21 アイリから頼み事
アイリの鋭い指摘に対し、ぎくりとするマサト。
(ななっ! まさか、タイムリープがいきなりバレたかっ?)
こういうのは、子供の方が怖い気がする。常識にとらわれた大人よりもだ。
しかし。続くアイリの言葉。
「なんか、いつもより静かっていうか。急に落ち着いたというか」
この程度の違和感だったようだ。
マサトは苦笑し、
(落ち着いた、か。まあ、そりゃあ、一晩で、中身が三十年も年取ってるんだからな……)
と思いながらも、ひとまず、ホッとする。どうやら、超常現象や奇跡の発生に気づいている、というレベルまでには至っていないらしい。
でも、ちょっと探りを入れたくなり、
「別人みたいだった?」
アイリは、右手の指先で髪をかき上げて、
「というより、最近、あんまりしゃべってなかったじゃん。なんか、今日は色々話してくれたから」
「そうか。んー。まあ、何かの反動かもな」
マサトは、余り意味のない返答で、この話題を適当に打ち切った。
車道の端の、ゴミ集積所の横を通る。
可燃ゴミの袋の中に、紙束や本が、無造作に突っ込まれていた。
(そうか、家庭ゴミと古紙回収は、このころはまだ、厳密には分別されてなかったんだな)
マサトは思い出す。
「けどさ、お兄ちゃん、ナプキンの使い方、何で知ってたの? 男なのに」
アイリが会話を再開する。
ゴミ置き場に気を取られていたマサトは、深く考えずに答えてしまう。
「えっ。――ああ、ネットで見たんだよ」
「ネットって?」
アイリが小首をかしげる。
またも、
「っ!」
焦るマサト。
この時代に、まだインターネットは普及していないからである。日常会話で「ネット」と言ったら、張ったり包んだりする、物理的な網状の存在しか意味しない。
「――あっ、というか、本だよ、本。あと、雑誌でも見たかも。中学の保健体育でも習うし。軽くだけどね」
マサトはごまかした。
本、雑誌、かも、保健体育、軽く。複数の要素を一度に並べ立てて、正解がどれかを特定させないようにした。同時に、「ネット」という失言も忘れさせる。
タイムリープしてくる前、サラリーマンのマサトが、会話でよく使っていた方法である。
「ん。そっか」
アイリも、深入りはしてこなかった。あっさり納得したようだ。
(まあ、今の僕、中身は、当時の親父より年上なんだもんなあ。悪いけど、雑談や議論で小学生を言いくるめるなんて、わけないことだよな)
これがマサトの本音ではあった。
もっとも、まだ話の入り口にすぎず、アイリの用件はここからだという事情も、あったのだろう。油断は禁物だ。
間をあけずに、それを切り出してきた。
「お兄ちゃんに、お願いがあるんだけどさ。いい?」
「ああ。何?」
歩きながら、横のアイリを少し振り返る。
「その……。生理が来たこと、親には秘密にしたいの。テレビでやってたけど、生理になると、お赤飯、炊くんでしょ? 前から思ってたんだけど、あれ嫌だなーって、ずっと思ってて」
【続く】
本来は知らないはずの情報を密かに知っていて、うっかり、そのことがバレてしまった時、「ネットで見たんです」というのは、便利な言い逃れですよね。
インターネット環境がなかった時代は、せいぜい、「ちょっと、うわさで小耳に挟みまして」とか言ってたわけですけど、うわさ話なんて、そうそう頻繁には流れてきませんもんね(笑)。




