59 男からはしにくい注意
相手がどう出るか、ちょっと読めない。
が、既に、前置きは終わってしまった。
(さっさと、本題に入らなければ!)
もし、先にリナがしゃべって、話題を変えられてしまっては、台無しである。
「コホッ」
せき払いを一つしてから、マサトは、電車の走行音に紛れ込ませるように、リナの耳もとでぼそっと、ただし、ゆっくりとささやく。
「――まあ、中にブルマーとか体操服とか着れば、見えちゃう心配はないか」
「えっ?」
リナは、とっさには意味をつかめなかったようだ。小首をかしげて、マサトを見上げる。
とはいえ、一瞬の後には、マサトの意図を把握したようだ。
話の展開として、短いスカート、見えちゃう、と来れば、おおよそ、言いたいことは伝わるはずである。
「――」
しかめっ面、恥じらい、ニヤニヤ笑い。リナの表情は、たった一秒ほどで、三段階も変化した。
ヌフッと笑い、
「鈴坂セーンパイ」
わざと唇をゆっくり動かして、ねっとりと、リナは名前を呼んでくる。
「はっ、はい」
返事が、敬語となってしまった。不覚である。
「もしかして、塾のとき、いつも私のパンツ……」
「――いや、いや、違うから!」
マサトが焦ると、
「えー? 何が違うんですかあー?」
リナが、意地悪くほほえみかけてくる。
慎重にソロリ、ソロリと積み上げてきた建て前を、一気に突き崩されてしまった感じである。
せめて、たとえウソでも、パンツは見ていないと言い張らないと、不利な展開になりそうだ。
いや、不利というより、リナを傷つけないためにも、だ。
実際、リナの顔は赤みを帯び、上気している。一見、余裕で茶化しているような態度であろうとも、実は今、内心はかなり恥ずかしいはずだ。
マサトは、
「ごめん、ウソじゃないんだ。そんな、ジロジロ見てたわけでもないし……。ただ、畳に直接座っているわけだし、これからのことも考えると、もう少し気を付けた方がいいかも、ってさ」
リナは、何も言わない。怪しむ目つきで、軽くジーッとにらんでくる。
顔立ちが整っているので、そういう無言の圧力も美しく、いちいち「決まる」。リナの美少女ぶりに、マサトは少しゾクリとしてしまう。
「……すっ、少なくとも、今までは見えちゃ、いなかったさ。本当だよ」
念を押すマサト。
「――」
リナの、下ろした長い黒髪。
外の明かりが、車窓から差し込んで、列車の走行に合わせて横切る。それと共に、リナの髪に、キラッと光の輪っかが映り込んでは、消えた。
「――まあ、いいか。見てないってことで、信じてあげましょう」
と、リナは両腕を、吊り革から一瞬だけ下ろし、腰に当てて、ヒョイっと背伸びをし、気取ったようなふくれっ面をした。
(うわあ……)
まるで、美少女アニメばりのかわいさであった。マサトは見とれてしまう。
「ありがとう……」
ホッとしたマサトが、礼を述べ、きれいに終わらせようとした時、リナが割り込んできた。
「でも、今日のパンツは、見られてもセーフかも」
今度は、妙にニヤついている。
(この話題、まだ続くのかよ)
心の中でボヤきつつ、
「は? ど、どうして?」
「黒いやつなの」
「そっ、そうなんだ」
リナはこっくりして、
「白とかピンクだと、生々しいでしょ」
「生々しい、って……」
「ね、いかにも下着って感じでしょ」
「んー」
どう答えたものか、マサトは困ってしまう。前回は、白にイチゴ柄だったのだ。そのせいでもある。
「しかも、今日のは、トカゲのイラスト入りだし。セクシーより、お笑い系なの」
それを聞いたマサトは、同じセリフを繰り返す。男としては、他に言いようがないだろう。
「そうなんだ」
マサトの目が泳ぐ。
「あっれえー、もしかして知ってましたあ?」
目ざとく、リナが問いかけてくる。
(見抜かれたか……。フッ)
もっとも、もう、マサトは動じない。
