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今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第三章 成り上がりは 慌てず、浮かれず、ささやかに
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51 父子サラリーマン対決

 説得の「助走」は済んだ。父親相手に、うまく走り抜けたと思う。

 さあ、ここからが本題となる。


「それで、僕が出した結論としては、お父さんや奈波なわ君が、例えば――あくまで、例えばだよ? 一時間で英単語を五十個覚えられるとしたら、僕は二十個しか覚えられないんだ、ということ。あるいは、授業の説明を一回聞いただけで理解できる子と、数回の説明を要する子――僕はもちろん後者なんだけど――その差もある。脳の処理能力が違うんだよ。そうなると、簡単には追いつけない。むしろ、日数が過ぎれば過ぎるほど、学力の差はどんどん広がるんだよ」


 目の前に座る父は、渋い表情だが、マサトの発言に対し、反論はしてこない。

 言いたいことはあるけれど、ひとまず話を聞こう、という姿勢なのだろうか。


 マサトは、落ち着いた口調で、

「今言ったように、だからって、受験勉強をしないわけじゃない。ただ、将来の職業選択ということを考えた場合、学歴一本に絞るのはリスキーな気がするんだ。もう少し、能力に幅を持たせたいというか。努力を分散させるんだ。そうしておけば、つまずいた時にも、ダメージが少ないと思うんだよ」


 父は、「うーむ」とうなって、腕を組む。が、なおも、口を挟まない。

 マサトが、静かに続けていく。

「今回、せっかく、運良く宝くじが当たったんだから、これは、チャンスだと思うんだ」

「チャンス、か……」

 ぼそりと、父はつぶやく。

 うなずいたマサトは、

「ああ。ただ貯めておくだけじゃなくて、金銭感覚とか経済観念を身につけておくためにも、少しずつでも株を買って、社会勉強をしておきたいんだよ」


 父は、組んだ腕をほどかぬまま、頭を斜めに傾けて、一言、

「うーん。そうねえ。社会勉強には、なるかなあ……」

(おっ! あと、ひと押し!)

 マサトは、ここで勢いづいたり、語気を強めたりすることなく、あえて黙った。

 調子に乗っているなあと、父から思われないためにだ。

 息子として、父親への敬意もあった。また、タイムリープ前の社会人としての経験を踏まえた、マサト流・交渉術でもあった。

 これは、時空を超えた、父子の「サラリーマン対決」とも言えた。


 間を十分にあけてから、マサトはゆっくりと切り出す。

「買う時には、もちろん慎重にやるよ。株価が気になって、勉強がおろそかになったりしないように、特定の銘柄を偏って買うようなことはしないし」

「ほう。じゃあ、どうやるの?」

 試すような、眼鏡越しの上目使い。

(おお、さすが親父だ)

 なかなかの眼光である。

 ブルッ。

 マサトの背筋が、かすかに震えた。たとえ「年下」とはいえ、これが父親の威厳というものなのであろう。


 もっとも、「大人を相手に話している」こと自体へのプレッシャーはない。年齢的には対等であり、むしろ自分の方が上回ってすらいるのだから。

 マサトは、父の視線をまっすぐ受け止める。

「少額から始める以上、まあ最初からは難しいかもしれないけど、将来を見据えて、なるべく広く浅く、様々な企業の株を、細く長く持ち続けようと思ってます。年単位でね。そして、取引の状況は、逐一ちくいち、お父さんに報告し、相談するつもりです」

 再び、しばしの沈黙。

 置き時計の秒針の音と、タバコの残りが、部屋の空気に満ちる。


 やがて、父はおもむろに口を開いた。

 厳しい雰囲気は、やわらいではいない。だが、はっきりと微笑していた。

「――分かった。そこまで考えているのなら、いいだろう。細かな方法はこれから決めるとして、とりあえず、株を買うことは許可しよう。くれぐれも、慎重にな」

(よおっし!)

 内心、ガッツポーズをしつつも、マサトは神妙に頭を下げて、

「はい。どうもありがとう」

(結構、手強てごわかったなあ。人の親ってのは、やっぱり重いんだな)

 心の中で、しみじみと言い足すマサトであった。


 父は、机上のタバコの箱をガサガサと触って、中身を一本取り出し、ライターで火をつけながら、

「いつの間にか、随分と大人になったもんだな、マサト」

「そうかな」

 父は首肯しゅこうして、横向きで煙をそっと吐いてから、

「大したもんだ。なんか、頼もしくて、年上と話してる気分にもなったよ」

 マサトは、少しだけギクリとしたものの、

(まあ、さして深い意味はない、ほんのお世辞、軽口のたぐいだろう)

 と判断し、

「いやいや。何言ってんのさ。まだまだ、まだまだ、父は超えられないさ」

 無難なコメントで応じた。

 ただし、言った内容は本音ではあったけれど。


 こうして、父親の監督のもと、マサトは株を買い始めた。

 タイムリープしてくる前も、マサトには株式を取り扱った経験はなかったし、特に専門知識もなかった。

 しかし、「この先、三十年」で、少なくとも潰れない企業、大きくは傾かない企業ならば知っている。それらの株を選んで購入し、手堅く持ち続けた。


 結果、ゆるやかではあるものの、マサトは確実に、手持ちの資産を増やし続けていくこととなるのだった。

【続く】


作者は株のことには詳しくなくて、本稿の執筆に際して、少し調べてみましたら、少額で地味に株が買えるようになったのって、実はこの物語の舞台である1990年代辺りみたいですね。


いずれにしても、資金10万円では大した株取引は出来ないらしい。そうなのかー。

そこはまあ、フィクションですので……。

でも、いきなり「マサト、大もうけ」のような展開は、どうやら厳しそうな感じですな。

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