「ふっ…はははははは!万葉は我を怨んでいるのか?そのような訳なかろう!正しい道へと誘ったまでよ‼」
「知らず知らずに買うこともある。肝に銘じておけ、万世。」
「忠告、礼を言うよ。東郷。まぁ、意味がないと思うがな。」
そう言いながら、くないを払った。
「決して!あいつらの関係にひびを入れるような真似はするな!」
男は去りながら手をひらひらさせた。分かっているのか分かっていないのか分からない曖昧な返事だった。
「…帰るか、光が心配だ。」
爺さんが帰ろうと踵を返した瞬間、刹那…僕と目が合った気がした。だけど気のせいだと思い、爺さんについて行った。帰ると光は爺さんに抱きついた。
「…ひま」
「あぁ、すまんすまん。御伽草子は読み飽きたのか。」
「うん。」
「…なら、散歩行くか?まだ外は明るいからのう。」
「行く。」
「よしよし、行こうか。」
…それから数年、光は見目も艶やかな少女に成長した。言葉も幼い頃と比べ物にならないくらい上達した。だが成長と同時に爺さんは家を出て行った。もう一人でも大丈夫かもしれないと判断して。
「…寂しいです、こんな立派な家に一人だと。」
「何、大丈夫だ。すぐに一人じゃあなくなる。もう光は一人前の大人だ。」
よしよしと彼女の頭を撫でた。ただただ愛おしそうに。
「いつかまた、会えますか?」
「あぁ。」
「…信じます、だって東郷じいは嘘を吐きませんよね。」
「ははは、そんなことを言ったこともあったな。」
「…またね、東郷じい」
「またな。」
爺さんは去り際、くいと僕にだけ見えるような仕草で“ついて来い”と言っている様に見えた。僕はこっそりと爺さんについて行った。そして誰もいないようなとこで爺さんに話しかけた。
「…僕のこと、知っていたの?」
「…まぁな、ずぅとあの子の傍に居ただろ。」
「あはは、そうだよ。なんならあの子の生家から。」
「そうか。…あんたは良い妖と見た。名は何という。」
「銀鉤。銀鉤尊八剱。」
「かなり妖力が高いんだな。」
「なんで分かったの?」
「そういう名前の妖は高い地位だというのは、書物で読んだ。」
「ふ~ん。」
「…銀鉤とやら…一つ頼みごとをしてもいいか?」
「頼み事?僕に?」
「陰ながらではなく、直接あの子の傍に居てくれないか?」
「いいけど。化けるってすごい面倒なんだが。」
「…このまま町に行って油揚げ買ってやる。」
「僕、狐だけど油揚げ嫌い。」
「じゃあ、何が良い。」
「う~ん…、あ。思いついた。お前のお勧めにするよ。なんでもいい。」
「…なら味噌田楽にするが?」
「何それ。」
「串に豆腐を刺してたっぷりの味噌を塗った食いもん。」
「豆腐ならまだ好きだ。それ食う。そしたらお前の頼み事聞いてやる。」
「分かった。」
その後、本当に味噌田楽を食べさせてくれたので、頼みごとを了承した。爺さんと別れ光の家に向かう途中、何に化けるか悩んだ。
「鼠じゃあ駄目だし…猫とか?いや、なんか守るには頼りないなぁ。もっと大きくて、可愛い奴。ま、今の僕でも十分可愛いが狐姿じゃ怖がられるなぁ。」
口に微かに残る味噌の味を、ぺろりとしながら考えた。
「あ、そうだ。犬にしよう!忠犬とかいうし。うんうん、そうしよう。」
僕はぽんと犬に化け、近くを流れていた川で確認した。どこか狐らしさはあったが完璧な犬だった。
「どこか泥んことか沼とかないかなぁ。真っ白のまんま彼女の前に出たらただただ撫でられるだけかもしれないな。」
しばらく歩いていたらちょうどいい泥んこの場所を見つけ、目いっぱい転げた。どこか傷をつけるのもいいかなと考えたが、妖だからすぐに治ってしまう。これくらいなら彼女は保護してくれるかも、そう思った。僕は彼女の家に着き、お座りして彼女が出てくるのを待った。しばらくして、彼女が出てきた。山菜でも採りに行くようで籠を持っていた。
「あら、野犬。…お腹が減っているのかえ?」
「くぅぅ…」
「…ちょっと待っててね、何かあったかしら。」
彼女はぱたぱたと家に戻り僕が食べれそうなのを持ってきた。
「はい、どうぞ。…後は…体、洗わなきゃね。貴方、野犬なのに大人しいわね。誰かに飼われてたのかしら。」
そう言いながら僕の頭を撫でた。
「今から山菜を採りに行くの。たぶん川もあるからついておいで。」
僕は尻尾を振り、彼女について行った。彼女は自分の着物が濡れるのも構わず僕を洗った。なんか罪悪感があった。これなら真っ白でも良かったか?
