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今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第二章 タイムリープ初日【マサト15歳・西暦199X年4月某日】
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34 悪意は引いたり満ちたり

 マサトが内線電話を切った後、横にいた高屋は、お礼などを述べてから、

「じゃあ、俺は先に、三Cに帰ってるね。まだ、掃除やってるだろうし」

 と告げて、放送室を去った。三Cとは、三年C組の教室のことである。


 去りぎわ、マサトが、

「もし、野村のむら先生とかに怒られたら、鈴坂すずさかにそそのかされたって言ってくれて構わないからね」

 と気遣うと、高屋は、

「スーさん、何言ってるんだよ。俺だって面白がってたし、共犯だろ。そこそこ怒られることぐらい、想定してたよ。気にしないで」

 逆に、さとされてしまったのだった。


 一人、放送室に残ったマサトは、しばし考え込む。

 校内には、マサトがかけたCDが流れ続けている。今は、ショパンのピアノ曲である。たしか、愛のバラードとかなんとか、そういう題名だった。


「――」

 ケイコ、佐倉先生、そして、今の高屋。

 三人とも、マサトの思惑を超えた優しさを、まっすぐに示してくれた。いい奴らだ。

 三連続で、

(やられたなあ)

 というのが、いつわりなき感想であった。少し、打ちのめされていた。

「あんまり、上から目線も良くねえか」

 今度は、声に出した。


 自分の「中身」は四十代中年であり、人生経験では、周囲を圧倒している。

 担任は十歳ほど年下だし、まして、クラスメイトに至っては、三十歳も下だ。その気になれば、ある程度までは相手をコントロールすることも可能か、などと考えてもいたけれど。

(いやはや、とんだ誤算、というより、油断・思い上がりだったらしいな)

 マサトは反省する。


 青春時代の、みずみずしい感性が失われている分、もしかすると、マサトの方が不利な局面すら、ないとは言えぬ。

(初心を忘れちゃイカンな。……っていうか、初心も何も、まだタイムリープ初日だけど。それどころか、リープしてまだ二時間半しか経ってないけど)

 マサトは苦笑した。


 掃除の時間が終わったら、CDを止めて、操作卓の電源を落とし、放送室の消灯。

 施錠を済ませたら、鍵を職員室へ返却しに行く。職員室の場所は、分かりやすいので覚えていた。放送室そばの階段を上がって、すぐのところである。二階。


 中へ入ると、小柄な女性教師が近づいてきた。

(ゲッ、溝岩みぞいわだ!)

 波打った黒い長髪、鋭い目。気分屋で、気性きしょうの激しい国語教師だ。「一回目」の中学校生活でも、特に苦手な先生だった。


「おい鈴坂すずさか、何だよ、さっきの放送は。ふざけたこと、やってるんじゃねえぞ」

 溝岩の、ドスの効いた声。

(おお、怖い怖い。タイムリープ前の『現代』だったら、パワハラで、即、SNSでさらされてただろうなあ)

 恐らく、「その後」は、世の中にネットが本格的に普及する前に、定年退職をしているはずである。


 心の中で、マサトは嘲笑する。

(いい時代だったんだなあ。こういう汚い言葉づかいが許される甘い世界で、ずっと女王様を気取れたってわけか。この世間知らずめ。きっと、民間で働いたことも、一度もないんだろうしなー)


 さっき、「上から目線や思い上がりは、やめよう」と反省したばかりだというのに、早くも、ドロドロした選民的・差別的な意識がもたげ、マサトの中に湧き上がる。

 それを自覚しながらも、

(相手は、あの溝岩だし。まあ、仕方ねえやな。幾ら、体が十五歳でもさ。心までは、戻らねえよ)


 このみにくい感情が、口もとに出ていたのだろうか。

「何、笑ってんだよ」

 溝岩が、さらに詰め寄ってくる。身長はマサトより、頭一つ分、低い。赤系の、パンツスーツ。

 この時の溝岩の年齢は、恐らく佐倉と変わらないくらいの、三十代のなかばか、後半であろう。

 顔に塗られた化粧の匂いが、プンと鼻をついた。

【続く】

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