66 家路前、あす・金・女、ケリをつけ
農業高校には、十五分程度とどまった。正門付近のみで、中には入れなかったが、警備員から詳しい話をしてもらえた。
駅への帰り道、ケイコは上機嫌であった。
「よかったー! いろいろ聞けて。頑張って、絶対、受かるぞっ。充実した高校生活になりそう!」
「おう、よかったな」
一緒に歩きつつ、ぼそっとマサトは応じた。
もし、タイムリープ前の「一回目」の中学生だったなら、今ごろ、マサトはイジけて、ふさぎ込んでいただろう。
だが、マサトの「中身」は元社会人。テンションが落ち過ぎないように、うわべの態度だけ、取り繕うことぐらいは出来るのだ。
左隣のケイコは横を向いて、マサトの顔をのぞき込むようにして、
「なんか、ごめんねー。さっきは、あたしばっか、しゃべっちゃって」
ケイコの大きな瞳と、ハの字に下がったまゆ毛が、まるでマサトの内心を見透かしているようで、
「あっ、いや……」
マサトは目を伏せた。
さっき、ケイコと警備員が盛り上がっている時、割とガチでムカついたことは事実だからだ。自分の器の小ささを、改めて思い知る。
「……」
目を伏せた理由は、実はもう一つあった。
前かがみになったケイコの、白いセーラー服から、汗ばんだ胸もとがのぞけていたからである。
首の下の日焼け跡、ボリュームのある谷間。丸いふくらみを包む、飾りけのない下着は、スポーツブラだろうか。
(暑いのは分かるけど、アンダーシャツは着ようよ……)
心の中でツッコミながらも、こういう状況においてすら、性的な興味を抑えられない自分。
中身は「中年男性」なのに、中学生少女に気を使われたり、はたまた欲情したり。
(僕って、つくづく、どうしようもねえな……)
情けなくなる。さらなる自己嫌悪。
そこからは、言葉少なに歩いてゆく。
先ほど待ち合わせた駅に着いたら、次は、マサトの志望校へ向かう。二人の地元の方向へ、電車で三駅、戻る形だ。
千葉県立の、普通科の高校である。
「一回目」の人生では、マサトは公立高校の受験に落ちて、いわゆる滑り止めの私立高校へ入学している。
今から見に行く公立高校は、落ちたその高校より、ワンランク低い偏差値である。
マサトの現在の学力ならば、志望校として妥当な線。
秋月塾で数学の成績は上がったが、だからといって、マサト本来の頭のレベルより上には行かれない。当たり前だが。
タイムリープした先が中三の春だったというのも、時期的に有利とはいえない。受験まで、準備期間が足りないのだ。
「一回目」の人生で大人になってからは、学生時代に覚えた知識はほとんど忘れてしまっていた。そのブランクは、埋め切れていない。
(『前回』の中三夏の学力を100とするなら、今は65ぐらいかな。受験本番までに、これを90くらいまでは上げられそうだけど、まあ前回越えは無理だろうな)
というのが、マサトの読みであった。
前回は多感な思春期であり、余り勉強に集中できなかったが、その点、今度は心配ない。青春時代特有の、強烈な性欲や感傷、自意識に悩まされることはないからだ。
時間を効率的に使う能力も、前回とは段違いである。よって、今から見学する高校なら、手堅く受かるはずだ。
ちなみに、タイムリープ前に、マサトが通っていた私立高校。
多少は荒れた校風だったが、それなりに楽しい三年間ではあった。ただし、この高校において出来た友人で、「その後」の人生で交流が続いた者は、特にはいなかった。
だから、違う高校へ進むことについては、抵抗や未練はないのだった。
電車が、目的の駅に近づいた頃、
「あっ、鈴坂君の志望校、あれじゃない?」
高架線を走る電車にて、窓越しにケイコが指差した。校舎やグラウンドが、周囲の景色と一緒に、横へ流れていく。
マサトは、
「間違いないな。なあんだ、ほとんど駅前だったんだな。わざわざ、見学に行くまでもないかな」
「えーっ、せっかくだから、行こうよ」
ケイコが、口をとがらせる。
「まあ、そうだね」
マサトは素直に従った。
もっとも、下車して、徒歩数分。現地に着いたら、それで終わり。
正門前まで来たら、他にすることもなく、結局、駅を降りてから、二十分もつぶれなかった。
駅へ戻ると、まだ十時半だった。
「このあと、どうする? 昼飯食べるには早いし、どっちにしろ、制服でレストランとか入るのもよくないだろうし……」
と、マサトが切り出すと、
「うん……。まあ、今日はこれで解散にしよっか」
ケイコも、あいまいに笑った。
さっき、農業高校に着いて以来、二人の間にすきま風が吹いている。どことなく、ぎくしゃくしている。それを、ケイコも感じ取っているようだ。
