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今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第三章 成り上がりは 慌てず、浮かれず、ささやかに
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66 家路前、あす・金・女、ケリをつけ

 農業高校には、十五分程度とどまった。正門付近のみで、中には入れなかったが、警備員から詳しい話をしてもらえた。


 駅への帰り道、ケイコは上機嫌であった。

「よかったー! いろいろ聞けて。頑張って、絶対、受かるぞっ。充実した高校生活になりそう!」

「おう、よかったな」

 一緒に歩きつつ、ぼそっとマサトは応じた。

 もし、タイムリープ前の「一回目」の中学生だったなら、今ごろ、マサトはイジけて、ふさぎ込んでいただろう。

 だが、マサトの「中身」は元社会人。テンションが落ち過ぎないように、うわべの態度だけ、取りつくろうことぐらいは出来るのだ。


 左隣のケイコは横を向いて、マサトの顔をのぞき込むようにして、

「なんか、ごめんねー。さっきは、あたしばっか、しゃべっちゃって」

 ケイコの大きな瞳と、ハの字に下がったまゆ毛が、まるでマサトの内心を見透かしているようで、

「あっ、いや……」

 マサトは目を伏せた。

 さっき、ケイコと警備員が盛り上がっている時、割とガチでムカついたことは事実だからだ。自分の器の小ささを、改めて思い知る。


「……」

 目を伏せた理由は、実はもう一つあった。

 前かがみになったケイコの、白いセーラー服から、汗ばんだ胸もとがのぞけていたからである。

 首の下の日焼け跡、ボリュームのある谷間。丸いふくらみを包む、飾りけのない下着は、スポーツブラだろうか。

(暑いのは分かるけど、アンダーシャツは着ようよ……)

 心の中でツッコミながらも、こういう状況においてすら、性的な興味を抑えられない自分。


 中身は「中年男性」なのに、中学生少女に気を使われたり、はたまた欲情したり。

(僕って、つくづく、どうしようもねえな……)

 情けなくなる。さらなる自己嫌悪。


 そこからは、言葉少なに歩いてゆく。

 先ほど待ち合わせた駅に着いたら、次は、マサトの志望校へ向かう。二人の地元の方向へ、電車で三駅、戻る形だ。

 千葉県立の、普通科の高校である。

 「一回目」の人生では、マサトは公立高校の受験に落ちて、いわゆる滑り止めの私立高校へ入学している。

 今から見に行く公立高校は、落ちたその高校より、ワンランク低い偏差値である。

 マサトの現在の学力ならば、志望校として妥当な線。


 秋月あきづき塾で数学の成績は上がったが、だからといって、マサト本来の頭のレベルより上には行かれない。当たり前だが。

 タイムリープした先が中三の春だったというのも、時期的に有利とはいえない。受験まで、準備期間が足りないのだ。

 「一回目」の人生で大人になってからは、学生時代に覚えた知識はほとんど忘れてしまっていた。そのブランクは、埋め切れていない。


(『前回』の中三夏の学力を100とするなら、今は65ぐらいかな。受験本番までに、これを90くらいまでは上げられそうだけど、まあ前回越えは無理だろうな)

