47 乾杯は青と青
それから二人は、ショッピングセンター隣のグラウンドの周りを、並んで歩く。
小道はぬかるんでおり、ところどころに石もあり、自転車を押すケイコは、時々、「よっ」と力を込めていた。
ただ、大変ではないらしい。ケイコは体格ががっしりしていて、体力もあり、むしろ楽しそうでもある。
グラウンドにも草が混じっているが、ネットは高く、それなりに本格的な野球場である。地元の少年野球チームが拠点にしている。
(このチーム、タイムリープ前に気まぐれでネット検索したら、四十周年とやらで、少子化なのにまだ続いてたからなあ。この立派なグラウンドのおかげかもな)
マサトはチームに入ったことはないが、小学生の頃、近所で所属している子たちがいた。
既に夕暮れであり、グラウンドとその周りに目につくのは、飼い犬の散歩と、ジョギングの者だけだ。
ひっそりした道を歩きながら、二人は、先ほど買ったスポーツドリンク缶をあける。
缶のプルタブは、まだ、リングが外れるタイプであった。これは旧式である。
新しいタイプは、リングを折り返して缶と一体化させる方式。まだ過渡期であり、現時点では、新旧が入り混じっている。数年以内に、新しいタイプへと置き換わっていくはずだ。
マサトは立ち止まって、
「じゃあ、乾杯!」
うれしいことに、ケイコは「何に?」などと野暮なことは聞き返さず、乗ってきてくれた。
「……乾杯。今日はいろいろあったよね」
と、ケイコがほほえんだ。
マサトは、
「助かりました」
「いえいえ、あたしも」
ガチンと、青い缶をぶつけ合う。
ほぼ同時に、一口飲む。
冷えた甘さが、のどから体内へ伝う。思わず、
「うまい!」
タイムリープ前を含めたら、もう何回飲んだか分からない、おなじみのこのスポーツドリンク。でも、今までで一番うまいかもしれない。
タイムリープで緊張の連続だった、その疲労。女の子と二人きりという喜び。その辺りが理由だろう。
「うん、おいしいね」
ケイコは、二口目からは、ゴクゴクとラッパ飲みをしている。早くも半分ほどを飲んだようだ。
「飲むねー! やっぱり、部活で水分失ってたのか」
「かもね。終わった直後にも、お水飲んだんだけどね」
ケイコは満足げに、ふうと息を吐く。つき始めた街灯に、濡れた唇が光った。
グラウンドの周辺歩きを、再開する。
もうすぐ、日が完全に落ちそうだ。ケイコの紺色のセーラー服が、夕暮れの暗さに、溶け込み始めている。
きっと、マサトの学ランは、黒いので、なおさらだろう。
ふと、ケイコが別の話題を振った。ぽつりと、
「……鈴坂君、今日はバズ爆、歌わないね」
(ええっ! なんで、ここでいきなり、バズ爆?)
唐突さと、気恥ずかしさに、マサトは顔面がカアッと熱くなり、声を立てて笑ってしまう。
「ハハハハッ! 僕、そんなに歌ってた?」
「中身」が四十代のマサトは、つい、過去形になってしまったが、ごく自然に、ケイコは現在形で答える。
「いつも、口ずさんでるじゃん」
「そうかー?」
「そうだよ」
チラッと横を見たら、ケイコが深くうなずいていた。ケイコのニヤついた顔は、面白がるというより、「何、とぼけてるのよ」と責めているようにすら見えた。
(そうか、そんなにか)
ケイコが言うのなら、そうなのだろう。
(まだ、忘れてることがあるんだなあ……)
正式名は、「バズー爆銃」。日本のロックバンドである。男性四人。中高生時代、マサトはファンだったのだ。
ボーカルは、スキンヘッドにサングラスがトレードマークだった。
タイムリープしてくる前の「現代」においては、バズ爆はとっくに活動休止後だった。
とはいうものの、元メンバーは初老になっても、動画サイトやライブハウスで音楽活動を続けていた。
マサトの中学時代は、バズ爆のメンバーも三十代初め、脂の乗った時期だ。
若者のカリスマ、と呼べるほどの影響力はなかったが、テレビ、ラジオによく出演し、有名なメジャーバンドであった。
「じゃあ、せっかくだから、ちょっと歌おうか?」
と、マサトがせき払いすると、
「うん」
うなずいてから、ケイコは首を逆向きにグーッとそらして、スポーツドリンクを飲み干す。セーラー服のカラーが、ケイコの背中を下がった。
(さーて、何を歌おっかなあ)
歩きつつ、マサトはスーッと深く息を吸う。
【続く】
作者と同世代の方々には、元ネタのバンド名、モロ分かりでしょうな(笑)。
実名で出しちゃおうかなあとも思ったんですが(既に、モーツァルトとショパンと大地讃頌は登場してますし)、でも、そうすると、歌う場面を書きにくくなりますからね。安易に、歌詞を引用するわけにもいかないでしょうから。
バンド名も歌詞も、自前で御用意いたそうと思います。




