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今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第三章 成り上がりは 慌てず、浮かれず、ささやかに
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64 受験生がデートする動機付け

 電話の向こうのケイコは、照れる様子もなく、すぐに返答してきた。

 いや、もしかしたら赤面ぐらいはしているのかもしれぬ。しかし、電話なので、それは見えないのだ。


 実は、マサトだって、もしも鏡を見れば、今、きっと顔は赤くなっているだろう。そういう考え・推測自体が、

(ああ、青春だなあ……)

 マサトは、しみじみ思うのだった。


 ケイコの口調は優しいが、淡々としていた。

「いいけど。でも、うちら、受験生じゃん。あんまり、大っぴらには遊びに行けないんじゃないの?」

 ごもっともである。

 ここで、昨日マサトが考えておいた、親の目・世間の風をかわすプランを明かす。

「まさに、そこなんだよね。でね、考えたんだけど、二人で一緒に、それぞれ、お互いの第一志望校を見に行く、というのはどうかな?」


 受話器越しに、ああっという小さな叫びが聞こえ、

「それ、いいねー! 思いつかなかったっ!」

 ケイコの声がはずんだ。

 興奮しているらしく、受話器を当てた耳もとに、フー、フーッと、ケイコの息が吹きかかる音。マサトは得意になり、ニヤリとしてしまった。


 このアイデアは、物事を俯瞰ふかん的に見られる「大人」ならではのものだろう。

 二人きりで会う以上、一応デートであるし、出かけるので受験勉強の息抜きにもなるし、志望校を見るので励みにもなる。

 「受験生なのに遊びに行くなんて」という親の批判も、かわすことができる。理屈としてはバッチリ、完璧だろう。


 そのあと、日取りを決め、数日後、実行に移された。平日である。

 もちろん、マサトは「ケイコと一緒に行く」などと余計なことは親に言わず、ただ、「今後、何かと役立つだろうし、一度、第一志望の高校の行き方とか、確認しておくよ」などと、うまいことを告げておくにとどめた。

 事前に電話で打ち合わせをしたので、ケイコも、似たようなことを親に話したはずだ。

 まあ、親に対して、少なくとも、ウソは言っていないのだ。


 打ち合わせといえば、服装も、中学校の制服で行くことにした。今日はあくまで、名目は学校見学なのだ。

 この格好なら、出発前に家で見送る親の印象も、さらに良くなろうというものだ。


 朝の八時半、早めに待ち合わせ。

 念には念を入れて、地元の駅ではなく、志望する高校の最寄り駅で待ち合わせた。これなら、二人でいるところを、近所の人などに目撃される心配も減る。


 ひょっとして、結果的に、マサトとケイコ、同じ電車に乗ることになるかなとも思ったが、マサトの方が一本遅い電車だった。

 改札を出ると、白いセーラー夏服のケイコが既に待っていた。半袖の手を振っている。


「ごめん、遅くなったかな」

「いやいや、まだ八時二十分だし。あたしが早過ぎたんだよ」

「いずれにしても、お待たせしましたね。お久しぶり」

「久しぶりー。鈴坂すずさか君、あんまり日焼けしてないね」

 マサトも半袖である。ワイシャツ風の、前開きのものだ。確かに、腕は青白い。

「まあ、基本、室内だからね。井崎いざきさんは、少し焼けた?」

「家の手伝いで、農作業してたからね」

 と、ケイコは自分のおかっぱ頭に手をやった。

 マサトは、

「部活は引退したんだっけ?」

「うん、一学期で終わり」

 ケイコは陸上部であった。

「鈴坂君は?」

「まだ。二学期も、体育祭あるから」

「ああ、そうか」

「うん。会場設営とアナウンスの仕事があるんだ」

 ケイコは、スカートの腰あたりに両手を差し入れて、少し回す仕草をしながら、

「放送部って、実質、委員会だよね。仕事があってさ」

「かもな」

 マサトがうなずいた。


 さて、この駅は、ケイコが目指している高校の近くである。

 先に、ケイコの志望校を見るのだ。家から遠い方を、待ち合わせ場所にしたわけである。より、目撃されるリスクを減らすために。

 千葉県の、市街地からやや外れた地域。

「じゃ、早速、行きますか」

「そだね」

 ケイコがうなずいた。

 まだ朝早めだからか、日差しは強くはない。セミの鳴き声はにぎやかだが。


 駅からの道順は、それぞれ、自分の志望校は自分で調べてくる約束になっていた。

 ケイコは、制服の紺色スカートのポケットから紙を出し、広げる。

 横からのぞき込んだマサトが、

「おっ、手描てがきだ」

「うん、受験案内から描き写してきた」

 シャープペンと赤ペンで、フリーハンドで描いてあった。

(タイムリープしてくる前なら、スマホの地図アプリで一発だったよなあ)

