29 一階突き当たり 「放送中」ランプ
放送室の場所は、不思議と、鮮明に覚えていた。
思い出深いから、というのはある。さらには、分かりやすいというのもあろう。校舎の一階を、奥へ奥へと進んでいけばよいだけなのだ。
途中、一度だけ外に出て、短い通路を渡り、別の棟に移る。全く迷わなかった。ほとんど、現役時代と変わらぬ足どりであった。
「ほうら、一発で着いたぜー」
マサトは、自分の顔がみるみるほころぶのを自覚した。
日当たりが悪く、薄暗い廊下で、「放送中」の四角い明かりが灯っていた。ドアの上に設置された表示ランプである。
ノックして、中に入る。
左手に、もう一つのドア。上半分は透明のガラス張りで、中が見える。ガラス越しに、男子生徒一人と目が合う。C組の高屋だ。
ノブを回し、ドアを引いて、マサトが中へ入る。
中にいた高屋が吹き出した。色白で短髪の、にこやかな男であった。
(ああ、こういうの、いかにも中学生っぽいなあ)
ちょっとしたことで、簡単に笑ってしまうところが、である。懐かしい感覚。
つられて、マサトも笑ってしまう。が、もちろん、すぐに謝る。
「ごめんなさい! 今日、僕が担当だったのに」
「スーさんが遅刻なんて、珍しい」
高屋が、いつも通りのソフトな口調で答えた。
いや、いつも通りとは言っても、マサトにとっては、高屋の声を聞くのは「三十年ぶり」になるのだが。高屋とも、中学の卒業式以来、全く会っていないのだ。
なお、「スーさん」はマサトのあだ名である。名字「鈴坂」にちなんでいる。
ほとんど、放送部内でしか使われてはいないけれど。
ここは、四、五人入れば満員となる、細長い部屋だ。
窓がないため、空気がよどんでいる。匂いも独特だ。
周りの壁には、全体に、防音のため、小さな穴が、等間隔にあけられている。
「有孔ボード」と呼ばれるものだ。
「済みません。ちょっと寝坊と、家でもバタバタしてて」
当たりさわりのない言いわけを、適当に並べると、
「いいよいいよ」
高屋は首を振って、室内の機材を指差し、
「えっとね。CDは、もう入れてあるからね。冒頭あいさつは、今回は二件。紙はここね。じゃあ、俺は教室戻るね」
「えっ」
マサトは慌てる。
(いや、いや。今、いなくなられたら困るって!)
校内放送をする手順など、覚えているわけがない。何しろ、三十年も前のことなのだ。
掃除が始まるチャイムが鳴ったら、まず、職員室から預かった原稿を読み上げる。全校生徒への連絡事項だ。次に、音楽を流す。
これが大まかな流れであり、一応、それは覚えている。とはいえ、機材の細かな操作方法は、とっくに忘れた。
今、放送室で一人にされたら、途方に暮れるしかない。
(高屋に、ここにいてもらうには――)
その時、チャイムが鳴った。登校時刻を告げる本鈴である。
とっさに、マサトは知恵を働かせ、
「ちょっと、急いで来たから、まだ落ち着かないんだ。手順をミスるかもしれないから、掃除の時間が始まるまで、残ってほしいんだけど。駄目かな?」
【続く】
「朝の放送」の記憶は残っているのに、なぜか、「朝に校内の掃除をやってた」記憶が全くないんですよ、私。
情けないことに。
ネットで世間の現状を調べても、掃除は「放課後に」やってる学校ばかりで。
作者の母校も含めて(事務員さんのブログによると)。
でも、卒業文集を読んでいったら、何と、朝の掃除のことを書いてる作文を発見! いやー、助かりました。探せば、いるもんですねえ(笑)。
少なくとも、昔の我が母校は、朝清掃だったようです。
まあ別に、フィクションなんだから構うことはないんですが、やっぱり、すっきりはしますよね。