「よし、これで大丈夫。山菜も採れたし帰りましょうか。」
自然と彼女の家に住むような流れになった。まぁ、これが目的だし。
「…お前さんも、独りぼっちかえ?」
「うぅ?」
「私も今日、独りぼっちになっちゃたの。ずぅと私を世話してくれた方が出てってしまって。」
「くぅん」
「あんな大きな家で一人は寂しいからお前さんも住んでくださいな。きっとあの頃みたいに楽しいはずです。」
と、彼女は微笑んだ。微笑んだがすぐに寂し気な表情に変わった。
「…でもきっと忘れてしまうのでしょうか。」
「わん?」
「私ね、記憶を失いやすいの。幼い頃に行った大好きな場所やよく遊んでくれた子とかももう、思い出せないの。」
この時の僕は原因が分からなかった。だがのちに、それが桔梗の力のせいだと分かった。
「だから私の恩人のその方やその方と過ごした日々も忘れてしまいそうで怖いの。」
「わふっ!わん、わん!」
「…大丈夫、って言ってくれてるの?」
「わん!」
「…うん、そうだね。だって私はその時を生きたんだから忘れても誰かの記憶に残っていればいいよね。」
「わふ!」
「何だかあなたといると安心する。…名前、考えなきゃ。」
「くぅぅう」
「どうしようかな。私とそっくりだね、その銀色のような白ような毛並み。貴方のほうがうんと綺麗ね。」
彼女はぶつぶつと言いながら僕の名前を、仮名を考えた。
「あ、白銀。うん、白銀なんてどうかしら。貴方に似合うわ。…これからよろしくね、白銀。」
それから僕と光は一緒に暮らした。しばらくして彼女は“再会”した。どういう経緯で仲良くなったのか分からない青年と。だが彼女も彼も、お互いを覚えていなかった。そして火影との接触がきっかけで妖退治屋という場所で暮らし始めた。それで、運命というのは面白いもので、あの爺さんとも再会した。だが、彼女はすっかり忘れてた。やはり彼女は過去を忘れていた。覚えているとしても、僅かながら。ぼんやりとだ。人間の自然な原理だと、思っていたがそれは違うと確信したのが、烏と退治した時だった。あの瞳は、紅花の力だった。そのせいで彼女は記憶を失っている。瞬時にその力は使わせないほうがいいと思い、つい言ってしまった。今を壊したくないからだ。不器用ながらも彼女には笑っていてほしい、それが僕の願い。
◆
「…とまぁ、こんな感じかな。」
「あの力は、その桔梗という者の力なのか?」
「あぁ、そうだよ。魂が入っているが故に反映された力だね。」
「それが何故、光の記憶が消えているということに繋がるのだ?」
「たぶん、代償だよ。…まぁ桔梗の瞳に宿った力だから、人間が使うとどうなるかは分からないが、きっと普通の人間が使ったら死ぬんじゃないかな。」
「っ!では何故、光は…死んでないのだ?そのような危険な力。」
「確かに人間が使えば危険だが、妖にとっては救済の力だ。妖癒瞳は、どんな荒くれ者でも瞬時に落ち着かせる効果がある。その原理は、妖から妖力を吸っているんだ。それが対応していない人間は死ぬってこと。」
「なるほど…」
「で、光が何故そんな力に対応しているのかということだよね。」
「あぁ。」
「光はものすごい霊力を秘めている。それが妖力を弱めて光の中で循環する。ただその循環がすごく遅いから、その代償に記憶を失っている。これが答えだ。」
「記憶を…。そ、その前に!光はどのくらい霊力を秘めているのだ?」
「ん~…そうだなぁ。」
白銀は唇をなぞりながら少し考えた。
「ごめんだけど、僕も分からないや。」
「……」
「だけどその内に分かるだろうね。なぜききょうが、あの子を選んだのか。苦しまないように、せめてもの慈悲で選んだのかも分からない。」
