36 鈴坂くん、鈴坂くん
結局、溝岩は、それ以上、何も言い返してこなかった。
マサトにギロリと一べつをくれただけで、わきを通り、職員室を出ていった。
溝岩の腕には、既に教科書や名簿が抱えられており、一時限目の授業の準備があるのだろう。
横目で見送りつつ、マサトは思う。
(まあ、放送部顧問の佐倉先生とも話が付いてる以上、部外者の溝岩が口出しするスジじゃないもんな。で、しかも、授業の用意もあるし、僕に構ってる暇もないわなあ)
無論、あらかじめ、そこまで計算した上での、今の言動であった。
マサトの「中身」は中年男性である。タヌキっぷりでも、溝岩を上回るだろう。
マサトも、三年B組の教室へ戻る。
廊下では、生徒や教師と何人もすれ違ったが、さっきの放送についてコメントしてくる者は特にいなかった。
皆、掃除の後片付けや授業の準備で、忙しいという事情はあろう。ただ、それを差し引いても、
(ま、たかがアナウンスを途中で交代したってだけのことだからな。もともと、それほど大ごとでもなかったんだよなー)
というのが実態に近いと思われた。
ただ、顧問として佐倉が、それと、生徒指導熱心な「うるさ型」として溝岩が、あえて苦言を呈してきたにすぎない。
まあ、それにだ。
(放送部のことになんか、誰も興味ねえよな)
そもそも論として、これがあった。
この気持ちは、マイナーな文化系の部活動を経験した者なら、きっと誰もが分かるはずだ。
いや。ところが。
意外なところに、例外がもう一人いた。
「鈴坂くん、鈴坂くん! さっきの放送、面白かったよー」
三年B組付近まで来た時、廊下でマサトを呼び止める女子生徒がいたのである。
立ち止まって振り向くと、すらりとした女の子が一人。
「……」
中学の女子制服は、上下紺色のセーラー服。上着は、布地がブカブカめ。スカート丈も、膝より下で、長めだ。つまり、体の線や肌は、余り見えない。
義務教育用の制服としては、まあ健全だと言える。
しかし、だ。
そのような「厚め」の制服越しでも、その少女のスタイルの良さは、はっきりと分かった。
髪型も、中学生女子にしては、周りより一手間多く掛けている感じだ。
ゆるめに結んだ三つ編み。それを、ポニーテールにしている。毛先が、やや外側に跳ねているのも、多分わざとであろう。
わざとといえば、頭のトップには、髪の毛にきれいな立体感もあり、サイドまで段々ができている。こちらも、恐らくは、ちゃんと計算して整髪している感じなのだ。凝っている。
しかも、顔が、その髪型に負けていない。すなわち、美しい顔立ちなのだった。
小顔で、程良くとがったあご。目も、大きいだけでなく、やや横へと鋭く伸びている。きつくない程度に、切れ長なのである。まつ毛も長く、しっかり「女の子仕様」だった。
「――」
感激で叫び出したい気持ちと、胸が締め付けられる切なさが、一度にあふれ出し、マサトは息をのむ。その音が、はっきり「ハーッ!」と漏れ出してしまった。
(うわっ! みっともねえな)
マサトは、「年甲斐もなく」、ほほが熱くなった。まるで、「思春期みたい」ではないか……。
「えっ、どうしたの?」
マサトの動揺ぶりがおかしかったのか、美少女はフフッと笑った。
変な表現だが、笑う際の「瞳の細め方」すら完璧だった。絵のうまい少女漫画そのままだ。
(ああ、ああ……。ハナエさん!)
好きだった憧れの女の子、伊東波苗が、そこに立っていた。
【続く】
「ハナエ」が誰だか分からない新規読者のアナタ! ようこそッ(笑)
第一話を読もうぜ!
「仲良しの女の子だし、実はほんのり異性として意識してもいる。けど、周囲から恋愛枠として見なされるのは屈辱的」みたいな。
今思えば「何様だよお前」な、思春期の自意識。
多分、皆さんにもあったのでは。
「ケイコ」は、その位置付けを代表させた登場人物です。
でも、書いてるうちに、意外と素敵なキャラ造形ができたので、もう、ケイコがヒロインでもいいかなあ、とか迷い始めていたんですけど。
今回、「ハナエ」を描写して、ああやっぱりこっちかなあ、と、引き戻されつつあります。
外見の良さって、残酷なもんですね。
これ、非モテ男性なら(もしかしたら女性も?)、何度か夢想・妄想したことがあると思うんですが。
「学生時代、変に高望みせずに、もし、当時仲良しだったあの子と付き合っていれば、俺にも彼女が出来てたんじゃないか」って、思ったりしませんか。
けど、人間の欲望なんて、そんな甘いものじゃないんだなアと、今話の執筆で、改めて気付かされた次第です。




