42 学生カバンに入りにくい
買い物カゴを下げたマサトは、次に文房具売り場へ移動。クリアファイルを探すためである。
プリントや返却済みテストなど、学校の書類を整理したいのだ。
(ただ、この時代には、まだ普及してない可能性があるんだよなー)
予感は当たってしまった。
紙を分類する文具としては、パンチで二つ穴をあけて、ホルダーにとじる方式のものだけ。
(仕方ない。当面、これで我慢しよう。パンチは、お母さんが持ってたはず)
クリアファイルが身近な物として広まり、販促や景品などにも使われ出すのは、まだ先だ。少なくとも、「あと五年」程度は待たなければならないだろう。
お菓子売り場をのぞくと、タイムリープ前の「現代」には消えていた商品も、幾つかあった。ジョイントさせるロボットの、オマケ入りガムなど。
「おお、ミスター・スナッキー!」
声が出てしまい、半ズボン姿の男の子が、いぶかしげに振り返ってきた。
マサトは、そのスナック菓子を手に取る。コーンパフで、油っこくて、味が濃いのだ。袋には、勇ましい男のイラストと、「ひと足お先の旨さッ!」のアオリ文句。
(今、食っても、うまいと感じるかなあ)
試してみたい気もしたが、先ほど財布の中身をちゃんと見たら、四千円くらいしか入っていなかった。無駄遣いはやめておこう。
あとは、ぐるりと店内をゆっくり一周して、懐かしさにひたる。
店内に流れているのは、平成なかばのヒット曲。マサトには「懐メロ」だが、この時代としては、まだ最近の歌となろう。
食品売り場などは、リープ前のスーパーと余り変わらない。ただ、コロッケなどのお惣菜の包装の仕方が、若干、甘い気がする。
それから、レジで会計を済ませる。
店員から「袋は要りますか?」などと聞かれることなく、当たり前のように、白いレジ袋に入れてくれた。スーパー「イェッキス」の、赤いロゴ入りの袋だ。
(わー……)
またもマサトは、少しグッと来てしまう。「年を取る」と、涙もろくなるようだ。
店の外に出て、入り口付近に立つ。
買ったものを、袋ごと学生カバンにしまい込もうとしたが、生理ナプキンと、ファイルとでは大きさが違い過ぎた。でこぼこして、うまくおさまらない。
(ナプキンはやわらかいし、形が崩れないように、カバンの奥に入れるか)
しゃがんだマサトが、レジ袋からナプキンを取り出した時。
自転車が、すぐそばでキッと止まる音。
マサトが顔を上げると、
「あっ!」
思わず声が出た。
(早っ! もう来たのかー)
自転車にまたがった、セーラー服姿の少女がいた。マサトを見下ろしている。白い通学ヘルメットをかぶっているが、誰かはすぐ分かった。
ケイコであった。
長めの紺色スカート。その裾が、自転車の後輪に触れていた。
ケイコは、マサトが手にした生理ナプキンのパックを見て、ちょっと身を固くした。見ちゃいけない物を見てしまった、という反応だった。
「あ……。ん。ごめん……」
マサトと一度しっかり目を合わせてから、顔を横へ回すケイコ。
「いや、無防備に出し入れしてた僕のせいだから。気にしないで。早かったね」
マサトは、穏やかに答えた。中身は「四十代」のマサトである、これぐらいでは動じない。
一方のケイコは、やはり現役中学生。それなりに焦っているようで、フォローしようとしてくる。
「……そっか。アイリちゃんか。年齢的に、そろそろだもんね」
とケイコ。マサトの家族構成を、ケイコは知っているのだ。
ナプキンをしまったマサトは、次に、ファイルをレジ袋ごと、カバンにガサガサと押し込みながら、
「まあさ、その辺はプライバシーってことで、勘弁してくれ。親類の誰かに頼まれたってことでさ」
「それはそうだね。ごめん」
ケイコの声が小さくなる。口調も、マサトみたいに大人っぽかった。
沈黙を埋めるように、自転車用ヘルメットを脱いで、ケイコはハンドルに引っ掛ける。次に、軽く首を振る。
ケイコが自転車から下りるのと、マサトが立ち上がるのが、同時だった。至近距離で向き合う。汗の匂いがした。
ヘルメットと汗のせいか、ケイコのおかっぱ頭は、両端の形が少々崩れていた。
「そうだ」
急に何かを思いついたのか、ケイコは片足で後輪の辺りをバーンと蹴る。自転車のスタンドを縦にしたのだ。
「ごめん、五分ぐらい待ってて。ちょっと、自転車、見ててくれる?」
「え、いいけど……」
マサトが言い終わらぬうちに、ケイコはスーパーの中へ一人で入っていく。
(急に何だー? トイレとかか?)
ケイコの意図が読めず、スーパーの入り口近くで立ちつくす。傍らの自転車のカゴには、ケイコのカバンも置いたままだ。ミニ・シューズのキーホルダーがかわいい。
ふと、時計を見ると、午後四時五十分。
(何だ、約束の待ち合わせ時刻の、もう十分前だったのか。別に、早過ぎるわけでもなかったんだな)
さっき、スーパー内をウロウロしているうちに、時間が経っていたらしい。
ケイコは、すぐにスーパーから出てきた。五分も掛かっていないと思う。
「ごめん。お待たせ」
「!」
マサトはギョッとする。
ケイコの手には、生理用ナプキンが一パック、握られていたからだ。
「せっかくだから、あたしも買っておこうと思って。あたしも、次のが、もうすぐ来そうなんだ」
「――」
予想の斜め上を行く展開に、マサトはポカンと口をあける。
お構いなしに、大股で自転車へ歩み寄るケイコ。スカートの裾が、ケイコのふくらはぎにぶつかってバサバサ揺れる。
自転車の前カゴに入れたカバンをあけ、買ったばかりのナプキンを放り込む。
無言というのも気まずいので、マサトは、声を振り絞る。
「……こっ、これで、おあいこという意味?」
カバンのファスナーを閉めつつ、ケイコはこちらを向く。さすがに、顔は赤くなっていた。
「まあね。おあいこというか、一方的に秘密に触れちゃったら悪いかなーって。あとは、お互い、同じくらい重たいものをカバンに入れてる、というか。……うーん、ごめん、何か、うまく言えないけど」
はにかみ笑いとも違う、どこか気高い笑顔で、ケイコが答えた。
マサトは息を吸い込み、
「いや、言えてるよ」
「そうかな?」
「驚いたけど。あと、僕は男で部外者だから、女の子の大変さを、分かった気になっちゃ駄目だけど。でも、ちゃんと言えてるよ」
と、マサトはうなずいた。
ケイコも、何かしゃべろうとして唇を動かすが、声にならない。
言葉にすることをあきらめたか、乱れている髪を、片手でしばらく撫でつけていた。
【続く】
ジョイントロボ、作者は買ったことないんですよね。
でも、当時はお菓子売り場でとにかく目立ってましたからね。ネット検索してみたら、当然のように、今も根強い人気でした。
小説本文のスナック菓子(商標の関係もあるかもしれませんので、表記は少し変えています)、現在も同名の商品が販売されていますけど、恐らく別物じゃないかと思うんですよね。
いかにも小学生男子好みの、化学調味料系の旨味がバリバリのスナックでして(笑)。また食べてみたい、思い出の味なのです。




