61 カセットテープ・タワー
「ええと、初めまして。鈴坂政斗です。中三。学校は、千葉県の――」
マサトとタダシは、お互い、まずは名前と学年、学校名を自己紹介し合った。
タダシは、姉に似て色白、やせていた。赤いロングTシャツと、ベージュのチノパン姿。小学五年生にして、ファッションにこだわりが感じられた。
(数年後には、芸能人になるんだもんなあ……)
早くも、その貫禄や片鱗がうかがえる。
だが、そのあとは会話が続かず、沈黙してしまった。
たった四歳違いでも、この時期の体格差は大きい。タダシは、体の大きなマサトに、気後れしているようだ。
(ここは、僕が積極的にリードしなきゃな)
もともと、マサトの方が年長なのだ。まして、タイムリープ分の差もある。
未来には有名人となるタダシも、現時点では、幼い一般人の男の子にすぎない。
対するマサトの「中身」は、社会経験豊富な元サラリーマン。十歳過ぎの少年を相手に、照れて固まっているというのも、ちょっと情けない話だ。
社会人の頃に会得した、ソフトな話し方で、マサトは口を開く。
「多分、このお部屋に来たお友達とか、みんな同じ感想を言うんじゃないかと思うけれど、すごい設備ですね。机に載ってるの、パソコンだよね。両側にスピーカーとか操作卓とか、いろいろ付いてるけど、作曲できるやつでしょう。最新機種?」
緊張で、ややこわばっていたタダシの顔が、笑いでパッと輝く。
(!)
マサトはホッとする。どうやら、つかみはOKだ。
マサトの右斜め前に立つリナが、振り返って歓声を上げる。
「すごい! ひと目で分かるんですね!」
直後に、タダシもしゃべる。待ち切れなさそうに。
声変わり前の、高い声だ。
「最新じゃないんですよ! 欲しかったけど」
「高かった?」
「それもあるんですけど、使い方を雑誌で勉強しまくって、さあ買おうって思ったら、次のが出ちゃった。本当は、新しいそっちが欲しかったんだけど……ゴホッ」
タダシが、せき込む。一気にしゃべり過ぎて、のどが追いつかなかったようだ。
姉がフォローする。
「……で、タダシが家族に相談したの。で、また、一から覚え直すよりは、雑誌見ただけでも、使い方が分かってる旧型が、いいんじゃないって」
「なるほど。まあ、それがベターじゃないかな」
とマサト。
タダシが、一人で趣味に突っ走っているわけでなく、親とも情報共有をしているのが、いいなと感じた。
「雑誌も、いっぱい買ってるんだね」
床に積み上げられているパソコン専門誌を見下ろして、マサトが続ける。
タダシは、耳を覆う髪を、指先でいじりつつ、
「ミュージレコは、まだ持ってる人が少ないんですよ。情報が全然なくて。色んな雑誌の特集とか、読者お便りコーナーで、使い方をかき集めるしかないんです」
「ゲームの攻略本みたいな物か。大変ですね。けど、全国の同好の士が、助け合ってる感じがいいね」
マサトは、適度に前向きで、知ったふうなコメントをした。
タダシが今、最初に言った「ミュージレコ」というのは、作曲ソフトの機種名だ。名前は聞いたことがあるものの、さほど詳しくないし、実のところ、余り興味もないので、マサトは受け流した。
これも、大人のコミュニケーション術だ。
と、ここで突然、
「おっと」
リナが、足もとのケーブルを引っ掛けそうになり、よろけて、壁にトンと手を突く。
マサト、リナ、タダシの順で、
「大丈夫?」
「ヤダもー、もうちょっと片づけなよ、タダシ」
「ん。これでも、昨日、片づけたんだけどなあ……」
全員の視線が、リナが寄りかかった壁に集中する。無数に穴があいた、有孔ボードだ。
体勢をまっすぐに戻しながら、リナがマサトを見て、
「すごいでしょ、この壁。タダシの部屋、防音なんですよ。簡単なレコーディングなら、ここで出来ちゃうの」
マサトはフッと笑い、
「うちの部室と同じだな」
タダシの顔が、バッとこちらを向く。
「えっ、部室って、音楽室ですか? 音楽部?」
「いや、放送部。放送室も、防音設備があるからね。ガッカリさせて済みませんね」
別に、放送部員であることに引け目を感じる必要などないが、音楽部に比べれば、華やかさには欠けるだろう。
実際、「一回目」の人生でも、現役時代・卒業後ともに、「放送部です・でした」と人に話すのは、何となく嫌ではあった気がする。多分、マサトを始め、一定数の者が抱く恥ずかしさ、劣等感ではないだろうか。
その辺の微妙な空気を察したか、傍らで聞いていたリナが、悪気はない様子で、小さく吹き出す。リナには、一度、放送部のことを話したかもしれない。
