55 社会経験が通用しない科目
数学の補習は、同日の放課後、予定通りに行われた。
場所は、二階の職員室付近の、空き教室である。
広さも造りも、普通の教室と変わらない。
恐らくだが、昔、もっと子供が多かった時代には(例えば団塊ジュニアなどである)、実際に使われ、クラスの割り当てがあったのではないだろうか。
今は、机と椅子が四席分、並べてあるのみだ。がらんとしている。
マサトと沢村先生の一対一の授業は、教師のユーモアや冗談などは特になく、淡々と進んだ。
ただ、最後に、沢村は厳しいコメントをしてきた。
「なあ、鈴坂、なんか、君は最近、学校生活が充実しとるようだなあ。放送部でも個性を発揮してるみたいだし、今日のオムレツにしてもそうだし、あと、まあ、他の奴がいないから言うけど、ケイコちゃんとの交際も順調みたいだしさ――ま、最後のは余計か。とにかく、最近、三Bの鈴坂君は、いい感じだよねと、職員室でも話題なんだよ」
こんな褒め言葉は、「一回目」の中学校生活では言われたことがなく、うれしい。
もっとも、よもや、これが本題ではあるまい。話の流れ的に、明らかに「前置き」っぽいので、
「そうなんですね」
マサトは、無難な相づちで受け流した。
予想したとおり、用件は次だった。説教であった。
「だけどな、肝心の勉強がおろそかになっては、本末転倒だろ。今、補習をやってても思ったが、鈴坂、お前、数学の理解度が落ちてるぞ。二年生の終わりまでは、成績優秀とは言えずとも、一応、ついてこれてたよな? 四月の頃も、そんなに変な所はなかったはずなんだけどな。でも、問題は、そのあとだよ。急に、数学の公式は忘れるわ、教科書の例題は解けないわ、最近、どうしちゃったんだ?」
(あーあ、やっぱり、気づかれてたか。ごまかせないもんだな)
マサトはうめいた。理解度の低下は、まさしく、タイムリープして、マサトの「中身」が入れ替わった時期と重なる。無論、偶然の一致ではない。
タイムリープしてから半月が過ぎ、ひと通り、全科目の授業を二、三回ずつは受け、現時点の自分の学力は把握できつつある。
マサトの中身は、ごく平凡な「中年サラリーマン」である。学校で習う教科書的な知識を、業務で直接的に扱う機会はなかった。
一般論で考えても、知識人、高学歴でもない、その辺の四十代サラリーマンが、いきなり中学三年レベルの学力を測らされたら、どうなるかといえば。
恐らく、全科目で高得点を出せる者など、いないはずだ。
とりわけ、数学はすっかり忘れていてボロボロ、という人は多かろう。マサトも、そうであったのだ。
その一方で、社会人として、日常的に書類作成や、新聞・書籍の通読をしていれば、中学レベルなら何とかなる科目もある。
代表的なものは国語だ。小説と評論読解は楽勝だし、古文・漢文も、直感でやれば半分ぐらいは解けよう。
社会科の地理・歴史も、頭の中の知識を総動員すれば、最低ラインは超えられる。
また、マサトは「一回目」の人生で、正社員となってからは英会話を学習していた。
大して英語はしゃべれなかったが、それでも、中学英語程度なら対応できる。英作文で、多少、手こずるくらいだ。
それから、意外と使えるのが、社会人として積み重ねた人生経験であった。
特に、選択式問題。引っかけの選択肢は、「幾ら何でも、常識的にあり得ない、これはおかしい」と、結構な確率で見抜けるのである。
ところが、こういった「大人としての機微」が通用しない科目も存在する。
その典型的なものが、まさしく数学という教科なのであった。
高校受験も近い。
マサトにとって、数学が、次の大きな壁として立ちはだかっていた。
【続く】
作者は、社会人10年目くらいの頃、ふと思い立って、数学検定3級を受けたことがあります(何か、資格を取りたかったんです)。
中学3年生時代の自分なら、まず落ちないレベル。
しかし、いざ問題集を買って、やってみたら、全然解けない。
解の公式、球の体積の求め方、円周角の定理。みんな忘れてました。
結局、受かるレベルを取り戻すまでには、数か月の勉強が必要でした。
(学習は、仕事の休みに少しずつ、ではありましたけどね。)
一方、新聞に毎年載る、公立高校の受験問題。
国語の物語文読解は、スラスラ解けます。
英語は……まあ、物によりますな(笑)。
得たり、無くしたり、取り戻したり。
どの時代の自分も、きっと何かは持っていた。
全てそろってる年齢は、恐らく、ない。
タイムリープとは、その尊さに気づく旅なのでしょうか。
ってなことでして。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
春先の頃には、何らか、完結への道筋を付けられればと思っております。