「…それでも…光は苦しんでいるじゃないか…。」
「……そうだね。僕も、何度も考えている。どうすれば彼女から紅花の魂が抜き出せるのか。だが、もう手遅れなんだ。」
「えっ……」
「残念ながら、もう…融合しつつあるんだ。」
「な…」
儂は言葉を失った。出来ることなら、取り出したいと。だが白銀の口からは無理だという一言。
「そもそも、桔梗が殺されなければ起こらなかった事態なのだ。僕も、罪悪感から彼女の傍に居て、守っている。」
「その、桔梗を殺した者は分からないのか。」
「さぁね。さっぱり分からない。…もしかしたら大妖怪御五家から失踪した者ではないかという件が浮上している。」
「その者は何というのだ、白銀。」
「…あざみ。」
「あ、ざみ?」
「元人間の鬼さ。そして、大妖怪御五家の一人、紅蓮和狂焔の右腕。ま、ほぼ紅蓮の慈悲で右腕にしたんだけどね。…あいつには、まだ人間の心が残っていたようだよ。」
儂は背筋が凍った。白銀は妖らしい笑みを浮かべた。
「あいつ、誰を喰ったのか知らんけど人を喰ったらしい。だから今すぐにでも殺さなきゃいけないんだけど…紅蓮の野郎が殺すなとかほざくから、殺せないんだよねぇ。てかそもそも奴がどこにいるのか分からないんだけどね。あはは。」
「…妖退治屋のほうでも、注意しておく。」
「あれ?もしかして依頼しちゃった?だったら何か、お礼の品でも用意しなきゃかな。」
「いや、大丈夫だよ。そういうこともあるという情報提供だから。」
「そっか。」
白銀は屈託のない笑みを浮かべた。
「あ、そうだ。後なんか僕に質問ある?」
「…ふむ…」
「…そういえばさ、ここって妖多いよね。」
「えっ?」
そんなことは初耳だった。ほとんど人だけだと思っていたから。
「珠乃って奴に緋色とか。珠乃は猫又の妖で、緋色は金魚の妖だね。人には気づかれない程度で妖気を隠していたが、僕には分かりやすいほど駄々洩れだよ。」
「…その二人、妖だったのか。」
「あれ?気づいてなった?あの二人、光みたく髪色が変わっていたよ。」
「…儂には黒髪にしか見えないぞ?」
「・・・あぁ、なるほどね。それも変化の一つだね。妖には人間に変化した状態が見えるみたいだね。てことは光は、僕と同じ世界が見えていると思うよ。」
「なるほど。」
「後一人、妖がいるよ。」
「え?」
と、その時。道場の襖が開きそこに立っていたのは…
「…久しいね、渋丸。いや、獅子王渋兵衛だっけ。」
「今の名前は、それが正しい。…久しいな、その名は。」
「…獅子王…。お前、妖だったのか?」
「えぇ。黒獅子の妖、渋丸です。」
「こいつもそれなりに変化能力が高いからね、僕でも意識しないと感じられないほど、上手く妖力を消していたよ。…いや、確か渋兵衛は…」
白銀が少し考えるような仕草を見せたが、今の儂には眼中になかった。目の前で妖だということが発覚した獅子王にくぎ付けだった。
「…そういえば、何故今になってそんな暴露を。」
「…銀鉤に、促されました。光殿の事、自分の事を一切合切話すから、お前も話したらどうだ、と。」
「そう、なのか。」
「だが、このことはどうか当主様のみ、知っておいてください。誰にも、言わないでください。特に、朧には。」
「あ……」
切なそうに顔を歪めた獅子王から、今の心境を察した。
「…ま、促した理由としてはその嘘を吐いているという罪悪感から少しは解放されるんじゃないかと思ってね。」
「……罪悪感…」
「それと、こいつ。“あの日の事を知っているもう一人”だからさ。」
「あの日…?」
