48 風も走る家路
抑えめの声で、バズー爆銃のヒット曲を、マサトは歌う。激しめのロックナンバーだ。
誰もが思い描いた 全てのあすを持ち寄り
時代に夢を名づけて はるかな空を仰いだ
てっきり、横に立つケイコも、途中で一緒に歌ってくれるかと思ったのに、そうではなかった。
(何だ、冷たいなあ)
隣を見ると、自転車を支えたケイコが、瞳を見開いていた。
「いいじゃん! それ、何ていう曲?」
明らかに、初めて聴いたという表情。
「!」
(げえっ……)
マサトは肝を冷やす。
考えてみると、これは、タイムリープ前の「一回目」の人生で、大学受験の頃にリリースされ、自分を奮い立たせていた歌である。
すなわち、発表は三年後。現時点では発売されていないのだ。
(やべえ! まだ、この世に存在してない歌を歌っちまった!)
「……あっ、いや、ほ、他の歌手と間違えちった!」
とっさにごまかし、慌てて、別の歌を歌うマサト。
次は、慎重に、バンド初期のヒット曲を選ぶ。こっちは、今の時点でも絶対に発売済みだ。
君が走れば 風も走る……
すると、今度は、ケイコもすぐに反応してくれた。
「それは知ってるー!」
ミディアムテンポの作品である。
顔を見合わせ、もう一度、仕切り直す。二人で、声をそろえて歌う。
マサト同様、ケイコも声は低いが、そこはやはり女の子、声質はやわらかかった。マサトは、声変わりをもちろん終えており、かすれた低音。
生の歌声が重なると、気持ちがいい。
外したプルタブを中に入れた、スポーツドリンクの空き缶を片手に持ち、ケイコは、マラカスのように振って、カラカラと鳴らしてリズムを取る。
グラウンドから吹いてきた風が、土の香りを運ぶ。
辺りの草は、夕日を斜めに浴びて、ネオングリーンに染まりながら、さらさら揺れた。
君が走れば 風も走る
もし君が笑えば ほほえむ
それはいつかの 夢の続き
抱きしめても足りない いとおしいときめき
空は夢までの 君の羽を待つ
空は夢までの 君の羽を待つ
……
もともとは、夢を追う青少年への応援歌として作られた歌である。もう一回、「少年」として歌っている自分。
世間の苦さ、人生の酸っぱさを、既に知ってしまったマサトである。夢そのものは、もう、よみがえらないとしても、だ。
(いいじゃねえか。今、この瞬間は本物なんだぜ)
歌い終えて見上げれば、深みを増した藍色の空に、一番星が輝きだしていた。
(出来過ぎだろ)
マサトがフッと笑った。
タイムリープをしてきたとはいえ、こういう時間をもう一回再現することは、もはや難しいだろうなと思った。
グラウンドのエリアを抜け、歩道へ出たところで、自然に解散となった。
「いやー、今日の放課後のひとときは、もしかすると人生で一番楽しかったかもしれない」
感極まったマサトが、傍らで自転車にまたがるケイコに告げた。
ケイコは、ヘルメットのひもを締めながら、カカカッと笑う。薄暗い歩道で、白い歯が浮かび上がる。
「人生、って。うちら、まだ十五年くらいしか生きてないでしょーが」
「そうだけどね」
と、マサトはしみじみ答えた。
「人生で一番」の言葉の重みは、今、この世界でマサトにしか分かり得ないのだ。
「あと、自転車のタイヤを汚すことになっちゃって、ごめん」
と、マサトが付け加えると、
「これぐらい、大した泥じゃないよ。家の周りに比べればね」
「もっとすごいの?」
「畑とかだからね」
「そうか」
「うん。……じゃ、明日また学校でね。スポーツドリンク、ごちそうさまでした」
ケイコは、スカートの後ろを伸ばして、サドルの上に載せ、自転車に座る。
「ああ、また明日」
「バイバイ」
軽く片手を振り、ケイコは一気に自転車を発進させ、道路を走り去っていった。
さすが陸上部と言うべきか、力強い加速だった。すぐさま、他の自動車のライトに紛れて、ケイコの後ろ姿は見えなくなった。
「さて、僕も帰るか」
マサトはつぶやいて、家の方へ歩き出す。
(帰ったら、まずはアイリにナプキンを渡さないとな。……あっ、そうだ)
ふと、マサトは、ある思いつきをする。
(生理が来て、大変でした、御苦労さまってことで、ケーキでも買ってあげるか)
家の近所に、小さなケーキ屋があるのだ。たしか、主婦が趣味の延長で始めた店で、万人受けする味とは言えず、マサトは余り好きではなかった。
だが、そこの焼き菓子のチーズケーキは、小学生時代のアイリの大好物だったのだ。当時、マサトは味が濃厚過ぎると感じたが、「それがたまらないんじゃん!」とはアイリの弁だった。
(あのチーズケーキを買って帰るか。ただし、ナプキンと一緒に渡すのもアレだから、ケーキは夕食後に渡そう)
空には星が増え、西の遠くに、かすかなオレンジ色が残るのみだ。
今頃、家では、母が夕食を作り、アイリが入浴中、といったところか。
夕食は、マサト・母・アイリの三人。途中で母が抜けて、夜勤へ行く。父は、夜遅く帰宅する。これが、平日の基本パターンだ。
「学校生活の次の、タイムリープ・ミッションは、家族団らん、だな」
きっと、家族内での習慣や、しきたりでも、忘れているものは色々あるに違いない。不安なのは確かだ。
だが。
(大丈夫。思い遣りを持って、前向きに、誠実に接すれば、きっと何とかなるさ)
今日、一日にくぐった数々の場面が、そのことをまさに証明していると言えよう。
(早く、アイリに会いたいな。お母さんにも。そして、タイムリープ後にはまだ会っていない、若いお父さんにも)
マサトは家路を急いだ。
羽織った学ランがはためく。
体の周りで、はしゃぐように風も走っていた。
【続く】
第一部完、といったところでしょうか。
切りもいいですし、ここで完結させちゃった方が、たくさんのアクセスをいただけるかなあ、という計算が働かないことも、なかったんですが。
この物語で書きたいことが、もう少し残っておりますので、あとちょっと、続けようかなと考えています。
文庫本一冊が、だいたい12万字だそうですから、現時点で6万字超え、じゃあちょうど半分まで来たのかもしれないなあ、などとも思っています。




