33 現役恩師、二回目教え子 越えた壁・越えられない壁
とはいえ、
(弁で勝てるからって、言い方には気をつけないと、ただの、こまっしゃくれた嫌味なガキになっちゃうよなー)
一方で、マサトが気がかりなのは、以上の点であった。
特に、タイムリープ前の「一回目」の中学校生活でも、佐倉は、決してマサトが反感を持っていた先生ではない。むしろ、仲が良かったのだ。
自分の恩師を、「二回目」の青春で、おとしめたくはない。
ただし。
だからといって、「一回目」をなぞるかのように、ひたすら「子供」を演じて、従順に振る舞うのも、たぶん違う。
このタイムリープに、何らかの意味があるというのなら。
それは、「前回」の青春時代を、「中年になった」自分が、新たな視点や価値観で、上手に修正・更新していくことなのではないだろうか。多少、大胆な言動があっても、よかろう。調子に乗り過ぎなければ、だ。
(そうだよな、要は、何事もバランスが大切なのだろうな、きっと)
そんなことを素早く考えながら、マサトは受話器へしゃべる。
「まず、僕が遅刻をしてしまって、佐倉先生や高屋君に迷惑をかけてしまったのが全ての原因です。一番悪いのは僕、というのは大前提として」
と、最初に自分を下げる。
電話の向こうで、佐倉は黙っている。昔から、生徒の話は真面目に聞く先生だった。
マサトは、先を続ける。とにかく、「ウケ狙いではなかった」ことさえ、認めさせればいい。
「……掃除の時間が始まった時に、僕と高屋君が、二人同時に放送室にいたことも、また事実です。これは初めてのことで、僕は動揺してしまいました」
「ああ。それで?」
ようやく、相づちが入った。佐倉の口調は静かになっていた。
マサトは、さらに話してゆく。
言っていることは、こじつけである。でも、筋は通っており、崩すことは出来ないはずだ。
「ここで、高屋君が読まずに僕が読んだら、今、高屋君が放送室にいた証拠が残らないなとか、でも僕も読まないと、せっかく来た意味がないなとか、いろいろ迷ってしまいました。で、チャイムが鳴って、焦ってるうちに、じゃあ原稿を半分ずつ読めば、双方のアリバイにもなるし、まあ、その、ベストとは言えずとも、まあベターな方法かなあとは思ってしまったんです」
「……それで、どうだった?」
「はい?」
佐倉先生を、手のひらの上で転がしているつもりのマサトだったが、これは読めなかった。
思わず聞き返すマサトに、佐倉は、
「ベターだったか?」
「――」
マサトは驚いた。佐倉の声音が、はっきりと優しくなっていたからだ。
そろそろ許してやるかと、落としどころを探っている様子が、はっきり伝わってきた。
(くそっ)
泣きはしなかったが、マサトに、グッと込み上げてくるものがあった。
昔、佐倉先生からこんなふうに説教されたことを、急に思い出してしまったからだ。不覚にも。
「……いえ、ベターじゃありませんでした。やっぱり、どちらかが最後まで読むべきだったと思います。済みませんでした」
こう答えるしかなかった。
この、マサトの一言だけは、ほぼ演技抜きで、自然に、神妙なものとなった。
(んー。勝ってはいないかなあ。むしろ負け……いや、痛み分けかな)
自己分析し、マサトは率直にそう思った。
【続く】
執筆当初は、「中年になって人生経験豊富な主人公が、過去へタイムリープして、当時のクラスメイトや恩師に無双する」みたいな話にしようかなあ、なーんて思っていたんですが。
書き進めるうちに、男女の壁とか、師弟の壁とか(まあ、担任と生徒を『師弟』はオーバーかもだけど)、「人生経験を倍、積もうと、越えられないものもある」というテーマに変わりつつあるのを感じています。
普遍的な他者への敬意、みたいな……これとて、ありがちっちゃありがちかもしれませんけどね。