「万葉が一番知りたがっている、あの日。」
「……」
「ずっと、話したかった事の一つです。もう一つ、聞いてもらいたいことがあります。」
「…なんだ?」
「俺の、過去を。妖退治屋の俺の情報は白紙でしたよね。」
「あぁ、確かに。」
「新たなる当主となったあなたに言えなかったのが、どうも引っかかって。」
「獅子王…。」
「長くはなりますが、聞いてください。俺の身の上の話を。」
◆
俺は、銀鉤と同じ妖の世界で産まれた。最初は人間の世界に行こうなどとはさらさら無かった。こっちのほうが安全で仲間もいるし、幸せだった。俺の仲間は、俺を含め五人だった。全員俺と同胞だった。ある日、好奇心旺盛なあやめが、人間の世界に行きたいと言い、仕方なく伊予国に降り立った。なるべく人のいない山奥についたが、一応人間に出くわしていいようにみんな人間に変化した。すると、あやめがすぐにどこかに駆けて行った。
「あい、あやめ!どこに行く‼」
「こっちから人間の匂いがする!怪我してるっぽい‼」
「渋丸様、儂らが追いかけます!」
「渋丸殿はここに居てください!」
と、あやめと鉄、轍が駆けた。
「俺も一応、行きます。」
「…なら俺も行く。」
結局、全員でぞろぞろと行くと女が一人、倒れていた。顔は腫れぼろぼろになった着物から覗く生傷、見ているだけで痛々しかった。容姿としては前髪は真ん中で分かれ、髪はゆるく結び、左に流れていた。
「死ぬな、こいつは。」
「え~、でも虫の息だよ。ぎりぎり生きてる。手当しよぉよ、渋様。」
「……」
「ねぇねぇ、渋様。」
あやめが俺の袂をくいくいと引っ張った。
「…轍、鉄。近くに何か休めるような場所を探せ。」
「「御意」」
「…人間を救うなんて、どうなされたのですか。」
「生きているなら、救ったほうがいいだろう。運ぶぞ、黒幻。」
「…了解しました。」
しばらくして、轍が山の上にあばら家とかした家を見つけた。ざっと掃除して、女の寝っ転がした。
「うぅ…」
「あやめ、水持ってくりゅ。」
「儂は何か薬草!」
「包帯は私どもの着物を千切ればよろしいでしょうか。」
「あぁ、そうだな。」
人間を救うなんて初めてだったから、四苦八苦した。だがそれなりに手当は出来た。
「…これではしばらくこっちで暮らすようですね。渋丸様はよろしいでしょうか?」
「……構わん。この女が目覚めるまでこっちにいる。救えず向こうに帰るほうが何か後味が悪い。」
それから一か月、人間の世界にいた。あやめが一番率先して手当てをしていた俺も何かしらの手伝いを行い、それから七日後。女が目を覚ました。だが、その瞳は開かなかった。怪我が治り、顔が良く分かるようになった。
「う……」
「気がついた!気が付いたよ、渋様!」
「本当か?」
「…あの、どなたか存じ上げんが…そこー、いるんか?その、うち…盲目でして。あ…うちゃ、みせばやと申し上げる。」
「あ、えっと俺は渋丸と申し上げる。」
「あやめ!」
「後、三人いてその者たちは今、山菜など収穫しに行っている。」
「まぁ。しんからだんだん。何と申し上げたらええのか見当つかん。」
「…だんだん?」
「あ、ごめんなさい。うち、訛りが強うて。だんだんはありがとうと言う意味です。」
「なるほど。…人間というのは面白いな。」
「人間…おもっしょい?」
「あ、いや…何でもない。」
「そうか。」
「…そういえば、君の目が見えないのってあの怪我のせい?」
「いえ、生まれつき…というより赤子の時、高熱を出してしまいその影響で。…ほいでも、母と父は可愛がって育ててくれて、十四までは幸せじゃった。」
「それから、何があったんだ?」