 ふと、「未来」のことを思い出す。


 右隣を歩くケイコが、自作地図をポケットに戻す。

「だいたい覚えた。まず、そこの交差点を渡る」

 今日のケイコは、カバンのたぐいは持っていない。普段から、スカートのポケットに色々と押し込む癖があった。財布程度の小物なら、ポケットで済ませる主義らしい。


(まあでも、薄いバッグくらい、持ってくればいいのに。メモ帳も入るし、学校でパンフレットとか、もらうかもしれないんだし……)

 とマサトは思ったが、きっと、そういうことにまで頭が回らないのだろう。

 でも、いかにも、そこが中学生らしいなあとは感じた。

 なお、マサトは簡易なショルダーバッグ持参である。秋月あきづき塾へ行く時にも使っている物。


 時々会話を挟みながら、閑静な住宅街を歩いてゆく。

 周囲に商業施設は見当たらず、一戸建てが規則的に並んでいる。

 が、しばらく進むと、前方に、こんもりと茂った木々が見えてきた。

(なんだあ? 林でもあるのかー?)

 でも、林にしては、木の種類にばらつきが見られる。

「あっ!」

 やがて、一戸建てエリアを抜け、木々の全貌ぜんぼうが現れた時、マサトは叫んでいた。


 たくさんの木は、高い塀にぐるりと囲まれていて、その内側にのみ植えられていたからだ。つまり、同一施設の敷地だったわけである。

 今、マサトとケイコがいる太い道。これを、そのまま直進すれば、まさに、施設の正門へ行き当たる。

「……」

 どう見ても、その正門は「学校施設」のそれであった。校舎らしき建物も見える。


「まさか、あ、あれが、探してた高校?」

 マサトのつぶやきに、ケイコが振り向いて、

「そうみたいだね。あたしも、小さな写真で見たことあったけど、こんなに大きいなんてね」

「すごいな。さすがは、農業高校だな……」

 マサトが、感嘆の声をもらした。

 普通科を受けるマサトにとっては、未知の別世界であった。

「すごいよー。校内に、果樹園とか牧場もあるんだから」

 冷静なケイコの口調とは裏腹に、

「ぼぼっ、牧場っ?」

 特に予備知識がないマサトは、戸惑うばかりだ。


 もう、正門へとケイコは歩き出している。

「――」

 後を追うマサトは、まだ少し、呆然としていた。

 これが、ケイコが向かう進路、農業・農家という世界なのだ。

 広い土地も持たず、サラリーマン一家に生まれ、そしてサラリーマン経験という「前の人生」を持つマサトには、ちょっと考えられない将来である。


(こういう僕らの関係も、やっぱり、今だけのものなんだろうか)

 改めて、冷厳な事実を思い知る。

 それも含めて青春なんだと、分かっちゃいても――。


 農業高校の、そびえる校舎と木々が、一瞬、タダシ・リナのタワマンにも重なる。

 ケイコの白いセーラー服の背中に、丸いボツボツのような影が映り込む。布地が、薄い青色に染まっている。

 それは、農業高校の巨木を通した陽光による、大量の葉っぱの、夏の青い影であった。

【続く】


当初案では、ケイコは赤いワンピースで会いに来る予定だったんです。

で、「リナのブランド服より安いんだろうけど、一生懸命選んでくれたんだろうなあ」とマサトがジーンとする、というね。


でも、時期的に、そんな浮かれてる場合じゃないだろと。リナは、まだ中2だから、いいけど。

最終段階で、ボツにしました。


今、世間が受験シーズンなので、その緊張感が私にも伝わったのかもしれません。


我が子が受験生、知り合いのお子さんが受験生、自分が教育関係者、応援してるアイドルが受験生、とかでない限り、受験シーズンも完全な人ごとですよね。

少子高齢化のせいでしょうか、子供の比率が下がって、昔ほどには、2月、3月にも、受験の話題での盛り上がりがない気がします。


作者が受験生だった頃には、もっと世間が「頑張れ受験生!」と応援してくれてたように記憶しているんですが。

それとも、単に、自分自身が当事者だったからそう感じていたにすぎないのでしょうか?

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