30 スライドボリューム こちら放送部
もしも、申し出を高屋が断って、「いや、やり方は分かるだろ? ここに二人いたら、俺がサボってることになるし、それは出来ないよ」などと返されたら、どうしよう。
マサトは、そう心配していた。
仮にそれを言われたならば、正論であるだけに、無理強いするのも不自然である。
だが、そんなヒヤヒヤとは裏腹に、高屋はイタズラっぽくニヤリとして、
「悪くないかもね。どうせ、もう、朝の会は始まっちゃってるし。掃除、始まった頃に、クラスにこっそり戻ればいいかー」
と、軽い感じで同意してくれた。
「おお、ありがとう!」
礼を言うマサトの声は、思わず大きくなっていた。
高屋も、
「俺だって、さっき佐倉先生から急に頼まれて、野村先生にも言っておくって言ってたし、何も、急いで帰ることもないか。先生同士、事情は伝わってるだろうからね」
野村とは、高屋のいるC組の担任である。男性の体育教師だ。
「もし、野村先生に怒られたら、僕が途中でトイレ寄ってて、遅れて、放送室着くのがギリギリ間に合わなかったとか言ってくれ」
マサトが提案すると、高屋がフッと吹き出して、
「そんな……。大丈夫でしょ。でも、分かった、もし言われたらね」
改めて、目の前の操作卓を見る。
タイムリープ前の「一回目」の時には、ハイテクのすごい設備に見えたものだった。でも、あれから三十年、工場やテレビ局でバイトしたこともあり、もっと大規模な機械設備も見てきた。
今、改めて見てみると、まあ公立中学校並みの平均的な設備だよなと思う。
ただ、レトロな感じがいい。何しろ、カセットテープやレコードを入れる場所もあるのだ。
操作卓は灰色で、緩やかな傾斜がついている。奥が高い。
何本かの、縦の線みたいな物は、スライドボリュームだ。音量を調節する。
手前には、マイクが一本、突き出ている。
「それで……。念のため確認すっけど、このボタン押すとスピーカーが入って、マイクがこれで……」
一から全部質問したら、さすがに怪しまれるので、いかにも、「本当は知ってる」体で、推測しながら尋ねていく。
「そうそう。このツマミが音量。アナウンスの時は三ぐらい。CDかける時は五ぐらいね」
と、高屋が素直に教えてくれた。特に、何かを疑っている素振りもなかった。
今、中学校の各教室では、担任の先生が入り、朝の会をやっている。出欠確認などだ。十分間。
(歌も歌ってたっけ?)
思い出せない。明日になれば分かるわけだが。
その間、マサトは高屋から、放送室の機材の使い方を聞き出した。
ついでに、放送部の当面の活動予定も確かめる。根掘り葉掘り質問するわけにもいかないので、「しばらくは、放課後に部室に行っても、あんまり、やることもないよなー?」などと、何げない雑談を装った。
非効率ではあったものの、それでも、幾つもの情報を得られて有意義であった。
やがて、掃除開始のチャイムが鳴った。
「……なあ、せっかくだから、これ、半分ずつ読まねえ?」
ふと思いついて、マサトが聞いてみる。
せっかく、二人でいるのだ。何か、やってみたい。
多少は騒動にもなるだろうが、今のマサトになら、余裕で抑えられる気もする。
ちょっとばかり、自分の力を試してみたくもなったのだ。
もっとも、もし高屋が渋ったら、取り下げるつもりでいた。だが、高屋も乗ってきた。
「いいね、やるか」
「ちょうど、一個読み終わったタイミングで、僕が放送室到着へ、間に合ったことにしてさ」
「面白い! そんな漫画みたいな偶然、起こるわけないけどね。よく、そういうバカなこと思いつくね」
と、高屋が笑った。
「バカなこと、って」
マサトも吹き出す。
まず、隣に座った高屋が、紙を持つ。
この紙は、朝、放送室の鍵を借りに職員室へ行った時に、顧問の佐倉先生から受け取るのだ。本日の連絡事項が書いてある。
マイクをオンにして、高屋がアナウンスを始める。これは全校へ流れる。
「おはようございます。掃除の時間となりました。今日、職員室からの連絡事項は二つです。一つ目は、保健室より。――来週、二十六日に、一年生の内科検診があります。二、三年生も、翌日・翌々日に順次、実施します。診察しやすい、無地の白いシャツを用意しましょう。また、髪の長い女子は、髪をしっかり結ぶようにしてください」
【続く】
当初案では「健康診断」だったのですが、ネットで調べると、「内科検診」とか「耳鼻科検診」とか、科ごとに別の日にやっていて。
ああ、そういえばそうだったなあと、思い出したのでした。
四月、五月は、それこそ二週間おきぐらいに、何らかの検査があった気がします。




