孤独を選んだ百合
「あんたなんかっ、私の子ではない‼私の…子ではない…」
「全く…何故なんだろうねぇ。」
◇
―いつの日の言葉だっけ。…あぁ、妹の火影が産まれて私と妹は何かが違うと気づき、
蔑み嫌悪を吐いた時の言葉だ。こんなの忘れていたのに。とっくに過ぎたことなのに…。
今の私は幸せだ。そういえばこの前、家族が出来た。軽傷を負った真っ白な犬。
手当をして名を与えた。「白銀」と。名前の由来は“私の髪と似ているから”
「んー…っ、気持ちいいねぇ。白銀。久しぶりの外。」
「ウォン」
「え?そうだねって言っているの?ごめんね。最近、体調が優れなくて。」
「ウォーン」
「心配してくれているの?ありがとう、嬉しい。…ねぇ、白銀。よく私の家に来てくれる
あの人、私のことどう思っているのかな?だって、私こんな容姿だし、私、あんまり自分のこと、好きじゃないわ。」
「ウォン!ウォン!」
「ん?大丈夫だって?何を根拠に言っているの?…さ、そろそろ移動しようか。お腹すいてきたし。行くよ。白銀。」
……私の容姿は生まれつき、銀髪で青い瞳。最初、親は“珍しい子だわ。うんと、可愛がってあげる”などと言ったけど妹が産まれた直後だ。妹と私が違いすぎる、と分かった。
「…いやぁ‼違うっ…違うわ…。あぁ…ああぁ…珍しくなんてなかったのよ…。」
母は悲鳴のような叫び声をあげ、泣き崩れた。
「珍しくないのだ。これはただの化け物だ。」
父は何故か母に言い聞かせるような口ぶりだった。親のがらりと変わった態度に恐怖を
覚えた、と同時にこう思った・
“人間は何故こんなにも怖い生き物なのだろう”
自分と違うのならば否定をして、それでも飽き足らなければ、蔑み、追いやり、抹殺だ。
理由もしょうもない。髪の色が違う、肌の色が違う…など。
“私を見捨てないで”
…そんな願いも、水泡に帰する。その日から両親との間に見えない壁が出来た、“元”両親となった。火影はその両親の“唯一”の娘となって、私はいない存在。だからご飯も
くれなくなった。ひもじかったけれど、涙は出てこなかった。私は感情が薄い。
その理由は“父”である。私が笑えば睨まれ、私が泣けば怒るから“感情”という概念を
忘れた。だから、家の庭に放り出されてもなんとも思わなかった。火影はちらちらと見るがすぐに親に連れていかれた。姉だと思っているのかしら。でも関係ない。
あの日、父に肩を抱かれながら私を指して、何故か震える声で
「あれ、何…?」
と言ってきた。…あぁ、もう私はものとして見られているのかしら?
“ここにはいてはいけない”
そう思った。ちょうどその夜、私の体でも通れそうな穴を見つけた。明け方、その穴から
逃げ出した。別にいなくなっても問題はない。とにかくがむしゃらに走った。ずっと座っていたせいなのか、空腹のせいなのか途中、何度も転びそうになったが構わず走った。道なんて知らなかった。森なのかどこなのか分からないけど、目の前から光が差し込んだ。そこを目指し、歩いたら突き抜けた。私ははっ…と息を飲んだ。太陽がちょうど昇ってきた。弾む息も忘れて、しばし見つめた。風が吹く、私の全てに沁み込んでいく気がする。と、その時涙が込み上げ溢れた。何とも言えぬ解放感があったからだ。けど、同時に不安が募った。これから、どうしようかと。人か怖い。どう接すればいいか分からなかった。
…これが私の過去だ。大まかな流れとしてはこんな感じ。運よく近くに“青柳村”という村があり、そこで暮らしていたお爺さんに保護されて住まうことになった。けど、そのお爺さんは今はいない。けどこの家をくれた。それからは私の家。白銀とゆるりと暮らしている。
◆
今日はとても天気が良く、白銀と散歩がてら食べられるものを探しに出掛けた。すると、赤く張りのいい何かの実がある木を見つけた。
「……周りには誰もいないわね。よしっ、白銀。誰かが来たら吠えるのよ。」
「ウォン」
「いい子。意外と私、木登り得意なのよね。」
裾を捲り上げ、難なく上り一つもぎ取った。予想通り美味しそうだった。
◇
「今日は一段といい天気だなぁ。…こういう時に限って、変なこと起こらないよな…
あぁ、駄目だ‼そんなことは考えない‼」
「…ウゥ…ワンワンッ‼グゥゥゥ…」
「わ‼い、犬?なん…で…」
「えっ!人来たの…っきゃあぁぁ‼」
