46 日暮れ前・横顔と鳥・記念品
酒屋「かねくら」で購入したスポーツドリンク二缶は、ビニール袋ごと、マサトが手に提げる。通学カバンと一緒に持つ。
店を出て、商店街のひさしの下を歩く。ケイコが支えた自転車の車輪が、ゆっくりと回り、横でキリキリと音を立てる。
やや離れて、道路の向こうに、先ほどのスーパーマーケットが見えた。「イェッキス」の英字看板が、オレンジ色の逆光に陰っている。電柱や木々の影は、地面に長く伸びている。
「ゲームがある! これ、懐かしい!」
ケイコが、自転車を押す手を止めて、小さく歓声を上げる。
商店街の軒下の隅っこに、人の身長くらいの四角い機械が二台、設置されていた。
きれいとは言えない。さびたり、塗装がはがれたりしている。
機械の前面には、大きな円が描かれており、等間隔で数字が割り振られている。言わば電子ルーレットだ。
「なっかなか当たらないんだよな、これ」
マサトは、小学生の頃に時々やっていた。中学生になると、飽きていたけれど。
既に、この時代には、衰退し始めていた種類のゲームである。世の中の主流は、ビデオゲームに移行していたのだ。
この筐体の傷み具合が、それを物語っていよう。タイムリープ後の現時点ですら、恐らく、もはや新しい台は製造されていまい。
マサトの言葉に、ケイコが同意して、
「まあねー。メダル出ても、結局、全部使っちゃって、最後はなくなっちゃうよね。あたしも、遊園地でやったことあるけど」
二人の間で、空気がギュッと凝縮した。
「……やろうか、一回だけ」
マサトが誘うと、
「いいね。一回ずつね」
ニヤッとして、ケイコも乗ってきた。共犯者のような、いたずらっぽい笑みだった。きっと、マサトも同じ顔だったに違いない。
これとて、厳密には校則違反かもしれないが、商店街に設置された子供用である。素早く一回やるくらい、構わないだろう。
(まあ、さっき、アイスを食べるのをパスしたのだしな)
という、妙なバランス感覚も働いた。
(アイスキャンデーが五十円だとしたら、こっちは一回十円。罪も、五分の一さ)
などとも思った。勝手な言い草ではあるけれど。
まず、マサトが十円玉を出し、投入口にシャリーンと押し込む。
すると、デモンストレーションで動いていた光がピタッと止まり、ドゥウンッという低音とともに、ゲームが始まる。
機械の下部に、四角いボタンがマス目状に並んでいる。無難に、「2」のボタンを押す。
「やっぱ、2か」
ケイコが笑う。
「そりゃあね」
ケイコの方を見ずに答えながら、右上の丸いスタートボタンを押す。単純なゲームであり、基本操作は以上で終わりだ。
電子ルーレットが回りだす。リリリリリと高音が鳴り、輪になった番号の上を、小さな光が時計回りでなぞっていく。やがて速度が落ち、光は「10」で止まった。
「ああー!」
二人の、ため息と笑い混じりの悲鳴が重なる。
ゲーム結果はハズレである。
要は、ルーレットが止まる番号を予想するのだ。当たれば、その数だけのメダルが出てくる。数字の最小は2。最大が30。
メダル一枚で、同じゲームが一回出来る。
他愛のないゲームだが、
(大人になってからよく考えてみれば、これって、まんまギャンブルだよな。競馬やカジノと変わらん。数字が小さい方が、当たる確率は上がるわけだし……)
もっとも、このゲームによって、ギャンブルの怖さを学んだ子供も多いだろう。マサトも、その一人ではあるのだ。
続いて、ケイコも「2」に賭けて、見事に的中。
「おおーっ!」
「やったあ!」
と、自転車を片腕で支えたまま、ケイコが跳ねる。
機械の下から、チャリン、チャリンッと、小さな銀色のメダルが二枚出てきた。
ケイコは気前よく、
「はい、一枚あげる」
マサトがクッと笑って、
「いいの?」
受け取って、手のひらに載せると、英語と、人の横顔の絵が彫られていて、ぱっと見は、外国の硬貨に見えなくもない。
だが、細かな傷が付いていたり、裏と表の向きがそろっていなかったり、作りは安っぽい。
「あたしはこれ」
ケイコがつまんで掲げたメダルには、鳥のイラストが刻印されていた。
マサトは、
「ありがとう。記念に取っとこ」
「じゃあ、あたしも」
マサトは財布へ、ケイコはスカートの前ポケットへ、それぞれメダルをしまう。
何の記念かは、あえて言わなかった。
マサトとしては、「放課後デート」まがいのことをした、楽しい青春の記念である。
あるいは、タイムリープ初日にケイコと一緒に過ごせた思い出。または、いろいろなことをマサトに気づかせてくれた、ケイコに対する感謝。
それらを記念してのことであった。
【続く】
本稿の執筆を機に知りましたが、このメダルゲーム、「ピカデリーサーカス」という名前なんですね。
作者が子供の頃、同世代の男の子二人が(面識なし)、目の前で、何とメダル30枚を当てたのを目撃したことがあります。
「30枚なんて、本当に出るんだ!」と、ビックリしました。ウソだと思ってた。
二人は、メダル取り出し口に何度も手を突っ込んで、大量のメダルをかき出しては、「スゲエ、スゲエ!」と大笑い、大興奮。うらやましかったなあ。




