表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第三章 成り上がりは 慌てず、浮かれず、ささやかに
63/67

63 固定電話同士で

 二日後の午前。

 運よく、母と、妹のアイリが外出してくれたため、自宅で一人になることができた。

 そこで、ケイコに電話をかけることにした。


 別に、母や妹にバレたところで支障はあるまいが、小言や冷やかしぐらいはありそうだ。恋愛絡みであり、受験生でもある今、立場的に面倒なことは確かである。聞かれないにこしたことはない。


 時は1990年代のなかば。

 まだ、携帯電話は普及しておらず、家に一台しかない電話機を使う。

(ええと、たしか、この中に……)

 電話台の下に、中学の三年B組の連絡網があった。紙一枚。

 まず、学級担任が五人ほどの生徒へ、同じ内容の連絡事項を電話する。あとは、それぞれが、リレー方式で、順繰りに次の人へ電話していく仕組みだ。

(電話連絡網も、レトロだよなあ。SNSが普及した令和の時代では、多分、こういうのもなくなってたんだろうなあ)

 タイムリープしてくる前、マサトは独身で子供もいなかったので、実態はよく知らないが。


 それはともかく、この連絡網を見れば、クラスメイトの電話番号が分かるというわけである。

 井崎いざき恵子けいこの欄を見て、その番号をかける。

 六回目のコールで、ガチャッと相手が出た。


 中身が「四十代中年」のマサトは、こういう時にも冷静だが、やはり、ちょっとはドキドキする。

 もっとも、仮に「ケイコの父親が出る」というベタな展開となっても、今のマサトなら、サラリーマン流の交渉術で、上手に切り抜けられる気がする。


「はい、井崎です」

 事務的な口調。マサトは、

「あの、済みません、私、中学の三年B組の鈴坂すずさかと申しますが、そちらにケイコさんは……」

「あたしだよ。声で分かるだろ。何が、そちらにだよ」

「いや、お母さんという可能性も……」

「――ケイコの母でございますう。いつも、ケイコがお世話になっておりますう」

 ふざけるケイコに、マサトはブッと吹き出す。実は、それ以前から、「この声は恐らくケイコだな」と気づいていた。


 同時に、暖かいものが、マサトの胸の中へ流れ込んでくる。

 夏休み中であり、もう三週間以上会っていない。久々の会話ということで、ケイコもテンションが上がっているようだ。

 それがうれしいし、さらに、それを隠そうとしないケイコの素直さもうれしい。

 何より、ケイコの声が聞けたことが幸せだ。


 互いの笑いが落ち着いたら、マサトは、

「いきなり電話して、ごめん。今、電話、大丈夫?」

「誰か、聞いてないかってこと?」

「ああ。御家族がそばにいたら、うるさくないかな、というのもあるでしょ」

「平気じゃないのかなあ。自分の部屋の前だからさ」

「へえ、電話と近いんだ?」

「コードレスホンなんだよ。あたしの部屋の前に子機があるの」

「ああ、なるほど」

「うち、農家だからさ。家がやたら広いの。電話、一台じゃ足りなくて」

「鳴っても、聞こえない?」

「――それと、鳴ってから、取ろうとして走っても、間に合わない。ああー、切れちゃったーって」

 と、ケイコの声が笑った。

 マサトも小さく笑い、

「それで子機を……」

「そう。あとね、お父さんとお母さんは、農作業でしょっちゅう家を出てるから、今、家の中に誰がいるのか、はっきり分からないの。だから、とにかく、電話は、鳴った時に近くの人が取るというルールになってて」

「そういうことか」

 受話器を持ったマサトがうなずく。

 数秒の沈黙。


 ケイコが、息を吸い込む音。

(ああ……話題が変わっちゃう)

 もう少し、気楽な雑談を続けたいところだけれど、そうもいかないようである。

「――で、どうしたの、突然、電話してきて」

 ケイコの声音こわねが、やや固くなっている。

(やはり、聞かれるか。そりゃそうだわな)

