31 若さあれば、笑い転げ
続いて、マサトがマイクに顔を近づける。
紙を、隣の高屋から受け取る。
「……っ」
既に、高屋は、ほほをふくらませ、早くも笑いをこらえている。
一方のマサトは余裕だ。
(フッ)
もし、タイムリープする前の「リアル十五歳」だったなら、間違いなく、マサトもつられて笑っていただろう。中学生とは、そういう年頃である。
しかし、今のマサトの「中身」は中年男性である。この程度を真顔でやり切ることぐらいは、たやすい。
さあ、マサトのアナウンス。
「……二つ目は、生徒会執行部からです」
この瞬間、放送を聞いている全校の生徒、教師は、「ああっ、声が変わった!」と驚いているはずだ。
それを想像すると、
(愉快だなあ)
と思う。
調子に乗って、
「ハア、ハア」
わざと、荒い息をマイクに入れるマサト。「今、ギリギリ間に合いました」という演出であった。明らかに、ふざけている。
「ブッ!」
隣に座る高屋が、こらえ切れずに吹き出した。
高屋は、口を両手で押さえて、椅子に座ったまま、体をくの字に曲げて、「クククククッ」と、背中を震わせている。
それを横目に、さすがのマサトもニヤついてしまったが、以後は真面目に、原稿を淡々と読み上げた。
「……来月、五月九日は生徒総会です。質疑をしたい人は、発言通告用紙がありますから、一階の生徒会室まで取りに来てください。――本日の連絡は以上です。特別教室の掃除を担当する人は、廊下を走らず、静かに移動しましょう」
マイクをオフにして、CDをかける。
これは、掃除中のBGMとなる。静かなクラシックが多い。今日の一曲目は、「二台のピアノのためのソナタ」だ。モーツァルトである。
マイクが切れ、笑い声が漏れる心配がなくなると、高屋が、大笑いする余り、椅子から転がり落ちてしまった。
「あはははははは……!」
マサトも、「わははは!」と、大声で笑う。もっとも、半分は、お付き合いで笑っていた。
高屋は、完全にツボにハマったらしく、
「あはは! スーさん、ま、真顔……で、ふふふっ、荒い息、ふはっ、ひひひひひ、ははは!」
笑いが止まらず、くねくねと、床をのたうち回る高屋。苦しそうだ。
(ああ、タイムリープ前、昔は、僕も一緒になってゲラゲラ笑い転げてたなあ。若いなあ……)
高屋の純粋さが、まぶしかった。
中身が「四十代」のマサトは、すっかり感性が衰えて、枯れてしまっている。良く言えば、落ち着いたのだ。
もはや、この程度のことは、笑い転げるほどには、おかしくない。寂しいけれど。
その笑いがおさまった頃に、放送室の電話がルルルルと鳴った。
「ほーら、来た来た」
と、マサト。さすがに、これは予測できた。大人の世界では、まあ当たり前の展開だろう。
「ゲッ、佐倉先生かな。ヤバいかな」
高屋の表情に、不安の色が浮かぶ。とはいえ、笑い過ぎて、顔はだらしなく緩んでいるが。
「まあ、大丈夫だろうさ。僕が出るよ。言い出しっぺは僕だし」
マサトは冷静に答えて、壁掛けの電話の、受話器を取る。
この電話が、たとえ佐倉先生からだったとしても。
マサトにとって、相手は三十代の「若造」である。余り、恐れる必要はないだろう。
【続く】
小中学校時代、授業中に毎日騒いでいた作者は、典型的な悪ガキでした。
歴代の先生方も、あの手この手で私をこらしめましたね。
・放課後に呼び出し
・親に電話
・保護者会で名指し
なんてのはかわいい方で(そうか?)、
・クラスメイトに「あいつとは口をきくな」と命じる
・学級通信に載せる
・席の机を、黒板にくっつける
・「謝罪に来ない限り、お前のクラスではもう授業をしない」と宣言される
(クラスメイトから「早く謝って来てよ」と嫌味を言われてつらかった。うまい手だよね)
などなど。
それほど、当時の私がひどかったわけですが。
まあ、これだけネットが普及した現代では、どの指導法も一発アウトでしょうけどね。
でも、先生方も、子供から見くびられたら終わりだし、大人の意地で、懸命に戦略を立ててたのでしょう。
大人になった今は、その気持ちもよく分かるんですよね。




