67 【最終話】妖精再び・コスパの悪いタイムリープ
「お久しぶりです、マサトさん」
小さな女性が、高くやわらかな声であいさつしてきた。
背中の羽で、ふわふわと宙に浮かんでいる。
体の大きさは、マサトの手のひらぐらい。全身に、オレンジ色の光をまとっている。衣装もオレンジ色。あの時と同じ姿である。
タイムリープ後に会うのは、初めてだ。
「あらあら。もう、僕の前には現れないんじゃなかった?」
マサトの一言目は、皮肉っぽくなってしまう。
何せ、嫌がってるのに無理やりタイムリープさせられたのだ。で、実際、必ずしも楽しい結果にはなっていない。
手のひらサイズの女性は、苦笑いをする。ちょっと寂しそうな表情だった。
「ごあいさつですねえ。私、そう言いましたっけ?」
「そのものズバリではなかったかもしれんけど、それに近いことは言ってましたよ」
とマサト。
すると、女性の笑みが、いたずらっぽいものへと変わり、
「まあ、ここはマサトさんの夢の中ですから」
「で?」
マサトは、ぶっきらぼうに聞き返す。
自分が今、眠っており、夢を見ていることは、なぜか、はっきり分かっていた。
「御不満なら、今から私が話すことは、全部ただの夢だったと思えばよろしいのでは?」
「その言い方は、ちょっとどうなのよ。また、そうやって居直るのかい」
小さな女性は、マサトの批判には答えず、浮かんだ高度を上げ下げしつつ、
「一応、アフターケアがあるんですよ。今日は、その用件で参ったのです」
「ふーん。アフターケア、ねえ……」
マサトは、疑いの口調。
「と言っても、タイムリープのやり直しが出来るとか、そういうことはございません」
「ん。……まあ、そうでしょうな」
それは期待しておらず、想定内ではあった。
「主に、マサトさんから御感想を伺うだけ、ということになります」
「なあんだ。要は、アンケートかよ。その程度ですか。やっぱりな」
「今後の人選の、参考にもなりますし」
(参考、ねえ……)
口には出さず、心の中でオウム返しにする。
そういえば、数十年に一度、タイムリープ対象者が選ばれるという話だったか。
「僕の例が、次の人の参考になるとは、余り思えないですけどねー」
女性は首をかしげ、
「どうしてですか?」
「僕は、明確にこれを変えたいとか、あれをやりたいとか、なかったから」
「ああ、なるほど」
小さな女性は、この点については素直に納得したようだ。こっくり、こっくりと、二度もうなずいている。
マサトも、強くうなずき返し、
「そうですとも。今の生活に不満はないのに、タイムリープしろと君は言うから、困っちゃってさ」
しばしの沈黙。
ふと、周囲を見回すと、暗闇でもなく、明るくもない。
ぼやけた光のつぶつぶが、頭上に広がっている。まるで、出来損ないのプラネタリウムのような空間だった。
手のひら大の女性は、羽をブーンと震わせ、マサトの目の高さを滞空し、
「でも、今、マサトさんは、結構満足されているのでは?」
胸の内を言い当てられて、マサトは少し驚き、
「まあね。……僕の毎日を、ずっとのぞいてたんですか?」
「まさか。私にそんな権限も能力もないですよ。ただ、そういうオーラを発してるなあと」
「オーラか。最初にあなたを呼び寄せたのも、そういえば僕のオーラでしたね。青春の未練という」
またも女性はうなずいて、
「今日は、あれとは反対のオーラを観測したから」
「それで来たのか」
「まあ、総合的な判断ですけどね。今日、会いに来た主な理由は、それかも」
「なるほどね」
気持ち的に一区切りがついた日に、やけにタイミング良く妖精が現れたのは、なるほど、決して偶然の一致ではなかったわけである。
改めて、という感じで、小さな女性は真顔に戻り、静かに問いかけてくる。
「それで――マサトさんは、不本意ながらもタイムリープを経て、御自身の気持ちと、どう折り合いを付けて、どのように青春をやり直そうとお考えなのでしょうか? 差し支えのない範囲で、お教えいただけませんか?」
これについては、もう既に明快な回答があった。しゃべり方はゆっくり目だが、マサトは、よどみなく答えてゆく。
「やり直せないですよ、青春なんか。人、一人、動ける範囲なんて、狭いものですよ。もともと、自由度は限られてる。世の中で、僕のためにあけられたスキマなんて、わずかしかない。過去へタイムリープしたところで、その狭っ苦しいスキマに、もう一度ハマるだけのことさ。スポッとね。外したジグソーパズルを、もう一回ハメるような話ですよ」
女性は、ただ、先を促すように微笑した。
もっとも、やや複雑な笑い方であった。言いたいことはあるけど、とりあえず黙っておこうという感じか。まだ、余裕があるのだろう。
(フフン、いつまで、それが続くかな?)