マサトが続ける。
「地元の駅で一緒に降りたら、ひょっとして誰かに見られるかも。ここで解散しようか。僕は、一つか二つ、遅い電車で帰るから、井崎さんは、次の電車で先に帰る?」
「ん……。あたしが後でもいいけど」
「まあ、まあ。先、乗ってよ」
「そう? じゃあ、ありがと」
譲り合っても、きりがないと思って、空気を読んでくれたのか。提案を、あっさりケイコは受け入れた。
切符を買い、手を振ってから、ケイコは改札口を入ってゆく。
後ろ姿に、前方から風が吹き込んで、ケイコの着たセーラー服のカラーを、ふわりと舞い上げた。首の後ろに巻き付けた、スカーフの赤色が見えた。後頭部の、短い黒髪も跳ねていた。
しばらくして、電車が二本ほど出た音が聞こえてから、マサトも切符を購入し、改札を入った。
電車に乗ったが、いつもの自宅最寄り駅で下車する気には、なれなかった。ケイコを始め、知人とバッタリ会うのが嫌だったのだ。
そこで、一つ手前の駅で降りた。たくさん歩くことになるものの、それも気分転換になりそうだ。運動をして、今はちょっと発散もしたい。
空き地を挟みつつ、団地が建ち並び、いかにも1990年代の千葉という感じの駅前だ。
高架線の下には、ミニゴルフができる施設。高所の線路が、そのまま日差し・雨よけの屋根になっているのだ。
(おっ、そういえば、あったよな。懐かしいな)
「前回」の青春時代に、一度は行ったと記憶している。
駅を出ると、出入り口付近の歩道で、大人と子供が十人ほど、横一列に並んで立っていた。たすきを肩に掛けて、立て看板も。何らかの、真面目な社会活動らしい。
(募金か)
皆、四角い募金箱を持っていた。
「御協力お願いしまーす」
「親をなくした子どもたちに、安心した暮らしと、教育の機会を!」
「遺児に、奨学金を!」
口々に呼びかけていた。
たすきや看板を見れば、新聞などでよく出ている、有名な福祉団体名であった。
ほとんどの人は素通りで、マサトもそうしかけたが、
「――」
気が変わり、立ち止まった。ある思いつきをしたからだ。
マサトは、財布から、四角い厚紙を取り出した。いつも持ち歩いていた物だ。
次に、募金活動中の人たちへ足早に近寄り、
「これ、お役立てください。一等の高額賞金が当たってますから」
と告げながら、同い年、十五歳くらいの少年の募金箱に、その紙を入れた。
「えっ。はあ? あっ、あの、ちょっと……」
募金箱を抱えた少年は、当然、困惑の表情。周囲の仲間も、同様である。
「おいっ、ちょっと、君――」
大人の男性が、マサトを呼び止めたが、彼も募金箱を持っており、素早くは動けない。
無視をして、マサトは、大股の早歩きで去り、人ごみへ紛れた。
追いかけては来なかった。別に、悪いことをしたわけではないのである。
いや。
(フッ、悪いことどころか! 今、僕が募金したのは、十八万円だぜえ)
そう、今、マサトが募金箱へと投げ入れたのは、例の宝くじであった。
タイムリープ後の五月に購入し、当たった、いや、「当てた」二枚のうち、まだ引き換えていない方の物。
(どうせ、未成年の僕には引き換えられないし、未来から当選番号を覚えてきて、ズルしたやつだし。これでいいだろ。もうけは、社会と山分けだ!)
もったいない気もしたけれど、こういうのは、その場の勢いも大事である。何だか、すっきりした。
はからずも、今日は、志望校のこと、ケイコのことで、大きな区切りがついた日だった。
ついでに、宝くじの件も、今、ケリをつけた。
(金も女も……)
という表現は、品がないけれど。
結果論ではあるが、タイムリープした者として、一つの「けじめ」をつけたと言えそうだ。
その夜。マサトは夢を見た。
夢に、あの妖精が出てきた。
【続く】
先日、作者は仕事帰りに、知り合いの「ビッグイシュー」販売者にバッタリお会いしたので、3冊購入。ホームレス支援雑誌です。計、1350円。
そのあと、別の場所で、座り込む他のホームレスを見かけ、前に置かれた紙コップに、5000円札を入れました。
さっきの1350円が頭をよぎって、いびつだなあと思いはしました。さっきは、雑誌販売の対価として、1350円。今度は、何もなしで、5000円。ちょっと、どうなんだろうと。
けど、私の善意だって、その場限りの気まぐれですからね。考え過ぎないことにしました。
ストリートミュージシャンには、2、3曲聴かせてもらったら、1000円払うことが多い。
善意の相場って、なかなか定まらないけれど、応援したい気持ちは、自分なりに大事に育てていきたいです。年相応に。




