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今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第三章 成り上がりは 慌てず、浮かれず、ささやかに
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54 パンダエプロン

 ケイコの机は、教室の一番後ろの列である。

 席から立たずに、椅子の背もたれを後方へ傾けるケイコ。椅子の、四本の脚のうち、前二本が床から離れる。


(オイオイ、女の子が、そんなに股を開くなよ……)

 座ったままガバッと股を広げるケイコを見て、マサトはギョッとする。

 紺色セーラー服のスカートは長いので、すそは両の膝小僧に引っかかって、それ以上、後退はしなかったけれど。

 もしもミニスカートだったら、中が丸見えになっていただろう。お行儀のいい体勢とは言えぬ。


 教室の後ろの壁には、生徒のロッカーがある。真四角に仕切られた、ふた無しのタイプ。

 ケイコは、椅子を後ろへ傾けた状態で、上半身をぐるりとひねり、自分のロッカーから、白いきんちゃく袋を引っ張り出す。

(まったく。横着おうちゃくするなよなー。ちゃんと、椅子から下りて、取れよ……)

 なかば呆然と立っているマサトが、内心でツッコミを入れているうちに、ケイコはこちらへ向き直り、ガタンと椅子を元に戻す。

 おかっぱ頭の黒髪が、跳ね上がって、パサッと戻る。


 ケイコと一瞬だけ視線が合ったので、我に返ったマサトは、

「――いや、あのさ、御親切は有り難いんだけど、女子のエプ――って、聞いてる?」

 うつむいたケイコは、大きめのきんちゃく袋を机に載せ、中をまさぐっている。マサトの戸惑いなど、お構いなしだ。

 すぐさま、たたまれた布を取り出した。色は水色だ。恐らくエプロンだろう。


 マサトは息を整えて、ゆっくり、はっきりと言い直す。

 男子としては、言っておかねばならない点がある。女の子の服を、なし崩しに借りるのは、良くない気がする。

「男が、女子のエプロンを借りるのは、ちょっとまずいだろ」

 ケイコは、顔を上げて、こともなげに、

「なんで? だって、制服の上に付けるんだよ? 何が問題なの?」


「――」

 マサトの頭の中で、一瞬、良からぬ場面が浮かぶ。

 夜中に、ケイコのエプロンを抱きしめて、部屋で荒い息を立てている自分だ。

 本当に、こういうことを実行するかどうかは別にしても、である。男なら、冗談や漫画なども含めて、こういったシーンを知らぬ者はいまい。

(90年代の中三女子かあ。まだ、知らないんだろうなあ、このような世界があることを。いや、知ってて言ってる?)


 長く考えている暇はないので、オブラートにくるんで聞いてみる。

「何、って。井崎いざきさんは、抵抗、ないの?」

「別に?」

 そう答えるよりも、エプロンを投げよこす方が早かった。

(わっ! 投げるなよな)

 とっさに、マサトは両手を上げてキャッチする。青い布の、やわらかい手ざわり。

 と同時に、

(頭、切り替えるか。空気を読もう。時間もないしな)

 そのように判断して、

「――じゃあ、悪い、借りるわ。ありがとう。洗って返すから」

「いいよ、そのまま返してくれれば。家に、他のエプロンあるし、まとめて洗濯するよ」

「お前ら、夫婦めおと漫才は、もういいよ」

 男子生徒の田丸たまるが、少し離れた席から茶々を入れる。「ヒューヒュー!」という冷やかしも飛んだ。


 沢村が、太い人差し指でこめかみをコリコリとかいて、

夫婦めおとの意味、分かって言ってるのか、お前ら……」

 苦笑して、たしなめる。

「へえ……」

 マサトは、横目で密かに感心する。

 女性差別意識が濃いめだったこの90年代に(何せ、まだ体操服のブルマーが普通に残っているほどの時代なのである)、セクハラ野次に加担しないとは。

(沢村先生って、意外と良識派だったんだな)

