20 銀スポーツバッグと赤ランドセル
家を出る。
よく晴れているが、
(ん? 四月にしては、ちょっと肌寒くないか?)
もしかすると、地球温暖化の影響で、タイムリープ前の四月は、もっと暑かったのかもしれぬ。
事実、アイリは何の感想も言わないし、寒そうな素振りもなしだ。
道路に沿って、一戸建てが並ぶ。建てそびれたのか、ぽつぽつと空き地がある。その向こうに団地も。
公衆電話の横を、低音でルルルルと、ゆったり走っていく路線バス。
いかにも昭和・平成の、バブル後の光景であった。
右手に持ったスポーツバッグは、意外に重い。
(持ち方、こうじゃなかったっけ? ……いや、これでいいはず。肩からは掛けてなかったよなー)
体力の衰えでも、なさそうだが……。
(十代の体と、四十代の心。どっちが優先なのかな?)
アイリのランドセルが、少しうらやましい気もしてきた。背負えるからだ。
アイリは、横に並ぶでもなく、後ろに下がるでもなく、左斜めを一緒に歩いてくる。
小学校は服装自由なので、アイリは私服である。上半分オレンジ色、残りは白のトレーナー。肩ひも付きのジーンズ。
(懐かしいなあ。千葉のこの町には、アイリの高校卒業まで住んで、その後、一家で神奈川に引っ越したんだよなー)
と、周囲の景色を眺めるも、
(……おっと、懐かしんでる場合じゃないな。妹のことを、気にかけなきゃ)
ところが、
「――ありがとう」
何と、アイリの方から、先に話しかけてきた。
先ほどの、生理の件を言っているのだろう。遠回しに告げるマサト。
「さっきの、部屋でのこと?」
アイリの方を見ると、想定より背が低く、マサトは視線を下げる。
(この時のアイリって、本当、小さかったんだなあ)
中三と小六。最も身長差が開いていた頃かもしれない。
アイリは、頭をこっくりとさせ、
「――うん。助かった」
「一緒に出たのは、それを言いたくて?」
「そう。すぐに言わないと、駄目になると思って」
「駄目になる?」
アイリはうなずく。気がつけば、隣を歩いている。
「ああいうことがあると、恥ずかしいじゃん。お兄ちゃんと顔を合わせたくなくて、しばらく距離を置きたくなるよね。けど、時間が経つほど、どんどん気まずくなっちゃうよね。だから、早めに次の会話をして、関係を修復しておかなきゃって。……って、まあ、ケンカしたわけじゃないんだけど」
最後の「ケンカした」のところで、アイリは小さく笑った。
「!」
マサトは感心する。とても、小学生の口から出たセリフとは思えぬ。
「アイリ、すごいな、それ。その考え方は、確かにそうだよ。大人でも、まさにそこで悩むんだよ」
そういえば。
アイリは、マサトとは違って、「その後」の人生も、危なげなく渡り歩いている。
受験、恋愛、就職、結婚。欲しい物は、それぞれの年齢ごとに着実に手に入れている印象で、大きな失敗はない。
(もともと、感性が鋭かったんだなあ)
だからこそ、十二歳にして、ここまで気を回せるのであろう。
「いやいや、大人でも……って。お兄ちゃんだって、まだ中学生じゃん」
アイリのツッコミに、
(しまった!)
マサトは肝を冷やす。つい、中年のサラリーマン目線となってしまっていた。
せき払いをして、
「そっ、そうだよねえ。ぼ、僕もまだ子供だったわ」
我ながら、わざとらしいしゃべりとなってしまう。
「――でもさ」
アイリが見上げてくる。
「今日のお兄ちゃん、少しおかしいよね。さっきも、今も。なんか――確かに大人みたいな感じ」
【続く】
歩道に石ころでも転がそうかなあと思いつつ、いやいや、戦後とかじゃなくて、あくまで1990年代初頭だもんなあ、と。
こういう、現在ではないけど昔でもない、中途半端な過去って、風景描写が厄介かも。だって、写真一枚じゃ、区別つかなかったりするわけでしょう。
「公衆電話」は、精いっぱいの悪あがき(笑)。けど、今もあるしなア……。
次回、何かに感づいた様子のアイリに、マサトは?




