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今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第三章 成り上がりは 慌てず、浮かれず、ささやかに
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52 鈴坂君が欲しい、数学・家庭科、花いちもんめ

 「二回目」の中学校生活も、最初こそ、新鮮さや懐かしさがあったものの、人は、いずれ環境に適応してしまう動物である。

 半月も過ぎれば、マサトもすっかり慣れて、日々の授業も、無感動に受け流すことが増えてきた。ほとんど、タイムリープ以前の「一回目」を繰り返しているだけのような日も多い。


 だが、時々は、変わったことが起きる。

 五月中旬の、ある日の三時限目。数学の授業中。外は小雨である。


 三年B組の静かな教室の、前のドアが、不意に廊下からノックされた。

「済みません、今、いいッすか?」

 男子の声。だらけていた教室内の空気が、ザワッと乱れる。

(おっ、あの声はA組の成海なるみだ)

 マサトとは、小学六年から知った仲。どちらかといえば、お調子者だ。


 前の教卓付近にいた男性教師は、ムッとした態度で左のドアを見て、

「こら、何だ、今、授業中だぞ!」

 陽気な生徒が、数人笑う。


 この教師は沢村さわむら先生といって、髪は真っ白、小太りだ。

 「一回目」の中学時代では、マサトからは、おじいさん・老人に見えていた。だが、公立学校は基本的に六十歳定年制であるため、「おじいさん」が勤務していることはあり得ない。

 今、自分も「大人」になって、沢村先生を改めて見てみると、一見、老けてはいるが、せいぜい五十代前半である。


 横引きのドアがガラガラとあいて、成海が入ってきた。平均的な体格で、男子にしては髪が長めだ。

 授業中に、他クラスへと来ること自体が異様だが、もう一点、服装も変わっていた。学ランの上に、エプロンをしていたのだ。


 その格好を見た沢村は、状況を少し飲み込めたのか、

「なんだ、家庭科の授業か」

 顔をしかめているが、沢村の口調はそんなに怒ってはいない。いつも、ひょうひょうとしており、独特な教師なのである。

「はい。調理実習なんですよ」

 成海が、決まり悪そうにニヤッとして、ほほをかく。

「なんですよ、じゃねえだろ。授業抜け出して、何やってるんだ」

 手にしていた教科書で、沢村が成海の頭をパンと、軽くはたいた。


 成海は、教師の沢村の腕を、かいくぐるようにして、前の黒板の近くへおどり出て、

「実は、鈴坂すずさか君をお借りしたいなあ、と」

 まっすぐにマサトを見てくる。マサトの席は、前からニ列目、廊下側の方だ。タイムリープ後に、一度、席替えをしている。


「えっ、僕?」

 突然呼ばれたマサトは、席に座ったまま、思わず声を発する。

「俺たちA組にも、オムレツを作ってほしいなあ、と」

 と、成海。

 途端に、生徒たちがどっといた。

(ああ、はいはい、なるほど、そういうことね)

 マサトも、すぐに合点がいく。


「ああん? 何っ? どういうことだ」

 一人、沢村先生だけ事情が分からず、いぶかしげに、成海とマサトを見比べる。


 話は、こういうことであった。

 先週、家庭科の調理実習で、肉じゃがを作ったのだ。

 この時、家庭科室の冷蔵庫に、クッキング同好会が使い残した卵があった。

 マサトは、その卵を薄く焼いて、肉じゃがの材料の残りを、フライパンで包み焼きしたのである。

 こうして、手際よくオムレツを作り、B組の各班に一個ずつ、振る舞ったのだ。

 言わば、アドリブであった。無論、家庭科の先生の許可は取ったけれど。


 タイムリープする前、「一回目」の中学校生活では、マサトは料理ができず、調理実習も女子などに任せきりであった。

 しかし、「その後」、二十代の時に、洋食屋で調理スタッフのアルバイトをやった。この期間に修得した調理技術を、タイムリープ後に活かせたというわけだ。


 マサトの特製オムレツは、つまり、プロ仕様である。

 物すごくおいしい、とまで言えるかはともかく、できたてを中学生が食べたなら、それなりに感激させられる程度の仕上がりではあった。

 クラスメイトからは、「すげーな」「お前がこんなに料理上手だったとはな!」などと驚かれたが。タイムリープのことは秘密なので、マサトは、ただ笑っていたけれど。

 そのオムレツの評判が、どうやらA組にも知れ渡っていたらしい。


 マサトと、他の生徒数人が、家庭科でのオムレツ作りの一件を、口々に沢村先生に説明した。

 事情を知った沢村は、あきれたように、でも意外そうにフッと笑い、

「へえー、なーるほどなあ。そんなことがねえ」

 その直後、成海が両手を合わせて、

「なあ、俺たちにもオムレツ作ってよーん」

 マサトの席へと寄って来て、体をくねらせる仕草。

 パコン!

 と、その背後から、沢村が再び、教科書で成海の後頭部をはたく。周囲が笑う。

 椅子に座ったマサトは、成海を見上げ、

「あのなあ。今は数学の授業中なんだよ、僕ら。常識を考えろよ。今から家庭科室に行けってか? そんなの駄目に決まってんだろ」


 ところが。

「いや、別に、いいよ」

 沢村が、けろりとした顔で言ってのけた。

「いいのかよ!」

 思わず、敬語も忘れて、ツッコむマサト。

 クラスが爆笑となった。


 白髪頭の数学教師、沢村には、こういう、型破りな一面がある。生徒からも、なかなかの人気だ。

 中学校では、既に教頭先生に次ぐ地位でもあり、他の教師も、多少は煙たがりながらも、黙認していた。

「ただし、一つ条件があるぞ」

 と、しわがれた声で、沢村はマサトを見つめてきた。

「!」

 目が笑っていない。

(こいつはどうやら、俺にもオムレツを食わせろとか、そういうふざけた内容じゃなさそうだな。何だろう?)

 「大人」のマサトにも、沢村の意図が読めず、緊張して次の言葉を待つ。

【続く】


クリスマス前でもありますから、暖かくて明るめのお話を書いてみました。


タイトルは、俵万智さんの、大好きな句を思い出しながら付けました。

誰かから必要とされるのって、素敵なことです。


本作の学校場面は、作者の学生時代の思い出が下敷きになっているものが割と多いんですが、今話は、完全なる創作です。

さすがに、授業中に他クラスの授業へ「出張」した経験はありません(笑)。


ただ、沢村先生のモデルはいます。

奇をてらって、生徒の困惑した反応を見て、ひとり悦に入っている所が、作者はちょっと鼻について苦手でしたけどね。


でも、いつもダンディーで、幸せそうな妻子もいて、うらやましかった。

今思えば、男として嫉妬する気持ちもあったのでしょうね。


当時、作者が片想いしていたクラスメイトの女の子も、この先生のファンでした(笑)。

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