 ちょっと見直した。


 もっとも、このころのB組においては、マサトとケイコは「仲の良い二人」というふうに認知されており、からかわれても、サラッと受け流せるようにはなっていた。

 実際のところは、タイムリープ初日から仲は大して進展しておらず、時々一緒に下校する程度の関係ではあったが。

 ただ、これでさえ、マサトの「一回目」の中高生時代には、全くなかったことである。


 マサトがエプロンを付けると、

「パンダかー」

 正面に、大きなイラスト。顔のアップだ。いかにも、女子中学生っぽい。

「似合ってるぞ」

「そう、そう」

 田丸のコメントに、ケイコも、きんちゃく袋を机の横に掛けながら、うなずいた。


 沢村は、

高安たかやす先生には、今から、俺が電話して、事情を説明しておいてやるよ」

 高安は、家庭科の教師である。女性。

「済みません」

 A組の成海なるみが、頭を下げた。


 成海と連れ立って、廊下へ出て、家庭科室へ向かう。

「そういや、卵は用意してあるの?」

 廊下を早歩きしつつ、マサトが尋ねると、

「もちろん。買ってあるよ。肉じゃがの材料とは別個にね」

「用意周到なこって」

「ふへっへ」

 横を歩く成海が、高い声で笑った。


 家庭科室に着くと、A組の生徒たちの拍手に出迎えられた。

 縦長の、広い室内。背もたれ無しの、丸椅子。各班のテーブルごとに、水道やガス台が備え付けられている。

 笑い声と共に、

「うわっ、本当に来た!」

「オムレツが来た!」

「成海、でかしたっ!」

 などと、適当なことを叫んで盛り上がっている。

 見たところ、どうやら肉じゃがはほぼ作り終わって、みんなで「特使」の成海が戻るのを待っていたようだ。


 高安先生が寄って来る。ラフなグレーのズボン姿。ミントグリーンのブラウスに、白いエプロン。後ろで結んだ髪、大きめサイズの眼鏡。

「済まんね、またオムレツがかりだねえ」

「係、って」

 マサトが笑う。

 高安の年齢は、タイムリープ前のマサトよりも少々若い、アラフォー世代か。こちらも、沢村とは方向性こそ異なるものの、細かいことにこだわらない性格の教師だ。

「しかも、今日、数学の補習まで受けるんだってー? 今、沢村先生から電話があったけどさ」

「そうなんですよ」

「なーんか、申し訳ないわねえ」

 高安は、唇をすぼめて、渋い顔。口紅の色は濃いめである。

 マサトは、「サラリーマン時代」に覚えたソフトな話し方で、

「いえ、いえ。人から必要とされるのは、有り難いことですよ」

 これ自体は、本音ではあった。

「聞いたか、お前ら。心して、感謝してオムレツ食べるんだぞー」

 高安が呼びかけた。

 家庭科室のあちこちから、「はーい」という歓声が上がる。


(はっはっはっは! かわいいなあ、こいつら)

 生徒たちの若さ・あどけなさに、内心、笑いそうになるマサトであった。この時は、「四十五歳」のおじさん目線となっていた。


「じゃあ、いっちょ、やりますかねえ」

 マサトは、前の方の、教師用の調理台に歩み寄って行く。

 そこには、フライパンや、パック入りの卵が、既に準備されている。

 拍手が起きた。

 高安先生も、ほほえんで、指先で小さく手をたたいていた。

 ふと、自分が付けたエプロンを見下ろすと、ケイコのパンダも笑っていた。

【続く】


女子としては、まだまだ無防備に・無邪気に振る舞いたい子供時代。

だけど、その時には既に、同世代男子の性的な興味は大人並み(もしかしたら大人以上)。


この非対称性・すれ違いは、今後も、青春物の小説・漫画等では、重要なテーマであり続けるのでしょうね。


学校や家庭での性教育・ジェンダー教育は大事だけれど、一方で、物語の果たす役割も、やっぱり大事だと思うのですよ。


ブルマーやセーラー服へのノスタルジア自体は、否定しません。

あとは、どこで線引きをするか。

その役を、主人公のマサトに託して。

令和から平成への、社会人タイムリーパーですから。


この作品で年越しとなりました。良いお年を。

来年も何とぞ、よろしくお願いいたします。

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