49 大予言 華やかなりし頃
マサトが、三十年前へとタイムリープをしてから、およそ一週間が経過した。
家族との交流にも、学校生活にも徐々に慣れて、戸惑う回数が減っていった頃。
月が変わり、五月となった。
(さあ、勝負の月だぜ……!)
マサトの気合いが入る。直ちに、宝くじを買いに行かねばならない。
タイムリープ前、当せん番号を覚えてきたからである。未来の有力情報だ。
四けたの数字を自分で決めて、組み合わせる方式。この年の五月の、最初のニ回分を、マサトは覚えてきている。
顔などを知られぬように、二回の宝くじは、別々の売り場で購入した。さらに、念には念を入れて、近い番号のくじも数パターン作り、わざと「ハズレ」も買った。いかにも、偶然に的中したかのように偽装したわけである。
後日出た結果は、とんでもないものであった。
当せん金は、一回目が二十万円。二回目が、十八万円。
金額が一定でないのは、当せんの口数によって、変動するからである。形式は、配当金。言わば、山分けであった。
「あちゃー」
マサトは頭を抱えた。
(こんな大金が当たるなんてなー。もっと、ささやかな額でよかったのに。二、三万とかさ……)
親に内緒で、へそくりを得ようというもくろみは、あっさりと崩れてしまった。
当然だが、これほど高額な当せん金を、未成年が引き換えることはできない。
一応、売り場や銀行で聞いてみたが、やはり、ほとんど門前払いであった。保護者同伴が大原則。
(仕方ない、親父に話そう)
話がややこしくなるおそれもあるため、できれば、親には内緒で現金化をしたかったが、無理そうだ。
父に頼んで、二つの当たりくじのうち、二十万円の方を、ひとまず引き換えることにした。
もう一方の十八万円は、当たったこと自体を秘密にしようと決めた。
理由は、二連続で当たったと告げたら、父親が不審に思うだろうからだ。今まで宝くじなど全く買わなかった息子が、たまたま宝くじを二度買ったら、どちらも大当たり。出来過ぎであり、ちょっと、あり得ないことだ。
もちろん、冷静に考えれば、宝くじに不正行為など、やりようがない。偶然の一致以外に、論理的な解釈はない。
だが、不自然な結果であることも確かであり、家族に変な違和感や疑念を持たれたくはない。
(最悪、将来的に、タイムリープがバレる遠因になるかもしれんしな。そこまでは行かなくても、こいつには予知能力があるとか、悪魔がとりついてるとか誤解されても、厄介だしなー)
何しろ、今は世紀末でもあるのだ。
かのノストラダムスが人類滅亡の時だと予言した「1999年7月」も間近に迫っていた。人々は、「まあ、予言は当たらんだろう。でも、もしかしたら……」と、心のどこかに引っ掛かってはいたのである。
そういった時代背景もあり、超常現象、オカルト分野も、大衆にとって「それなりに信用できるジャンル」という扱いなのであった。
後の、ミレニアムや令和の時代には考えられないことではあるけれど。
まだインターネットが普及しておらず、テレビ、新聞・書籍の影響力が絶大だったという事情も、関係していよう。
見方によっては、このころの人々は、素朴でロマンチックだったのかもしれない。
いずれにせよ、以上のようなわけで、超能力とか、霊的なものを匂わせるのは危険であった。
宝くじは、とりあえず一枚のみ引き換えた方が無難だ。マサトは、そう結論づけた。
(別に、鈴坂家がお金に困ってるわけではないのだし、たとえ十八万円を捨てることになろうとも、ここは、安全な学生生活の方を取ろう)
それに、当せん金の引き換え期限は、丸一年あるのだ。
いずれ、当たりくじの有効な使い道を何か思いつくかもしれない。焦る必要はなかろう。
【続く】
作者も、受験勉強で進路を選ぶ際に、「仮に1999年に戦争が起きたら、文系よりも理系の方が、徴兵は後回しで済むかなあ」などと、頭の片隅でちょっとだけ思ってましたからね。
あの時代の独特の空気感は、今のお若い方々には、うまく伝わりにくいものがあります。
当時、サブカルや創作物をたしなんでいた子供、若者が、ノストラダムスを避けて通ることは、ほぼ不可能だったのではないでしょうか。




