6 ヒロインが出てこない人生
手のひらサイズの女性は、間をあけずに返答した。マサトに、半端な期待を持たせないためかもしれない。
「済みません、それも不可能です。私どもが魔力で操作できるのは、主に時間だけ。タイムリープ開始までに本人の頭に蓄積された記憶は、時代を逆行しても消えませんし、消せません。そもそも、それではリープの意味がないですし」
「なぜですか」
「この世界にたった一人だけ、タイムリープ以前の記憶を持った者が、言わば『異物』として新たな次元へと突入するからこそ、時空を後ろへ動かせるのです。何も変更がない状態では、時空は固まっているため、いかなる魔法でも戻すことは出来ません」
マサトは少し、ひらめいて、
「……よく分からんけど、魚が一匹、水の中から跳ねて、川の流れを後ろへ戻るみたいなことかな。魚が水の外に出ない限り、川全体に変化は起こらない……」
小さな女性は、うなずいてほほえむ。
「絵としては、イメージしやすい例えかもしれませんね」
互いに、三秒ほど見つめ合う。出会ってから、初めて、この小さな女性に少しだけ共感できた気もした。
が、だからといって、マサトの言い分は変わらない。
「でもね、それを踏まえても、なお、あなた方のやり方は間違ってると言わざるを得ない。人生は一度きりで、時間は止まらない・戻らないからこそ、尊いんですよ。僕の人生は、アラサーの時に正社員になった瞬間がクライマックス。ここが名場面。そして、僕の人生にヒロインは登場しない。まあ、物語としては相当に地味だし、つまらないでしょうよ。だけどね、そんなつまらない物語でも、主人公は僕なんですよ。本人は、現実と折り合いを付けながら、自分なりに納得して生きてるんです。あなたのやってることは、それを茶化す行為ですよね」
「いや、茶化してはいないかと……」
「茶化してるじゃないか! 何がタイムリープだ!」
こらえきれず、マサトは怒鳴っていた。
一分弱の沈黙のあと、手のひらサイズの女性は、羽根を振って浮かび上がり、立ったマサトの目の高さで静止した。
「いずれにしましても、おわびすべき点は謝罪しましたし、御説明すべきこともお伝えしましたので、私はそろそろ失礼しますね」
ここまで言った時、小さな女性の表情は変わり、哀れむような笑みを浮かべて、先を続ける。
「あと、一方的に言われっ放しなのはシャクですので、私からも、マサトさんに一言、物申してもよろしいですかね?」
【続く】
次回、妖精の痛烈な反撃。