32 恩師を年齢で追い抜いた今
マサトは、「サラリーマンバージョン」の、やわらかい声のトーンで、電話に出る。
タイムリープ前、「一回目」のサラリーマン人生で、電話応対は、数え切れぬほど繰り返した。もはやベテランである。
「はい、放送室です」
二秒の無言のあと。
「……えっ、あっ、ああ、鈴坂か? 俺だけど。佐倉だけど」
やはり、かけてきたのは佐倉先生であった。
一瞬、間違い電話をしてしまったのかと、佐倉は戸惑ったようだ。
「一回目」当時のマサトは、電話に不慣れで、受け答えもオドオドしていたのだ。もっとも、現役の中学生は、それが普通だろうけれど。
佐倉は、出鼻をくじかれたことを隠すかのように、少し声を荒らげて、
「お前、何ふざけてるんだ。今の放送はなんだ!」
「途中で交代したことですか? 奇異にお感じでしたか」
マサトは淡々と応じる。
「当たり前だろう! みんな驚いてたぞ」
佐倉の声は、全く笑っていない。かなり、真面目な怒りだ。
しかし、マサトの心も、まるで揺れなかった。
(やれやれ。図太くなっちゃって)
我ながら、嫌気が差した。長い社会人生活で、世間の風に吹かれ、やさぐれてしまったらしい。
「申しわけありません。とりたてて、奇をてらおうとか、そういった他意があったわけではないです。僕が放送室にたどり着くのが遅れまして、高屋君に代読してもらったんですが……」
電話口の佐倉が反論しやすいように、わざと間をあける。
すると、案の定、佐倉がそこで口を挟んできた。
「だったら、何で最後まで高屋に読ませない! 途中で交代する必要がどこにあるんだ」
ここで、意表を突いた一言を入れる。ビジネスマン流・会話術である。
マサトは、
「まさに、そこなんですよ」
「あ?」
「とはいえ、本来の担当者は僕ですから。僕が全く読まないというのも、ちょっとどうなんだろうと迷ったんです」
「いや。そこは迷うところじゃないだろ。ごまかすな。高屋が読むか、お前が読むか、二つに一つだよ。それが分からないとは言わせないぞ。お前はウケ狙いをしたんだよ。違うか? 屁理屈言うな」
なかなかの切り返しである。さすが、プロ教師と言うべきか。
(ほほう、生意気にも、追い込んできたか)
ここは、一旦、引く。別に、佐倉とケンカしたいわけではないのだ。こちらの言いたいことは伝えつつも、平和的に着地させたい。
「はい、ですから、二度といたしません。済みませんでした。確かに、終わってみれば、ウケ狙いと取られても仕方がなかったと反省しております。結果論ですけどね」
謝罪しつつも、「終わってみれば」・「結果論」などと、捨てゼリフのような単語を、わざと入れた。
「おいおい。ちょっと待てよ。何が、どう結果論なんだよ。言ってみろよ」
またしても、佐倉の返事は、マサトが予想したとおりのものであった。
この問いも、答えるのはそんなに難しいわけではない。
肉体的・社会的には「十五歳であること」を最大限、前面に出しつつ、裏では「四十代」の精神で、小ずるく答えればいいだけのことだ。
マサトは、頭の中で話を組み立てながら、スーッと息を吸う。
【続く】
幾ら教師を言い負かしたところで、教師は権力を持ってるので、結局は自分が損するだけ。
中高生にもなれば、その程度の打算は働きますよね。当時、作者もそうでした。
昔、こんなことがありました。
修学旅行中に問題を起こし、夜、旅館で教師から説教されていた私。(他の班員も一緒でした。)
最後に、教師が言いました。
「あと、人が話してる時に、お前、何でサングラスかけてるんだよ! 失礼だろ」
そう、修学旅行に、私はサングラスを持参してたのです。(100円ショップで買った、おもちゃみたいな奴ですけど。)
私は、次のように言い返しました。
「今は修学旅行中でしょう。制服も着てない。そもそも、私服で行動してる時点で普段とは違うんですから、サングラスだけ指摘するのはおかしいでしょう」
心の中では、「多分、先生はさらに反論してくるだろう。そしたら、素直に認めて、謝ろう。先生の顔を立てよう」と計算してました。
理由は、前述のとおりです。
ところが、教師は、黙って引き下がってしまったのです。
あの時は気まずかったですね。
(恐らく、教師は疲れてウンザリしていただけでしょうね。私も、自分が論破したなどとは思ってないです。当時も、今も。)




