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今の生活に不満はないのに タイムリープしろと君は言う  作者: KIZOOS
第二章 タイムリープ初日【マサト15歳・西暦199X年4月某日】
14/67

14 前回見捨てたすすり泣き

 廊下へ出て、突き当たりのトイレに入る。

(こんなに広かったのか! 一戸建ては、トイレも立派だな)

 アパートのコンパクトなトイレに、すっかり慣れていたことに気づく。


 トイレの壁のカレンダーには、父親の勤務先の会社のロゴが。定年退職まで、毎年、年末に父がもらってきていたカレンダーだ。

 父は、主に町工場を取り持つ商社マンである。業務内容の細部まで、ちゃんと知っているわけではないが。

(この会社、知名度は全国区とは言えないけれど、その後のビッグバンも、金融再編も、サブプライムローン問題も乗り切って、未だに社名も維持してるからなー。大したもんだ。親父、なかなかすごい所に勤めてたんだなあ)

 父親の優秀さにも、マサトは今さら気づくのだった。タイムリープ前は、病気がちの老人だったが。


 トイレを出ると、斜め向かいの部屋から、

「うっ、うっ……」

 しゃくり上げる声が、ドア越しに聞こえた。ドアには、「あいり」という、カラフルなドアプレート。

「あっ!」

 叫びそうになったが、何とか小声にとどめた。

(そうか、思い出した! 今日は、例の騒動が起きた日か。この日のこと、覚えてるぞ! アイリの初潮があった日だ)


 アイリとは、マサトの妹である。三歳違い。

 今、部屋で泣いているのは、突然、生理が始まったからである。


(ああ、なんで、よりによって、こんな日へタイムリープするんだよ……)

 タイムリープ前の「一回目」では、マサトは何もできなかった。

 部屋で泣いてるらしき声は聞こえていたものの、話しかける勇気もなく、面倒くささもあり、結果的に無視をしてしまった。幸い、中学へと登校する直前に、母親が夜勤から帰ってきて、対応してくれた。

 その夜、夕食に赤飯が出て、真相が分かったという次第であった。


 この一件で、自分が兄貴として役に立てなかったことを、マサトはずっと心に引きずっていた。

 事の性質上、具体的な相談に乗れたとまでは思えない。だが、全くの無視というのも、ちょっとひどい。

 せめて、声をかけるぐらいは……。

(――いや、声かけ以上のことも、今の僕なら出来るぞ。社会人になって、女性の生理についても、多少は勉強したからな)

 ということに、マサトは気づいた。

 もっとも、決して自信があるわけではないけれど。いや、むしろ不安だらけだ。

「んっ!」

 マサトは深呼吸をして、青いパジャマのズボンを上げ、身だしなみを軽く整えてから、ドアをノックした。アイリの部屋のドアは、閉め切ってはおらず、すき間があった。


「アイリ、アイリ。どうしたの。ごめん、大丈夫か? ちょっと、入ってもいいか?」

 できるだけおだやかな口調で、ゆっくり、マサトは呼びかける。

 中学生時代のマサトは、照れもあり、妹に対して、結構ぶっきらぼうなしゃべり方であった。だが、そんな未熟な少年は、もういない。

 長いサラリーマン生活で習得した、優しい声音こわねで、マサトは話しかけた。

【続く】


繊細で微妙な主題ですので、特に丁寧な執筆を心がけようと思っております。

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