 何しろ、ケイコと電話でしゃべること自体、初めてなのだ。

 マサトは、あらかじめ考えておいた口実を述べる。

「暑中見舞い、届いたよ、って。ひまわりのイラスト、元気が出ました」

「暑中見舞い、って……。出したの、七月終わりだよ? 鈴坂君から返事も来たし。それだって、もう、だいぶ前でしょ」

 ケイコが怪しむ。

「――」

 こういう時、ケイコは、大きな黒い瞳で、まっすぐにマサトの目をのぞき込んでくるのだ。それで、大抵、マサトはウソをつき通せなくなってしまう。


 今は、電話であり、ケイコの顔は見ないで済む。だが、これ以上ごまかすことに、マサト自身が耐えられそうもなかった。

「ごめん。おっしゃるとおり、暑中見舞いは口実です。だけどさ、これでも一生懸命考えた口実なんだよ。悪かった。か、勘弁してくれ」

 素直過ぎるセリフが口からこぼれて、マサトは、自分でも戸惑う。

 当然、ケイコはもっと戸惑っているはずだ。ケイコの声に、クッと音が入った。笑いそうで笑っていない感じか。

「何言ってんだか。――いいよ、本当の理由を鈴坂君が言ってくれたら、許す」

 キッパリとした太い声。


 タイムリープ初日、ケイコの着替えを見てしまったあの時、

「許す!」

 責める女子たちから、マサトを守り、かばってくれた、あの一言と重なる。

 にもかかわらず、まだウジウジとためらってしまうマサト。

「……結構重いぜ」

「重いのか。じゃあ、あたし、深呼吸するわ」

 受話器から、スーッ、ハーッという息が聞こえてきた。

「……」

 マサトは、なぜか涙が出そうだった。

 ケイコの優しさ、発想の若さ、女の子にここまでさせてしまったおのれのふがいなさ、辺りが原因か。

「――さあ、心の準備、終わったよ。どうぞ」

 もう、言うしかない。マサトは、飾らず、ストレートに、

「寂しくて。井崎さんの声が聞きたくなって」

 ケイコは、即答した。怒ったような口調で。

「どこが重いんだよ! バカじゃないの?」

「バカ……?」

「最初からそうやって言えばいいじゃん。――あたしも同じだよ。鈴坂君の声、聞けてうれしい」

 途中から、静かな話し方になった。声が低いので、まるで時代劇などの「姉御」のようで、渋い。

 マサトはホッとした。

「本当か!」

「うん」


 正直なところ、ケイコのことは好きだが、この電話の動機は不純だ。

 タダシの一件で疲れ切り、なかば現実逃避的に、身近な・同レベルの女の子をほっした、というのが本音に近い。

 つまり、マサトの庶民的な素朴さを利用している最相さいしょう家と、やっていることは大して変わらないのだ。


 だが、それについていちいち悩むことも、ないのかもしれない。

 将来のことも頭をよぎるが、

(僕たち、まだ中学生じゃねえか。もっと、刹那せつな的でもいいのかな)

 と、マサトは気づく。

 それこそが、青春をやり直すということなのではないだろうか。


 考えてみれば。

 一生付き合う人間など、ほとんどいない。

 事実、この先、ケイコとも、高校か大学かは分からないが、どこかで疎遠になる可能性が高い。

 でも、それが何だというのだ。

 将来のことまでは分からない。けれど、今、一番会いたい人に会う。それでいいではないか。

 「一回目」では、それをサボった。だからこそ、妖精に注意されたのではなかったか。


 ケイコの、現時点の気持ちも聞けた。

 もう、ためらわない。

「井崎さん、せっかくだから、夏休み中に一度会わない?」

 マサトは、サクッと誘っていた。

【続く】


まだ、インターネットが普及してなかった頃。

作者の小学校では、「運動会を決行か、延期か」を生徒に連絡するために、とても原始的・アナログな方法が用いられていました。


それは、当日の朝、学校の屋上に旗を立てて、その色で伝えるというもの。

赤い旗なら決行、緑は延期、という具合。


当然、学校は家からは見えませんから、見える場所まで移動するわけ(笑)。団地の外とかね。

面倒でしたねえ。ただでさえ、朝は時間がないのにさ。


中学校では、「決行の場合は、朝7時に花火を打ち上げる」方式。

近隣に、ドンドンドンドン響き渡るの。でかいし、長いし。日曜日の朝にだよ?


今だったら、まあ、クレームの嵐でしょうな。

地域全体で地元の学校を支えるんだ、という機運があったとも言えそう。

でも、当時から、「うるせえなあ」とキレてた方々もいらっしゃったと思う。難しいですよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