「うちゃ、旗本の一人息子のところに嫁入りしました。…最初からその人はあまりええ噂はなかった方で、両親も心配しとったんじゃが、両親の前ではええ顔見して安心させてしもうたんじゃ。地獄はそれからで、元から短気な方じゃったけんど、酒を飲むとさらに酷うて。蹴られくらせれの日々はほぼ毎日じゃった。ほうじゃけん、うちゃ隙を見て逃げ出した。ほいてあそこで力尽き、死をただただ待っとった、という状況じゃった。」
「…じゃあ、そやつが追いかけてくることも可能性としてはあるのか?」
「分からん。もしかしたらすでに新しい嫁迎えとるかもしれんし…」
「こっちでも注意してみる。」
と、その時。戸が開く音がして振り返ると、三人が帰ってきた。
「あ、目覚めたんですか?」
「おぉ!目覚めた、目覚めた!」
「山菜、大量なので何か作りますか?」
「あぁ、お帰り。ちゃんと挨拶するんだぞ。」
意外と俺らは打ち解け合ったが、俺は妖であることがばれないか、ひやひやしていた。だけど、彼女の体調が万全になるまでしばらく傍にいた。彼女は非の打ちどころがないほど、温厚で優しい性格だった。こんな女性を殴ったその男が憎く感じた。
「…俺は、何故…こんな気持ちを抱くのだ?」
俺は妖で、彼女とは全く違う世界に住まう者。なのに、もう少しだけ、ほんの少しでもいい。彼女の傍に居たいと、思った。だが、ついにあやめがやらかした。一日中遊んだ疲れから変化が解けてしまった。一番幼いが故に、いつか解けると覚悟はしていた。しかし、彼女の反応は意外なものだった。あやめの頬を両手で包み、話しかけた。
「…あやめ、ちゃんなん?がいにふわふわしとるわね。」
「え…っと…」
俺は腹をくくり、一切合切全部話した。すると、彼女は笑った。
「ふふっ、そんなこと。早く言うてつかぁさいな。一緒に暮らしとる“家族”じゃけん。」
「家族…」
こうして俺らは、本当の姿でも暮らすようにした。万全になるまで傍にいるつもりだったが、妙に居心地が良くて、そのまま人間の世界に居座った。ただただ穏やかで、いつの間にかみせばやに暴力を振るった男なんぞ忘れていた。だが、そんなある日。事件が起きた。黒幻が出かけたきり、帰ってこなかった。俺らはそわそわして彼の帰りを待っていた。この時ちょうど、みせばやは夕飯の山菜などを採りに行っていた。と、ばんっという音を立て、戸が壊された。
「な、なんだ?」
戸を壊したのは、黒幻だった。だがいつもと様子が違った。だが、一番幼いあやめはその気配に気づかず、一目散に黒幻に近寄った。
「お帰り!黒兄!遅かったね、どうしっ」
真っ赤な血しぶきが上がった。黒幻があやめを裂いた。我々一同、言葉を失った。一番、呆然としていたのは俺だ。轍と鉄はすぐに我に返り、獣の姿に変化した。
「どうしたんだよ‼お前が殺したの、あやめだぞ‼」
「そうです!あやめさんは貴方の帰りを待っていたのに、何故こんなことを!」
「ウゥゥウゥウウ…アァ!」
黒幻は轍に飛びついた。轍と取っ組み合いになり、外に転がった。
「轍!」
「…くっ…っう…だぁ!」
轍は黒幻を投げ飛ばしたが、すぐに黒幻は起き上がりまだ立ち上がれていない轍に飛びかかり、首を嚙み切った。
「轍さんっ‼」
俺はこの状況でどうすればいいのか分からず、混乱していた。足よ動け、今すぐ動けと願ったが、あまりにも突然の出来事で動けなかった。
「…どうしましょう、渋丸様。」
「っ!」
鉄の片方の緑色の瞳が俺の瞳を見つめた。
「…取り押さえようにも、あんなに暴れていてはな。それに、いつみせばやが帰ってくるか分からない。」
「…渋丸様。」
「なんだ?」
