15 アイリ ――女の子の日
(焦るなよ。慎重に、慎重に……)
自分に言い聞かせるマサト。
十秒以上、ドアの外でマサトはたっぷり時間をかけて、アイリが身繕いをし、体勢を整えるのを待った。
実際、部屋からはガサゴソと音が聞こえ、大急ぎで何かを隠す気配。
それが静まった頃、
「いいか? 入るぞ……」
そろりとドアをあけると、
バフッ!
マサトの顔面に、やわらかい物体が飛んできた。
「ぶっ!」
のけぞるマサト。
アイリが、うさぎのぬいぐるみを投げつけてきたのだ。
「変態! 来んな。今、大変なんだから!」
わめくような、高い声。
内股で立つ、黄色いパジャマ姿のアイリ。十二歳。体型は小柄だ。
タイムリープ前は四十歳過ぎ、既に結婚もして、二児の母であった。ギャップに戸惑う。
(うわ、子供だな!)
丸い瞳が、マサトをにらんでいる。
自己評価では、マサト自身はイケメンではない。しかし、妹のアイリは、両親の顔の、いいところを上手に受け継いでいる。
明確に「美少女」と言い切れるかは、微妙であろう。とはいえ、クラスで「かわいい女の子を挙げよ」という話題が出たら、そこから名前が漏れることはないはずだ。
その後は、二十代後半に、外資系企業の優秀な男性と結婚し、幸せそうな家庭を築いていた。
さて、目の前のアイリだ。
寝起きのままらしく、セミロングの髪はボサボサである。片手はお腹を押さえ、もう片方の手でズボンのゴムをつかんで、引っ張り上げていた。
慌てて、マサトは横を向き、
「ごめん、ごめん。な、何か、つらそうだったから。もっ、もしかして、女の子の日?」
「は? 女の子の……何?」
イラついた反応。
マサトとしては、「生理」を遠回しに言ったつもりだったのだが、通じなかった。
(ストレートに言うか……)
まず、アイリに対して、マサトは完全に背中を向けた。見えないようにして、安心させるためだ。
続いて、言葉を区切らずに、用件を一息で述べた。なるべく、気まずい思いをさせないように。
「――違ったらごめんね。もしかして、せっ、生理が来て、困ってるんじゃないかなと思ったんだけど。もし、そうなら、対応の仕方とか、僕も一応は知ってるから。少しだけでも、何か手伝えないかと思ってさ」
口ごもったのは最初だけで、あとはスラスラ言えた。
「一回目」の、真の中学生時代なら、絶対に言えなかったはずだ。しかし、今のマサトの「中身」は、社会人生活が二十年の大人なのである。
これ以上の正念場、修羅場も何度か経験している。例えば、嫌な上司にへつらう、怖い顧客に応対する、職場の組合を仕切るなどだ。
背後で、アイリが息をのむ音。
「えっ、なっ、どうし……」
言葉にならないが、怒りは薄れている様子だ。最も言いにくいことを言い当てられたので、ぽかんとしているらしい。
マサトは、
「済まん。おせっかいなら、今すぐ出てく。もうちょっとしたら、お母さんも帰ってくるし。まあ、あれかな? お母さんに相談した方がいいかもね」
一歩引くのも、サラリーマンの交渉術である。
十秒ほどの沈黙。
いつの間にかアイリは泣きやんだようで、「ひっく、ひっく」という、のどの辺りを鳴らす音も消えていた。
「――ううん。せっかく、やり方、お兄ちゃんが知ってるんなら、今……教えてほしい」
落ち着いた声で、アイリがはっきりと答えた。
【続く】
次回、男兄妹として立ち入れる範囲。




