19 油槽所帰り、僕より若い母
カバンを持って、一階の玄関へ。
(靴は……これでいいのかな)
茶色いスニーカー。そういえば、靴については、特に学校の決まりはなかったと思う。
その時、鍵をあける音がして、目の前のドアが開き、母が夜勤から帰宅した。
「ただいま」
「おかえりなさい」
(声は、タイムリープ前とほぼ変わらんな)
だが、当然、外見はそうではない。
(――お母さん、若いなあ!)
この時点では、まだ四十代のはず。下手をしたら、リープ前のマサトより年下である。
背筋を伸ばして、母はしっかりとした足取りで入ってくる。青い作業着姿だ。健康的な、太めの体型。
母は、油槽所でスタッフとして働いている。石油をタンクに一次貯蔵しておく基地である。
その仕事内容を、マサトはよく知らないけれど、一度、母が、「石油をタンカーで運んでくるでしょ。それを溜めておくんだよ。いきなり、ガソリンスタンドとかに持っていけないからね」などと教えてくれた。
たしか、マサトが高校生の時に、母は別のパートの仕事へ転職していた。
(お母さん、カッコいいぜ!)
「一回目」の中学時代では思ったことはなかったが、大人になってタイムリープしてきた今、はっきりそう思った。
マサト自身、リープ前、アルバイトを転々としていた二十代の頃には、夜勤の経験もある。そのつらさは、今や、身をもって知っているわけだ。
それを、中年になっても続ける母。しかも、マサトとアイリを子育てしながらだ。どれだけ大変だろう。
「いやー、お疲れさまでしたね、お母さん。今日もありがとう」
知らず、マサトの口から、ねぎらいの言葉が飛び出ていた。恐らく、学生時代に、こんなセリフを親に言ったことはなかっただろう。
母は、靴を脱ぎながら苦笑して、
「どうしたのよ、マサト。変よ。そんな、サラリーマンみたいなあいさつしてさ」
困惑しているが、ムッとしている様子はなく、まんざらでもなさそうだ。
玄関へ上がってきた母の、視線がマサトから別の方へそれる。
「――あれっ、アイリも出るの? お兄ちゃんと一緒に行くの? 珍しいね」
「えっ?」
母のコメントにマサトが後ろを振り返ると、
「!」
まさに、アイリも登校の準備を整え、赤いランドセルを片手に、玄関の方へ歩いてきているところだった。
「うん。おかえり、ママ。私は今から行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
マサトを間に挟んで、母と妹が言葉を交わす。
再び、母はマサトに目をやり、
「――じゃあ、マサトもね」
「うっ、うん……。行ってきます」
と、スニーカーへ足を入れつつ、マサトがちらっとアイリを振り向くと、バチッと目が合った。アイリは真顔だ。緊張している気配だが、不機嫌そうではない。
「――」
今、母が言ったとおり、マサトとアイリが一緒に登校することは珍しい。いや、「一回目」の中学時代には、ほとんどなかった。いつも、マサトが少し先に家を出発するのが日課であった。
別に、仲が悪かったわけでもなく、ただ、お互い、難しいお年頃だっただけのことだが。
(うーむ。これは何か、僕に話があるようだな)
マサトはピンときた。
【続く】
帰宅した母をマサトがねぎらうセリフ、当初は予定になかったものです。
そこまで書いた時、ほろりと出てきました。
気取った言い方をするなら、「登場人物が勝手にしゃべった」というやつです。
もう少し冷静に表現するならば、「物語として最も適切で自然な位置に、スポッとはまった」ということなのでしょう。
次回、妹と登校です。
アイリの真意に、マサトは驚きます。