「最悪な作戦を、言ってもいいですか?」
俺は、その作戦の内容を何となく分かった。
「…黒幻を、殺す…」
「はい。それしか方法はないかと。」
「何をっ!」
「何を言いたいんだというのは、痛いほど分かります!しかしながら、それが一番の妥協策なんです!私も、殺したない…。大切な仲間を。」
「…鉄…」
「貴方様だけ、生きてれば私は…私たちは嬉しいです。どうか、私らを弔ってください。貴方様に弔ってもらえれば、幸せに逝きますから。」
そう言うと、鉄は黒幻に体当たりした。黒幻は吹き飛ばされたが轍のときのように、すぐに起き上がり、大きく手を振り被った。鋭い爪が突き刺さる刹那、鉄が俺を見た。
「…あなた方に、出会えてよかった。後を頼みます。我が主。」
「鉄ぇえぇええぇ‼」
「グゥウゥルルルル…」
この場に残されたのは、俺と黒幻だけだった。俺は大きく深呼吸をした。そして、獅子の姿に変化した。
「…すぐに、終わらしてやる。黒幻。」
俺は体当たりした後、取っ組み合いになった。だが、その時気づいたことは、黒幻は苦しんでいたのだ。それ故に暴れていた。
「苦しいのかっ!黒幻!お前も、本当は仲間を殺したくなかったのではないか⁉」
「ウゥゥウウゥ…」
「…何か、言ってくれ。黒幻。人の言葉、喋れるだろう?」
と、その時。耳元で微かに言葉が聞こえた。
「…く、れ。」
「え?」
「殺…して、くれ。」
「……」
微かに聞こえた切ないその声。
「殺…してくれ…。渋、丸様…。」
「…っ!」
俺は、涙を堪えた。大切な仲間の最期の願い…。聞き入れたいが、聞き入れたくない願い。ぐっと唇を噛み、静かに黒幻の首元に噛みついた。黒幻は痛そうにもがいたが、俺は離さず噛み続けさらに力を込めた。俺が今、してあげれることは早く黒幻を殺すこと。心の中で何度も懺悔した。…しばらくして、黒幻はぴくりとも動かなくなった。
「…っ…うぅ…」
と、その時。ぱきりと木の枝を踏む音が後ろからした。振り返ると、みせばやがこんもりと盛った山菜を持って立っていた。だが、大量の血の匂いが漂っているおかげで、みせばやは不思議そうな顔をした。
「…一体、何があったんじゃ?皆の声が、聞こえん…」
「みせ…ばや。」
俺は、一連の事を話した。自分は、誰も救えなかったと吐露をした。するとみせばやは、ふわりと俺の頭を撫でた。
「あんたは、黒幻を救うたわい。黒幻の、最期の願い叶えちゃった。誰でも突然起こった出来事に足が竦むもんじゃ。ほいでも、あんたが罪の意識があるならば、あの子たちの分まで生きちゃれ。」
止めどもなく、俺は泣いた。みせばやには申し訳なかったが、黒幻の血のついた着物のまま、みせばやに抱き着き泣いた。みせばやはただただ、優しく背中を撫でてくれた。その後、俺らはよく遊んだ木の下にあやめ達の墓を作った。無論、死体はない。我々妖は、死んだら消える。人間の習わしになぞらえ、墓を作っただけだ。
「…確かに俺は、足が竦んだ、だが、俺はそれを弱さだと思う。もっと、強くなりたい。」
「…さったら、人間の社会に溶け込んだらどうか?村の方から聞いた話じゃが、大和のほうに“妖退治屋”という人助けも兼ねた組織がおるそうじゃ。」
「妖…退治屋?みせばや、俺に死ねと言っているのか?」
「そんなことは微塵も思うとらん。…そこは退魔師や陰陽師と違い、良き妖は救済し悪しき妖は退治するという不思議な退治屋だそうじゃ。」
「…なるほど…。」
それでも、俺は少し悩んだ。もし妖とばれたらどうするか、という不安があったからだ。