 というのが、マサトの読みであった。

 前回は多感な思春期であり、余り勉強に集中できなかったが、その点、今度は心配ない。青春時代特有の、強烈な性欲や感傷、自意識に悩まされることはないからだ。

 時間を効率的に使う能力も、前回とは段違いである。よって、今から見学する高校なら、手堅く受かるはずだ。


 ちなみに、タイムリープ前に、マサトが通っていた私立高校。

 多少は荒れた校風だったが、それなりに楽しい三年間ではあった。ただし、この高校において出来た友人で、「その後」の人生で交流が続いた者は、特にはいなかった。

 だから、違う高校へ進むことについては、抵抗や未練はないのだった。


 電車が、目的の駅に近づいた頃、

「あっ、鈴坂すずさか君の志望校、あれじゃない?」

 高架線を走る電車にて、窓越しにケイコが指差した。校舎やグラウンドが、周囲の景色と一緒に、横へ流れていく。

 マサトは、

「間違いないな。なあんだ、ほとんど駅前だったんだな。わざわざ、見学に行くまでもないかな」

「えーっ、せっかくだから、行こうよ」

 ケイコが、口をとがらせる。

「まあ、そうだね」

 マサトは素直に従った。


 もっとも、下車して、徒歩数分。現地に着いたら、それで終わり。

 正門前まで来たら、他にすることもなく、結局、駅を降りてから、二十分もつぶれなかった。


 駅へ戻ると、まだ十時半だった。

「このあと、どうする? 昼飯食べるには早いし、どっちにしろ、制服でレストランとか入るのもよくないだろうし……」

 と、マサトが切り出すと、

「うん……。まあ、今日はこれで解散にしよっか」

 ケイコも、あいまいに笑った。


 さっき、農業高校に着いて以来、二人の間にすきま風が吹いている。どことなく、ぎくしゃくしている。それを、ケイコも感じ取っているようだ。

 マサトが続ける。

「地元の駅で一緒に降りたら、ひょっとして誰かに見られるかも。ここで解散しようか。僕は、一つか二つ、遅い電車で帰るから、井崎いざきさんは、次の電車で先に帰る?」

「ん……。あたしが後でもいいけど」

「まあ、まあ。先、乗ってよ」

「そう? じゃあ、ありがと」

 譲り合っても、きりがないと思って、空気を読んでくれたのか。提案を、あっさりケイコは受け入れた。


 切符を買い、手を振ってから、ケイコは改札口を入ってゆく。

 後ろ姿に、前方から風が吹き込んで、ケイコの着たセーラー服のカラーを、ふわりと舞い上げた。首の後ろに巻き付けた、スカーフの赤色が見えた。後頭部の、短い黒髪も跳ねていた。


 しばらくして、電車が二本ほど出た音が聞こえてから、マサトも切符を購入し、改札を入った。

 電車に乗ったが、いつもの自宅最寄り駅で下車する気には、なれなかった。ケイコを始め、知人とバッタリ会うのが嫌だったのだ。

 そこで、一つ手前の駅で降りた。たくさん歩くことになるものの、それも気分転換になりそうだ。運動をして、今はちょっと発散もしたい。


 空き地を挟みつつ、団地が建ち並び、いかにも1990年代の千葉という感じの駅前だ。

 高架線の下には、ミニゴルフができる施設。高所の線路が、そのまま日差し・雨よけの屋根になっているのだ。

(おっ、そういえば、あったよな。懐かしいな)

 「前回」の青春時代に、一度は行ったと記憶している。


 駅を出ると、出入り口付近の歩道で、大人と子供が十人ほど、横一列に並んで立っていた。たすきを肩に掛けて、立て看板も。何らかの、真面目な社会活動らしい。

(募金か)

 皆、四角い募金箱を持っていた。

「御協力お願いしまーす」

「親をなくした子どもたちに、安心した暮らしと、教育の機会を!」

「遺児に、奨学金を!」

 口々に呼びかけていた。

 たすきや看板を見れば、新聞などでよく出ている、有名な福祉団体名であった。

 ほとんどの人は素通りで、マサトもそうしかけたが、

「――」

 気が変わり、立ち止まった。ある思いつきをしたからだ。


 マサトは、財布から、四角い厚紙を取り出した。いつも持ち歩いていた物だ。

 次に、募金活動中の人たちへ足早に近寄り、

「これ、お役立てください。一等の高額賞金が当たってますから」

 と告げながら、同い年、十五歳くらいの少年の募金箱に、その紙を入れた。

「えっ。はあ? あっ、あの、ちょっと……」

 募金箱を抱えた少年は、当然、困惑の表情。周囲の仲間も、同様である。

「おいっ、ちょっと、君――」

 大人の男性が、マサトを呼び止めたが、彼も募金箱を持っており、素早くは動けない。

 無視をして、マサトは、大股の早歩きで去り、人ごみへ紛れた。


 追いかけては来なかった。別に、悪いことをしたわけではないのである。

 いや。

(フッ、悪いことどころか! 今、僕が募金したのは、十八万円だぜえ)

 そう、今、マサトが募金箱へと投げ入れたのは、例の宝くじであった。

 タイムリープ後の五月に購入し、当たった、いや、「当てた」二枚のうち、まだ引き換えていない方の物。

(どうせ、未成年の僕には引き換えられないし、未来から当選番号を覚えてきて、ズルしたやつだし。これでいいだろ。もうけは、社会と山分けだ!)

 もったいない気もしたけれど、こういうのは、その場の勢いも大事である。何だか、すっきりした。


 はからずも、今日は、志望校のこと、ケイコのことで、大きな区切りがついた日だった。

 ついでに、宝くじの件も、今、ケリをつけた。

(金も女も……)

 という表現は、品がないけれど。

 結果論ではあるが、タイムリープした者として、一つの「けじめ」をつけたと言えそうだ。


 その夜。マサトは夢を見た。

 夢に、あの妖精が出てきた。

【続く】


先日、作者は仕事帰りに、知り合いの「ビッグイシュー」販売者にバッタリお会いしたので、3冊購入。ホームレス支援雑誌です。計、1350円。


そのあと、別の場所で、座り込む他のホームレスを見かけ、前に置かれた紙コップに、5000円札を入れました。


さっきの1350円が頭をよぎって、いびつだなあと思いはしました。さっきは、雑誌販売の対価として、1350円。今度は、何もなしで、5000円。ちょっと、どうなんだろうと。

けど、私の善意だって、その場限りの気まぐれですからね。考え過ぎないことにしました。


ストリートミュージシャンには、2、3曲聴かせてもらったら、1000円払うことが多い。

善意の相場って、なかなか定まらないけれど、応援したい気持ちは、自分なりに大事に育てていきたいです。年相応に。

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