焦りからうっかり足を滑らせてしまった。痛みを覚悟をして、瞳をぎゅっとつむった。けど、ふわりと背中が温かった。恐る恐る瞳を開けると、薄っすらと緑かかった瞳が印象的な殿方だった。と、一気に羞恥心が沸き起こった。
「ごっ、ごめんなさいっ!あ、ありがとうございました…。」
「いや、大丈夫だよ。怪我がなくて良かった。じゃあ。」
その殿方は、手を振って去った行った。
「…はぁ…驚いたわ。人が通らないとすっかり思っていましたわ。」
「ウォン」
「吠えてくださり、ありがとうございました。」
「ウー」
「…あっ‼お名前、伺うの忘れていたわ。もう少し、ちゃんとしたお礼したかったのに。今後、会えるかしら?」
「ウォーン」
「無理だって言っているの?もうっ、冷たいわね。」
白銀の言う通り、その殿方に会うことはなかった。あの方と似ている羽織を着ていたから、忙しいのかもしれない。と、思った。あれから二日後、途端に魚を食べたくなり、川に行った。私は魚を捕るのが苦手なので、いつも白銀にお願いしている。すると、あの殿方がいた。
「あっ…一昨日の。」
「…あぁ、あの時の。こんにちは。」
「こんにちは。あ、あの時ちゃんとお礼を申していなかったので、つい焦ってしまって。」
「いや、俺は気にしてない。人助けとか、結構好きだし。」
「それは素晴らしいですね。あと…ご無礼でなければお名前を伺ってもよろしいでしょうか。」
「…あぁ、構わない。じゃあ…俺から。」
「いえ。言い出したのは私ですから、私から。私の名前は“光”と申し上げます。」
「光、か。俺は翡翠だ。」
「翡翠様…お似合いの名前ですね。その瞳と。」
「瞳…?」
「はい。光の加減で薄らと緑に見えたのです。」
「そうか。自分ではあまり気づかなかったが、緑なんだな。そういう君は、髪が銀色なんだね。…とても綺麗。」
「え…?」
突然のことだったので驚いた。でも、嬉しい…。
「……そういえばこの子が吠えて申し訳ありませんでした。人が来たら吠えるように言ったもので。名前は白銀といいます。」
「そうなんだ。へぇ、白銀というんだ。よろしくね。」
翡翠様はそう言って、白銀に触れようとすると白銀はなぜかがぶりと翡翠様の手に嚙みついた。
「いっ‼」
「っ‼白銀っ、何しているの‼離しなさい!」
「バウッ」
「本当に申し訳ありませんっ‼お怪我はありませんか?」
「あははっ。いや、大丈夫だよ。甘噛みみたいだったし。」
「後で白銀にはちゃんと言っておきます。」
「いやいや、大丈夫だって。ほら、歯形だけだし。」
「ウォンッ」
「ウォン、じゃないわよ。白銀。」
「ウー」
「…それにしても、白くて綺麗な犬だね。」
「ありがとうございます。この子、頭も良くて触り心地も良くて…大切な家族なんです。」
「そうなんだ。…俺も何時しか触れるようになりたいな。」
「躾けておきます…。」
その後は楽しくお話をした。その間、白銀は夢中になって魚を取っていた。これ以上取れなくなったのか川から上がってきて計六匹取ってきた。白銀はどこか誇らしげだった。
「白銀、すごいですね。六匹も。」
「ウォン‼」
「あっ、そうだ。ちょうどお昼ですし、翡翠様も食べませんか?何せ一人と一匹ですのでこんなには食べられません。それに新鮮ですし。」
「えっ!いいのかい?」
「はい、あっでも火の起こし方が分かりません…。」
「それなら俺がやる。」
「ありがとうございます!」
獲れたての公魚はとても美味しかった。外はぱりっとして中はふんわりとしていた。途中、翡翠様は白銀に公魚を手渡そうとしていたが唸り声をあげられていた。
「申し訳ありません…。何が嫌なのか分からないので。」
「いや、大丈夫だよ。その内、触れるだろう。」
お昼をすました後、火の後始末をした。
「…久しぶりに川魚を食べたなぁ。今日はありがとう。光さん。」
「いえ、こちらも楽しかったです。…最近、あのお方も来なくなってしまったし。」
「何か?」
「あっ、いえ。なんでもありません。」
「そっか。あーあ、明日は任務かぁ。頑張らなくてはな。」
「そうなんですか。…任務とは何ですか?」
「妖退治だよ。俺は“妖退治屋”って場所で働いているんだ。」
「そう、なんですか…」
「うん、そうだよ。…じゃあね光さん。」
「あ、はい。頑張ってくださいね。」