「行くなら行きよ。あんたは強うなりたいんじゃろう?ほんなら、行ってきよ。もし無理じゃ思うなら、いつでもどこでもここに、帰ってきよ。うちゃいつまでも、大切なあんた待っとるけん。」
凜と力強い言葉に背中を押され、俺は妖退治屋に行くことにした。みせばやに言われた通りに行くと、山の中にぽつんと大きな屋敷があった。
「…ここか。」
俺は、恐る恐る門を叩いた。すると一人出てきた。
「おっ?ここに、何か用か?」
「あ…。えっと。ここで、働きたいです。」
「あぁ、隊員志望ね。ちょっと待ってて。」
そういうと、もう一度屋敷に戻っていった。しばらくして、入ってきてと言われたので屋敷に入った。
「…あんた、結構隊員に向いているね。あんましそういうがっちりした体形の人って最初少ないんだよね。」
「はぁ…」
「あはは、ごめん。初対面のに。まぁでもすぐに慣れるよ。ここってこんな感じで緩やかだから。」
「そうなんですか。」
その人は、俺が緊張しているのを察し部屋に着くまでずっと話しかけてくれた。
「あ、着いた。ここだよ。当主様が待っている。」
「……」
「失礼します、当主様。隊員志望の者を連れてまいりました。」
「入ってくれ。」
柔らかくだが、威厳のある凜とした声。入ると、優しい垂れた目をした男性がいた。
「君はどこから来たんだい?」
「え?えっ…と、伊予国から来ました。」
「ほぉ!それは遠路はるばる、お疲れ様。…して、其方の名は何と申す?」
「っ!じゅ…」
“渋丸”と言いかけた。それなりに人間の名として通用しそうだが、俺は“人間”として生きると決めた。だから…もっと、人間らしい名前…。俺は、一つ名前が思い浮かんだ。
「…獅子王、渋兵衛。獅子王渋兵衛と申します。」
「なるほど、良い名だな。お前さんに似合っている。…我の名は、万世と申す。妖退治屋五代目当主である。」
優しさと威厳を持ち合わせたその風貌に、俺はすっかり陶酔した。ここなら、俺は成長できる、この方について行きたいと思った。後でみせばやに書状を出そう。俺はここで生きていくと…。
◆
「…ざっくりと、そんな感じです。」
「もっと…早く言ってほしかった。お前は、二重にも罪悪感に苛まれていたんだな。」
「申し訳ありません…。言いたくても、勇気が出なくて。」
「…で、あの日のことも話す?渋丸。」
「そうだな、銀鉤。」
「てか、まず。万葉は覚えているの?“あの日”の事。」
「あの日…。いや、朧気だ。光に想いを告げた日、ずっと脳裏に焼き付いて離れない少女の姿が光に重なったが、他人の空似なのかはたまた違うのかは分からぬ。」
「…ふ~ん。だってよ、渋丸。やっぱり二人とも、主に万葉はすっかり忘れているね。」
「光殿は、紅花様の力の影響で忘れてしまっていますからね。」
「じゃ、話してあげなよ。僕も知りたいし。」
「そうだな。」
「…ちょっと待て。その前に何故、獅子王は知っているのだ?それがずっと気になっている。」
「あ…それは。」
「それに、掟としては十三になるまではここに居ないはず。光と儂が出会ったとき、儂はいくつなのだ?」
白銀と獅子王は困ったように、互いに顔を見合わせ儂を見た。
「…ちょうど、十一にございます。」
「じゅう…いち?そんなことは、あり得ぬ!ここの敷居を跨ぐことを許されるのは十三だ。そんな幼い頃にはここにいない。十一だと…まだ鍛錬を積んでいるときだ。」
「…銀鉤。本当の事を言うべきか?」
「あぁ?僕に聞かないでよ。万葉の産まれたときの話は分からない。」
「あっ、そうだった。」
「獅子王!」
「はいっ!」
「…頼む。知っていることは全て話してくれ。」
「…分かりました。全て、話します。」
(続)




