39 未来から下着知識を持ち帰り
取り繕うというわけでもないが、言い足すマサトの声は、努めて陽気になっていた。少々わざとらしかったかもしれない。
「――更衣室って、遠いんだっけ? 毎回、移動するのもめんどくさそうだよね」
「うん。廊下の突き当たりなんだよね。他クラスの子とかいるしさ」
ケイコは、ブルマーの上部をつかみ、グイッと持ち上げ、シャツの裾を中へ押し込みながら答えた。
(だから、そういう行為を、男の目の前でやらんでくれよ……)
マサトはソワソワする。
自分は席に座っているため、ケイコの腰の辺りがちょうど視界に入るので、なおさら気まずい。
いかにも「中年男」のスケベったらしい目線で、内心、自己嫌悪だが。
十五歳で、まさに女子の第二次性徴が爆発している感じで、紺色のブルマーは、ケイコの大きなお尻ではち切れそうだ。
ブルマーを勢いよく上げ過ぎて、ケイコの左の太ももの前側に、白い線がスッとはみ出る。中に履いた下着が見えてしまったのだ。いわゆる「はみパン」である。
「!」
マサトが目をそらす。
「ひえっ」
すぐ気づいたケイコは、慌てて、ブルマーの股ぐりに指を入れ、ゴムの縁を下へ引っ張って、それを隠す。
「――見た?」
探るような目つき。意外と、ケイコのまつ毛も長い。
「……あっ、いや、陰になってたから……」
マサトは、紳士的な模範解答で応じた。見てないとは言ってない。
ケイコの表情は、警戒や恥じらいを含んではいたが、怒ってはいないようで(そもそも、今朝の件はともかく、今のはマサトは悪くない)、おかっぱ頭をカリカリかいて苦笑し、
「めんどくさいんだよね、これさ。パンツはみ出てないか、しょっちゅう確認しなきゃいけないし」
マサトとしては、女の子が「パンツ」とか、そういうことを男に無防備に話さないでほしいところだ。
ただ、ケイコの低い声で話されると、何だか独特な「男気」があり、妙にマッチするから不思議である。
それに甘えるわけでもないが、つい、マサトも話に乗ってしまう。
「下着とブルマーって、形状が同じだもんね。同じ形の服を重ね着してるんだから、普通に考えても、そりゃズレるだろって、男でも思うよ」
それを聞いたケイコは、唇からフッと息をもらして、明るく笑う。女子的には、言われてうれしいコメントだったのかもしれない。
マサトも、「大人」だからこそ、これが言えたのだ。リアル中学生男子には、難しかろう。照れて黙ってしまうか、あるいは、下ネタっぽく茶化すのが、関の山だったに違いない。
「そうなのよ。不便なんだよねー。早く廃止してほしい」
口をとがらせるケイコ。
そこへ、マサトは、ふと、考えついたことを提案してみる。
「今すぐ廃止は難しいだろうから、下着の方を、細いやつに変えてみたら?」
「えっ、細いって?」
「……ごめんね、ちょっと、男から女の子には言いづらいんだけどさ。ビキニみたいなショーツ、あるじゃない」
意味が分かったのか、ケイコの顔が少し赤くなり、
「ああ、でも、大人の女の人が履くやつだよね?」
「んー。学生用でも、売ってると思うんだけどね。もちろん、男の僕は詳しくないけど」
ケイコと目を合わせっ放しだったので、マサトが視線を下げると、体育着のシャツ越しに、ケイコの胸のふくらみが見え、
(おっと)
罪悪感で、ササッと腹の方へ目をそらす。
(その下は、もう、ブルマーだもんな。やっぱり、この時代の女子の体操服は、目のやり場に困るぜ……)
体操服シャツはサイズ大きめ、厚い布地だ。
ケイコの胸も、ふくらみの輪郭は崩れており、その辺一帯が全体的に盛り上がっている。
それはそれで、刺激的な眺めだった。
ケイコは、
「そうか。お母さんに聞いてみようかな」
「それから、色も、紺か黒にすればさ、はみ出しても目立たないんじゃない?」
「なるほど! 白いパンツだから目立つのか。ブルマーと同色にするのも手か」
と、ケイコの声が小さく弾む。名案だと思ってもらえたか。
なお、これらは、タイムリープしてくる前に、「社会人」となってからのマサトが、女性向けのサイトで得た情報であった。
具体的には、「ティーバックのショーツは、ズボンに形がひびかないための物」、「黒いズボンを履く時は、ショーツも黒にすれば透けない」という内容。
それを、ブルマーの「はみパン」対策へと応用させてみたわけである。
その時、廊下で誰かが走るような足音が響き、二人の意識もそちらへそれた。
これを合図のようにして、
「じゃ、あたし、そろそろ練習行くわ」
「ん。僕も放送室行くか」
マサトも立ち上がる。
いつしか、三年B組に残っている者も、二人だけになっていた。
ケイコが、くるりと背を向けて、自分の席へ戻り、カバンを取ってきた。
マサトは、それを横目で追いつつ、教室の前のドアへゆっくり向かい、ケイコを待つ。
ケイコは、
「今日は、走り込みが数本あんだよねえ。晴れてるからなー。暑くなりそう」
てくてくと、マサトの右隣に寄って来ながら、小さく愚痴る。ケイコは陸上部である。
ケイコのシャツ越しの左肩が、マサトの右腕辺りに軽く当たる。ケイコの方が、マサトよりもやや小柄なのだ。
教室の明かりをパチパチと消してから、
「――なあ、よければ、帰りにアイスでも一緒に食わない?」
ふと、マサトは誘っていた。
もう少しケイコと話したいという気持ちと、「暑い・アイス」という連想が、この一言になったようだ。
【続く】
ちょっと「楽屋話」を書きますと。
当初案では、もう少し先の場面で、体育の授業前に、忘れ物を取りに来たハナエと、マサトが一対一でバッタリ会う予定でした。教室で。
(体育は二クラス合同。男女は、それぞれの教室へ別々に集合して着替えている。マサトは、ゆっくり着替えていた。)
で、ハナエの「はみパン」をマサトが指摘し、ついでに「紺色のビキニショーツを提案する」という流れだったのです。
実は、小説の執筆に先行して、既にさし絵まで描いていたんです。
もったいないので、ここに載っけちゃいます。幻の場面となりました。
ただ、学年一の美少女は、おしゃれに気を使うので、滅多に「はみパン」をしないと思われ。
ずっと、そこに違和感がありまして。
(これ、女性陣は怒り心頭かもしれないんですが。
クラスでトップの美少女ほどスキがなくて、その手のミスが少なかったという記憶は、多くの男性の共通体験ではないでしょうか?
女性にしてみれば、「いや、そもそも見るなよ!」という話でしかないでしょうけど。)
そうしたら、第37話でハナエが予定外の「退場」をしたため、じゃあ、「はみパン」場面も今話に全部くっつけちゃえ、と決めました。
ええと、ケイコさん、ごめんなさい。