などと思いながら、マサトは、最近考えてきたことを、一気に吐き出すように、述べていく。
「タイムリープして有利だった点は、大人としての社交性を使えたこと。まあ、だけど、それとても、過去を大きく変えるには至らなかったよね。せいぜい、ちょっとムカついてた恩師に仕返ししたり、その程度でしょ。……ケイコさんと遊んだ思い出を作れたのは、最高だったし、一生、忘れないけど。タダイションと知り合えたのも、うれしかった。でも、どちらも、僕の将来にはつながらないと思う。多分だけどね」
「えっ、どうして?」
手のひらサイズの女性が、目を見開いて、首をかしげて尋ねてきた。
ポイントとして、ここは聞き流せなかったらしい。
(ほーら、思ったとおり)
内心でほくそ笑みつつ、マサトは、やはりスラスラと答える。
「みんなそれぞれ、強固な自分の人生を、しっかり生きてるから。ケイコさんは農家、タダイションはシンガー。僕が入り込む余地はないですよ。ケイコさんは、いずれ、どこかの農業従事者の男性と付き合って、結婚するんだろうし、タダイションも、あと数年でデビューして、有名になるんだろう。僕は、つかの間、一時的にかかわっただけさ」
マサトは、フーッと深呼吸をして、締めくくる。
「……だけど、僕にも僕の居場所はありますから。少しだけ遠回りしながら、元いた場所の近くへ、ゆっくり帰っていこうと思います。済みませんねえ」
「えっ、な、何を謝ってるんですか?」
小さな女性が、初めて、不安そうな表情を見せた。
「タイムリープを無駄遣いしちゃって。本当は、僕の人生を変えたかったんでしょ? でも、余り変わりそうもないですよね。あなたたちの魔法は、僕には、もったいなかったのかもしれませんね」
「――」
女性は、マサトの鼻先に浮かんだまま、無言でジッと見つめてきた。いや、もはや、にらんでいるとも言えた。険しい顔をしていた。
マサトは、
「コスパの悪いタイムリープをさせちゃってごめんよ。でも、そっちが勝手にやったことだし? まあ、せっかくのタイムリープ、少しは有効利用もしますから。ケイコさんとは、別々の高校に行ってからも、たまには会うでしょうし。タダイションとも、付き合いは続くでしょうから、『前回』の人生よりは楽しくなるでしょうよ。お小遣いもたくさんあるしさ。堅実な株取引で、貯金も増え続けておるのでね」
「……音楽で食べていくおつもりは?」
手のひらサイズの女性は、探るような口調だ。
マサトはあざ笑う。
「また、そうやってそそのかす。バカ言ってんじゃねえよ。僕にそんな才能なんか、ないですわ。せいぜい、タダイションのお友達だってことを利用して、その人脈で、『二回目』のサラリーマン生活を、ちょっとでも優位にするぐらいですな」
「だけど、マサトさん――」
なおも、小さな女性は食い下がろうとしたが、再び大きく空気を吸い込んだマサトは、ブーッと強く、前方へ息を吹きかける。
すると。
目の前に浮かんでいた女性は、オレンジ色の破片となって、煙のように散ってしまった。まるで、吹き消されたロウソクの儚さで。
「もういいよ、あとは自分でやりますから」
マサトはつぶやいた。
最初に現れた時、手のひらサイズの女性はこう言っていた。「強い意志の人には、私の姿を見ることは出来ない」と。
だとするなら。
今、マサトも、その領域に達したのだろう。
このあとも、マサトの「二回目」の学生時代・青春時代は淡々と続いたが、もう、この妖精が現れることはなかった。
【完】
ええと。
急転直下ぶりに、困惑された読者も、いらっしゃるかもしれません。
白状しますと、前倒し完結です。
マサトが妖精を「吹き消す」場面は、実を言いますと、ここまで書いた時、突然思いついたのです。つい昨日。
かつて、三島由紀夫が、「あらかじめ精密に構想を練っていても、実際にそこまで書いた後に、思いもしなかった新しい景色が、初めて見えることがある」などと書かれていたのを、ふと思い出しもしたのでした。
野暮は承知で書きますと、当初のラストは、「約十年後、タダイションが、大人になったサラリーマンのマサトを、恩人・特別ゲストとして、武道館のステージへ上げる」というものでした。
だけど、ラストシーンのインパクトとしては、妖精を吹き消す場面を超えていないよな、と。
何だか蛇足になっている気がして、バッサリ切りました。
あと少し、創作を振り返りますと。
まず、同じ場面を二度書かないように注意しました。
自宅の部屋、妹の部屋、母との会話、朝の登校、始業前の教室、放送室、放課後の教室、ブルマー少女との交流、夕方の下校、放課後制服デート、父親の部屋、教室での授業中、塾、スカート下着チラ、電車私服デート、タワマン、電車制服デート……いずれも、基本的には一回ずつの登場です。
それと、イベントとしての「ありがち場面」はなるべく書かず、回想やセリフで処理しました。
体育祭、修学旅行、給食などがそうです。
反省点としては、話の筋を事前に作り込まなかったため、一つ一つの場面が散漫・冗長になりがちでした。
せっかく書いても、物語全体へは回収・反映されず、一回出てきてそれっきり、みたいな。
もっとも、生理ナプキン、着替えのぞき、放送部、ブルマー、メダル、宝くじ、受験数学――と、緩やかな必然性をもって、話をつなげられたなとは自負しております。
あと。
「事前にプロットをガチガチに作っちゃうと、本番を書いてる時、ワクワク出来ないから嫌だ。せっかく、日常から離れたくて小説を書いてるのに」というネット小説書きって、結構多いみたいですね。
御多分にもれず、割と私もそうだったりします(笑)。
御愛読ありがとうございました。