タダシは、焦ったように首を振って、
「ガッカリなんて……。他に、音楽活動とかは?」
「僕? いや、特には」
淡々とマサトは答えた。
歌手になりたいという夢はあったけれども、それは、今の質問とは関係ない。聞かれてもいないことに、わざわざ答える必要はない。
「でも、物すごく、音楽に詳しいじゃないスか。僕、マサトさんおすすめのアルバム、お姉ちゃんから聞いてっ。ぜ、全部聴いてるんですよ。マジで。ほら」
と、早口で説明しつつ、タダシは、本棚に積まれていた四角いケースを、両手でガシャッとつかむ。
次に、マサトを見上げて、両腕を突き出してきた。
「オイオイ、危ない、落とすぞ!」
慌てて、マサトも下方へ両手を差し伸べ、重なったケースを受け取った。
「テープか。懐かしいなあ……」
思わずつぶやいたマサトを、
「えっ?」
けげんそうにタダシが見上げてきたので、ハッとしたマサトは、
「いや……なんでも」
と、ごまかす。
(ヤバい、ヤバい。この時代、まだ、カセットテープはみんなが使ってて、普通なんだよな)
十本ほどの、カセットテープを持つと、結構、重たかった。それぞれ、透明ケースに入れられている。
マサトは、「カセットのタワー」の底を片手で支え、もう片方の手で、上から順番に一つ一つ、スライドさせるように眺める。
カセットには、きちっとラベルが貼ってあり、タイトルが手書きされていた。
洋楽ロックや、ジャズ、テクノやクラシックなど。どれも、塾帰りに、マサトがリナに教えたアルバムタイトルばかりだ。
タダシは、
「全部、レンタルCD屋で借りてきて、ダビングしたんです。知らなかった曲ばかりで、マジ楽しんでるっス。ジャズとか、難しそうだったけど。でも、そんなことなくて。テクノも、学校の音楽の時間にも、やらないし」
たどたどしい口調だが、自分の喜びを懸命に伝えようとする姿勢。
(いいね。僕にも、昔、こういう時期があったなあ)
マサトは、胸がジーンと熱くなった。
カセットテープの山を、倒さないように、そっとタダシの小さな手に返却してから、
「うれしいですよ。好きな曲とか教えても、なかなか、後で本当に聴いてくれる人、いないから」
「そうなんスか?」
重なったテープをゆっくり、本棚へカタッと戻しつつ、タダシが尋ねる。
マサトは、途中でリナの方にもチラッと目をやりながら、
「まあ、人にはそれぞれ趣味があるから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。でも、お姉さんのリナさんは、僕が教えた曲名とかをメモして、こうして伝えてくれてた。あなたも、テープに録って聴いていた。その真面目さが、すごくうれしい」
タダシは、またもや黙ってしまった。
もっとも、不快そうではない。むしろ、面と向かって「うれしい」と言われ、どう反応すればいいのか、困っている様子だ。
確かに、小学生には、ちょっと返答が難しいかもしれない。
すると……。
「初めて、名前で呼んでくれましたねえ」
リナが、面白がるように口を挟んできた。
マサトは、
「えっ?」
「私のこと、リナさんって呼んだでしょ、今さ。いつもは、最相さんって呼ぶじゃん」
にこにこするリナ。からかっているのか、喜んでいるのか、よく分からぬ。あるいは、弟の沈黙へのフォローであろうか。
マサトの唇から、思わず、フフッと照れ笑いがもれた。
「な、何言ってんだよ。しょうがないだろ。ここじゃ、今、僕以外、全員、『最相さん』なんだから」
その時、マサトの背後で、人が入ってくる気配と、女性の明るい声がした。
「そう、私も『最相さん』だねー」
「!」
振り向くと、リナの母親が、飲み物を載せたお盆を持って、笑顔で立っていた。
「とりあえず、アイスティーをどうぞ。あと、お菓子もありますから。今日は、ゆっくりして行ってね」
恐縮し、
「ありがとうございます」
思わず背筋を伸ばし、体ごと後ろに向き直ってから、マサトは頭を下げた。
【続く】
「ミュージレコ」って、いかにもありそうな名前ですよね。
しかし、ググったら0件。おっ、結構、悪くないネーミングセンスかしら(笑)。
元ネタは、「ミュージ郎」です。
同じ文化系の部活でも、音楽部は「楽器が弾ける」ってのがあったでしょう。
でも、放送部は、いつも部屋でゴロゴロして、たまに機材を運んでるだけ、というね。まあ屈折してたよね(苦笑)。