「あぁ。」
翡翠様が手を振ったのでこちらも振った。
「妖退治屋…」
「クゥン…」
「何でもないわ。帰りましょう、白銀。」
◇
次の日の朝、辰の刻だと思う。とてつもない頭痛に襲われた。吐き気すらした。
「クゥ…ン」
「ん…ごめんね、白銀。頭が…痛くて…」
白銀をふわりと撫でた。いつもより一層落ち着く。
「お前のご飯だけは…準備しなきゃ…」
「ウゥゥウ…」
「袂を噛むのはやめておくれ…分かったから。ちゃんと休むから。」
半分起き上がった体をもう一度布団へと入った。すると白銀は私の頭上で伏せた。ずっと鼻息がする。しばらく寝ていたみたいで四半刻、立っていたみたいだ。いつの間にか白銀は私の頭上からいなくなり、外のほうで鳴き声がした。と、もう一つ声がした。
「…落ち着け、白銀。嬉しいのは十分伝わっておる。」
私はその声の主を知っていた。とても落ち着いた低い声でだけど真綿のように優しい声。立ち上がるとくらりとくるので這ってその方の元まで行った。
「万葉…様…」
「っ!光、大丈夫か?」
そう言い駆け寄り、抱き寄せてくれた。
「先ほどから頭痛が激しくて。起きるのもやっとです。」
「なら、無理をするなっ。…最近来れてやれなくて来てみれば、倒れて。米俵を持っていこうと思って正解だった。」
「米…俵…?」
「あぁ、隊員に持ってこさせた。甚兵衛と常盤に。一つで十分だろ?」
「は…い。」
名を呼ばれ、甚兵衛さんは大きく手を振り常盤さんは深くお辞儀した。こちらも小さく会釈した。
「さて、布団に戻すぞ。光。」
「きゃっ‼」
万葉様は私を布団に戻すとすぐさまあのお二人に指示をした。
「その米俵、中まで持ってこい。」
「了解―っす。」
「承知致しました。」
「…白銀は光の元に行っていろ。」
「ワフッ‼」
それ程、時間もかからず中まで入ってきた
「ありがとうございます…。あの、ここまで来るの大変だったでしょう?良かったら、お茶でも出しましょうか?」
「お前はゆっくりしていろ。儂は…光に粥でも作ってやりたいがやり方が分からぬ。」
「ふふっ、お気持ちだけで十分ですよ。」
「すまんな。」
「あと、外のほうに井戸がございます。飲めますので、ぜひ。」
「…ありがたく使わせてもらうよ。」
「そういえば、ここからどのくらいかかるのですか?」
「ざっと…一里くらいだ。」
「まぁ…それはご苦労様でした。」
「何、半刻くらいだ。大したことない。」
「そーすよ、光さん!」
「お前はもう少し…言葉を選べ。」
「がははっ、わりぃわりぃ。」
「私は気にしていませんよ。」
「井戸…使わせてもらいます…。ありがとうございます…。」
「ありがとーございまーすっ‼」
「はい。」
「ワフッ!ワフッ!」
「…申し訳ありませんが、白銀にもお水をやってください。白銀ったら、万葉様がお好きなのね。」
「そうだな。」
そう言い、万葉様はしゃがみ込み白銀の頬を包みわしゃわしゃと触った。しばらく万葉様達は居てくれて白銀とも遊んでくれた。私は薬を飲んだおかげで少しは楽になったので縁側に腰を掛けてその様子を眺めた。しばらくしたら忍びらしき男性が現れ、万葉様は戻らなくてはならなかった。
「…お忙しいところ、来てくださり本当にありがとうございました。」
「いや、構わんさ。…お前のためならいつでも駆けつけてやる。」
「万葉様ったら。ふふふっ」
と、その時ひんやりとした風がひゅるりと吹いた。私は思わず身震いした。
「…まだまだ寒いですね。これから三月だといいますのに。」
「そうだな。…光、体には気を付けてくれよ。数日は大人しくしとけ。」
「はい、万葉様も。お気をつけて。」
「…そうだな。儂も気をつけねば。じゃあな、光。」
「はい。」
万葉様は袂を翻し、行ってしまった。布団からその背中を見つめ、私はそっと胸元に手をあてぎゅっと握った。
「…ねぇ、白銀。ま…万葉様は…私のこと、どう思っているのでしょうか。」
「クゥン?」
「万葉様に逢うと、こう…胸が苦しんです。病気ではないのは分かります。」
「クゥーン…」
「だけど…私なんか、釣り合わないよね…。万葉様に似合う方はいくらでもいますもの。…白銀、私はもう少し眠ります。万葉様にも数日は休んでいろと言われましたし。」
「ワンッ‼」
その後、万葉様に言われた通り家でゆっくり過ごした。
(続)