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今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第二章 タイムリープ初日【マサト15歳・西暦199X年4月某日】
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48 風も走る家路

 抑えめの声で、バズー爆銃ばくがんのヒット曲を、マサトは歌う。激しめのロックナンバーだ。


  誰もが思い描いた 全てのあすを持ち寄り

  時代に夢を名づけて はるかな空を仰いだ


 てっきり、横に立つケイコも、途中で一緒に歌ってくれるかと思ったのに、そうではなかった。

(何だ、冷たいなあ)

 隣を見ると、自転車を支えたケイコが、瞳を見開いていた。

「いいじゃん! それ、何ていう曲?」

 明らかに、初めて聴いたという表情。

「!」

(げえっ……)

 マサトはきもを冷やす。


 考えてみると、これは、タイムリープ前の「一回目」の人生で、大学受験の頃にリリースされ、自分を奮い立たせていた歌である。

 すなわち、発表は三年後。現時点では発売されていないのだ。

(やべえ! まだ、この世に存在してない歌を歌っちまった!)

「……あっ、いや、ほ、他の歌手と間違えちった!」

 とっさにごまかし、慌てて、別の歌を歌うマサト。

 次は、慎重に、バンド初期のヒット曲を選ぶ。こっちは、今の時点でも絶対に発売済みだ。


  君が走れば 風も走る……


 すると、今度は、ケイコもすぐに反応してくれた。

「それは知ってるー!」


 ミディアムテンポの作品である。

 顔を見合わせ、もう一度、仕切り直す。二人で、声をそろえて歌う。

 マサト同様、ケイコも声は低いが、そこはやはり女の子、声質はやわらかかった。マサトは、声変わりをもちろん終えており、かすれた低音。

 生の歌声が重なると、気持ちがいい。


 外したプルタブを中に入れた、スポーツドリンクの空き缶を片手に持ち、ケイコは、マラカスのように振って、カラカラと鳴らしてリズムを取る。


 グラウンドから吹いてきた風が、土の香りを運ぶ。

 辺りの草は、夕日を斜めに浴びて、ネオングリーンに染まりながら、さらさら揺れた。


  君が走れば 風も走る

  もし君が笑えば ほほえむ

  それはいつかの 夢の続き

  抱きしめても足りない いとおしいときめき


  空は夢までの 君の羽を待つ

  空は夢までの 君の羽を待つ

  ……


 もともとは、夢を追う青少年への応援歌として作られた歌である。もう一回、「少年」として歌っている自分。

 世間の苦さ、人生のっぱさを、既に知ってしまったマサトである。夢そのものは、もう、よみがえらないとしても、だ。

(いいじゃねえか。今、この瞬間は本物なんだぜ)

 歌い終えて見上げれば、深みを増したあい色の空に、一番星が輝きだしていた。

(出来過ぎだろ)

 マサトがフッと笑った。

 タイムリープをしてきたとはいえ、こういう時間をもう一回再現することは、もはや難しいだろうなと思った。


 グラウンドのエリアを抜け、歩道へ出たところで、自然に解散となった。

「いやー、今日の放課後のひとときは、もしかすると人生で一番楽しかったかもしれない」

 感極かんきわまったマサトが、かたわらで自転車にまたがるケイコに告げた。

 ケイコは、ヘルメットのひもを締めながら、カカカッと笑う。薄暗い歩道で、白い歯が浮かび上がる。

「人生、って。うちら、まだ十五年くらいしか生きてないでしょーが」

「そうだけどね」

 と、マサトはしみじみ答えた。

 「人生で一番」の言葉の重みは、今、この世界でマサトにしか分かり得ないのだ。


「あと、自転車のタイヤを汚すことになっちゃって、ごめん」

 と、マサトが付け加えると、

「これぐらい、大した泥じゃないよ。家の周りに比べればね」

「もっとすごいの?」

「畑とかだからね」

「そうか」

「うん。……じゃ、明日また学校でね。スポーツドリンク、ごちそうさまでした」

 ケイコは、スカートの後ろを伸ばして、サドルの上に載せ、自転車に座る。

「ああ、また明日」

「バイバイ」

 軽く片手を振り、ケイコは一気に自転車を発進させ、道路を走り去っていった。

 さすが陸上部と言うべきか、力強い加速だった。すぐさま、他の自動車のライトに紛れて、ケイコの後ろ姿は見えなくなった。


「さて、僕も帰るか」

 マサトはつぶやいて、家の方へ歩き出す。

(帰ったら、まずはアイリにナプキンを渡さないとな。……あっ、そうだ)

 ふと、マサトは、ある思いつきをする。

(生理が来て、大変でした、御苦労さまってことで、ケーキでも買ってあげるか)

 家の近所に、小さなケーキ屋があるのだ。たしか、主婦が趣味の延長で始めた店で、万人受けする味とは言えず、マサトは余り好きではなかった。

 だが、そこの焼き菓子のチーズケーキは、小学生時代のアイリの大好物だったのだ。当時、マサトは味が濃厚過ぎると感じたが、「それがたまらないんじゃん!」とはアイリの弁だった。


(あのチーズケーキを買って帰るか。ただし、ナプキンと一緒に渡すのもアレだから、ケーキは夕食後に渡そう)

 空には星が増え、西の遠くに、かすかなオレンジ色が残るのみだ。

 今頃、家では、母が夕食を作り、アイリが入浴中、といったところか。

 夕食は、マサト・母・アイリの三人。途中で母が抜けて、夜勤へ行く。父は、夜遅く帰宅する。これが、平日の基本パターンだ。

「学校生活の次の、タイムリープ・ミッションは、家族団らん、だな」

 きっと、家族内での習慣や、しきたりでも、忘れているものは色々あるに違いない。不安なのは確かだ。


 だが。

(大丈夫。思い遣りを持って、前向きに、誠実に接すれば、きっと何とかなるさ)

 今日、一日にくぐった数々の場面が、そのことをまさに証明していると言えよう。

(早く、アイリに会いたいな。お母さんにも。そして、タイムリープ後にはまだ会っていない、若いお父さんにも)

 マサトは家路を急いだ。

 羽織った学ランがはためく。

 体の周りで、はしゃぐように風も走っていた。

【続く】


第一部完、といったところでしょうか。


切りもいいですし、ここで完結させちゃった方が、たくさんのアクセスをいただけるかなあ、という計算が働かないことも、なかったんですが。


この物語で書きたいことが、もう少し残っておりますので、あとちょっと、続けようかなと考えています。


文庫本一冊が、だいたい12万字だそうですから、現時点で6万字超え、じゃあちょうど半分まで来たのかもしれないなあ、などとも思っています。

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