8 ファンタジーに愛されし男
小さな女性は、まゆ毛をハの字に下げて、困ったように微笑した。
「そりゃもちろん、私どもも、世界中の人間を厳密に順位付けしてるわけじゃないです。少し、いえ、かなり気まぐれで、その時々の、成り行き任せみたいなところはありますよ。まあ、そもそも、運命って、そういうものじゃないですかね」
「開き直りやがって」
マサトが、クッと失笑した。
女性は、それには答えず、
「――ただ、先ほど、この周辺を飛び回っていた時、青春時代への未練の念を、圧倒的な強さで放つ人を見つけたんです。ああ、この人しかいない、と確信したの」
「やれやれ。それが僕だったってわけかい。ケッ」
マサトは、今度は舌打ちをした。
もっとも、不思議なことに、怒りの感情は徐々に薄れ始めていた。我が身を振り返っているうちに、相手の指摘に納得しつつあったのかもしれない。悔しいけれど。
「先ほど、マサトさんは、俺には魔法やファンタジーは必要ないとおっしゃいましたけど……」
皆まで言わせず、マサトが引き継いだ。
「……むしろ、ファンタジーが一番似合うのは、僕だったのかもな。ちょっと甘ちゃんで、夢見がちで――まあ、ファンタジーの餌食になったとも言えそうだけど」
「餌食って、人聞きの悪い」
小さな女性は、そう言いかけて、宙に浮かんだまま、マサトの眼前、やや下で止まる。
思わず、裏にした右手を差し出すマサト。女性は、手の甲に乗る。手にはかすかに、ふわふわした感覚。
女性が羽根をたたみ、
「だけども、まあ、それに近いのでしょうかね。あの強烈な波動を見つけてしまっては、魔法の世界の者としては、ほうってはおけないですよ。何とかしてあげなきゃと思ったの」
「妖精の血が騒いだってことか」
片手に載せた小さな女性を、改めてマサトはしげしげと眺める。
よく見ると、かわいらしい顔つきだ。やや、つり上がった大きな瞳。目の色には、かすかにブルーが入っており、まつ毛も長く、異国の女性を思わせる。
ただし、年齢、髪型など、それ以外の情報は、よく分からないのだ。見えているのに、なぜか頭に入ってこない。
服装も、何やらオレンジ色のヒラヒラしたワンピース状の物だとは分かる。だが、はっきりとは見えない。
この辺は、魔法の世界の住人ならではの、特性なのかもしれない。
マサトから見つめられて、魔法の世界の女性は、くすぐったそうな表情をした。
立場を逆にすれば、巨人からじろじろ見られているわけだ。そのことに気づいて、マサトはパッと目をそらした。
すると、手のひらサイズの女性は、羽根を広げて、ふわりと飛び立った。
「それでは、マサトさん、もう時間ですので、さようならです。魔法の世界と、マサトさんの御希望が、すれ違ってしまったことには、おわびの言葉もありません。ただ、私がマサトさんを見つけ出したことには、きっと何か意味があったのだと、固く信じてもいます」
「も、もう会えないの?」
天井の方へ遠ざかる女性へ、マサトは声をかける。
女性は振り返るが、豆粒みたいな顔の、その表情は、もう、よく見えない。
「私の任務は、マサトさんにタイムリープに関する情報をお伝えするまでですから。これにて、お別れです……」
直後、オレンジ色の光が、水しぶきのように弾けて、手のひらサイズの女性は姿を消した。
【続く】
二人をケンカさせる案もあったんですが、会話をさせているうちに和解しちゃいました。
もめても、自分を下げて相手を立てて、場を丸く収めようとする。作者の私がよく使う手です。
マサトも、そつなく正社員を続けるサラリーマン。この程度の処世術は持ってるよねと。そう判断しました。
次回、タイムリープに向けた下準備。
さあ、マサトは最初に何をすると思いますか?
チャンネルはそのままで。