5 勝利ではなく、負けながら手に入れた物
手のひらサイズの女性はうなだれて、
「私たちが、人間と接触するのは、数十年に一回です。前回までは、会社員なんて夢がなくて嫌だ、という人が多かったのですけど。今や、そうではないのですね。リサーチ不足だったようです……」
だが、このあともしばらく押し問答を続けたものの、やはり、あすのタイムリープは不可避であるらしい。
そこで、マサトは切り出した。
「……じゃあ、せめて、記憶を消してもらえませんかね。タイムリープ先の時点の、それ以降の記憶を全て消してほしい」
「なぜでしょうか?」
「言うまでもないでしょう。モチベーションを保てないからだよ。僕が受験に失敗して、アルバイトを転々として、最終的に正社員になったのは、あくまでも結果論にすぎない。一回一回は、未来の見えない中で、僕なりに懸命に頑張ってきた、その積み重ねなんですよ。しょぼい結果かもしれないけど、決して、遊びながら、ふざけ半分でやってたわけじゃない」
マサトは、深呼吸を挟んで、更に説明する。
「でも、どうせ落ちると分かってて、受験勉強に打ち込めますか? 無理でしょう。いずれ数年後に正社員になれるんだと思いながら、理不尽なきついアルバイトに精を出せますか? 絶対、気が緩んで、油断しちゃいますよね。で、結果的に、行き着く先は、タイムリープ前の一回目より、かなり下になってしまう。だから、お願いします、リープ先の、その後の記憶を消してください! しょぼい未来の情報があっても、気が散るだけなんだから」
【続く】
「試験には受からなかったけど、勉強したことは無駄にはならない」
「試合には勝てなかったけど、練習は身についた」
「恋人はできなかったけど、何人もアタックして、人間的に成長できた」
……言葉としては美しいし、実際そのとおりなんでしょうけど、だからといって、同じ道をもう一回たどるのは、きっと誰だって嫌ですよね。
負けながら手に入れた物を、もう一度手に入れる難しさ。
文学が引き受けるべきテーマかもしれない。
というわけで、次回もお楽しみに!