既に、冷静さは取り戻している。マサトの「中身」は、うぶな少年ではない。ずる賢い中年男性なのだ。
幾ら、リナが美しくて頭が良くても、しょせんは中学二年生。いつまでも振り回されるほど、マサトもナイーブではない。良くも悪くも、だが。
(ふーん。鋭い子だなあ。というか、実は僕がパンツ見てたことも、ある程度はバレてるんだろうなー)
と分析する。
ただ、仮に分析どおりだったとしても、マサトに道義的な罪や責任は、さほどない。スカートの中を、悪意を持って積極的にのぞき込んだというわけではないからだ。あくまで、塾での通常授業中の出来事にすぎず、原因もリナにある。
強いて言えば、初回で指摘すべきところを、黙ってスルーしていたのは問題かもしれぬ。ただ、男に、しかも中学生に、そこまで要求するのは酷というものだろう。
そんなことを考えながら、優しい声音でマサトは答える。すっかり「四十代」の、たしなめる口調になっていた。
「見てないって言ってるでしょ。あとね、駄目だよ、公共の場で、女の子があんまり無防備に、下着の話とかをしちゃ」
「んっ。……っ。――はーい」
リナは、何か言葉を飲み込んでいる気配だったが、あきらめのようなため息をもらすと、素直に応じた。
マサトの表情の奥から、「中学生離れした」迫力を、敏感に感じ取ったのかもしれない。
うまい具合に、電車も駅に着いた。
先に降りるのはマサトだ。東京都に住むリナは、このまま乗り続ける。
ドア越しに、軽く手を振り合った。
さて。
それからというもの、秋月塾では、リナは座り方に気をつけるようになった。
ただ、スカートの中に、「チラ見え防止」用のブルマーなどを履くようにしたのかは、分からなかった。
というのは。
まず、スカート丈がやや長くなったのだ。放課後に短く巻くのを、少なめにしたのだろう。
また、リナが、別人のように品の良い座り方となり、スカートの中を見せなくなったからである。
あぐらも、立て膝もやめていた。立ち上がる時にも、脚を斜めの角度にして、膝の正面を相手に向けなくなった。
マサトは舌を巻く。
(大したもんだ。オフィスの大人の女性でも、ここまで脚さばきのきれいな人、いないぜ……)
中学二年生の子供が、これほど短時間で、自らの行動を完璧に修正できるものであろうか。
(きっと、最相さんは、僕とは頭の出来が違うんだろうなあ)
少々、打ちのめされるマサトであった。なお、「最相」は、リナの名字である。
有名な名門校に受かるのだから、この程度の応用力・適応力など当然なのだろう。きっと、親の社会的地位も高く、実家も裕福であるに違いない。
(嫌な言い方だけど、人種というか、ヒエラルキーが異なる連中らしいね。まあ、秋月塾に来なければ、出会えなかったタイプの人間だわな)
そして、実に意外なことだが、その「裕福な御実家」を自分の目で確かめる機会は、すぐに訪れた。
ほどなくして、リナから誘いがあったのだ。何でも、弟がマサトに会いたがっているというのだ。
「弟さん?」
「はい。三歳違いなんですけど。鈴坂先輩のことを何度か話したら、ぜひ会ってみたいって」
と、リナはうなずいた。
「どうして?」
「どのジャンルの音楽にも詳しいのが、超すごいって。話を聞きたいって言ってるんです」
【続く】
下着丸見えはまずくても、シャツなどに多少透けてる程度なら、毎日着替えてる女性本人が気づいてないとも思えませんから、「多少見られても、別にいいや。透けるのをゼロには出来ないし」辺りが、女性陣の平均的な本音なんじゃないかなあと、私は思ってるんですけどね。
となると、我ら男性は、見て見ぬ振り・ただしジロジロ見ない、ぐらいが正解な気がします。
本人に言うのは勇気が要るし(しかも、『知ってるよ! 余計なこと言うなよ』だったら、勇気の出し損ですし)、「代わりに、他の女性から言ってもらう」ってのも、ちょっとハードル高いですよね。




