ドッキング
次にどうするかを悩んだ挙句、みんなの意見を聞いたところ、室内作業とミッション作業を同時並行でやった方が良いとの事だったので、七海ちゃんたちはミッション本体の作業で、元々室内作業だった塔子ちゃん達には、シフトレバーやサイドブレーキの取り付け作業に入ってもらう事にしたよ。
七海ちゃんは、ミッションを取り付ける前に交換できるエンジンマウントを計3つを新品と交換していった。
やっぱりマウントを新しくすると、今まで弱っていたところに対して凄く硬くなってエンジンの動きを阻害するように見えるため、ミッションの取り付けの際にエンジンを傾けたりするのにちょっと不利に働くんだけど、後からでは面倒になるために、この段階で交換した。
本来はエンジンを支えたり、凄く大変な作業なんだけど、そこはうちの自動車部なので、エンジンにラッシングベルトをかけてから、部員6人で引っ張ってエンジンを浮かせてる間に交換したんだよ。
一応、1年生がジャッキをスタンバイさせていたんだけど、全く必要なく終わっちゃったんだよね。
若菜ちゃんなんて
「私1人で3気筒のノンターボくらいなら支えられますよ」
って言うんだよ。
そういう事はあまり自慢しない方が良いからね。
確かに、マウントが新しくなったエンジンを揺すってみたけど、ガッチリしていて本当にマウントって名前の通りの働きを感じたんだよね。
そして、外したマウントを見ていた沙綾ちゃんが
「これ、切れてますよ……」
と言って私の方へとそれを差し出した。
すると、円に近い金属のブラケットの中に、防振ゴムでできたマウント部があるんだけど、そのゴムの外周部がパックリと口を開けていて、とてもじゃないけどマウントの働きをしているように見えない状態になっていたんだよ。
「だからこのムーヴって、エンジンが凄く震えてたんですね……」
七菜葉ちゃんが言った。
私は最初からこの状態でしか乗っていないので、特に違和感を感じず、『昔の軽だからこんなものだろう』程度にしか思っていなかったのだけど、やはりこの辺の家の娘達は家に軽トラックがあって、比較対象があるので違和感を感じてたのだそうだ。
「それにナナっちの家は、おばさんが昔ムーヴに乗ってたっス!」
と七海ちゃんが言って、私は更に納得してしまった。
そうしている間にも続々とエンジンルームの作業は続いていって、マスターシリンダーも取り付け終わり、遂にエンジンルーム作業はミッション本体を残すのみとなった。
なんか、このミッション本体も凄く綺麗になっていて、あの事故車についていたものとは思えないほどになっていた。
言っては悪いが、ミッションのドナーとなった事故車は、見た目にほとんど洗車もされておらず、室内も普段から散らかり放題のように見え、あまり程度の良いものには見えなかったのだ。
そのミッションを見た沙綾ちゃんが
「また、オーバーホールしたんですね」
とため息交じりに言っていた。
聞くと、以前から解体屋のおじさんは、自動車部に卸してくれる中古パーツを、こっそりオーバーホールしてくれたり、新品同様に組み直してくれたりしてから、しれっと、そのままの状態であるかのように渡してくれていたのだそうだ。
沙綾ちゃん曰く、このミッションはよく見ると、割ってから組み直したような痕跡が見られ、洗浄しただけでは説明のつかない状態になっているのだそうだ。
私はおじさんに感謝すると同時に、改めて思ったのはみんなと同じ事で、おじさんは一体何者なのだろうという事だった。
みんなで、今さっき動きづらくしたエンジンを傾けながら斜めにして、ミッションを挿しこんだ。
なかなかエンジンが思い通りの角度にならなかったのと、それによって、ミッションから出ているシャフトが、エンジンの穴の中に入らなかった事から、ちょっと作業は難儀したけど、ここはやっぱりみんなの力技で、ミッションをドッキングさせることに成功した。
「やったぁ!」
私が言うと、みんなから歓声が上がって、一挙にお祭りムードに包まれたが、そこに沙綾ちゃんが
「ちょっとみんな! まずはミッションの固定を終わらせてから喜ぶの!」
とピシャリと締めると、みんなはミッションとエンジンをボルト留めに入った。
確かに、このボルトも手が入り辛い箇所が結構あり、元々ついていたオートマのミッションを外す際も、エンジンルームの室内側の上部のボルト数ヶ所は、みんなでエンジンを傾けたり、その周辺の部品を外してみたりして外していたので、取り付けもやっぱり困難を極めて、外した時同様のエンジンを傾けてみたり……といった作業が必要となった。
しかし、そんな苦労の末に撮り付いたミッションを見た時のみんなの感動と言ったら、それはそれは凄いものだったんだけど、そこで感動しちゃってると先の作業に進めないので、沙綾ちゃんが再びみんなを締めると、次にドライブシャフトの取り付けに入った。
そもそも、この部位の異常から始まった今回のミッション換装騒動なんだけど、今までの作業の大変さに比べると、こっちはかなりあっさりと終わってしまったような印象だった。
作業自体は、左右の車軸に向けて、エンジンとミッションから伸びている棒を差し替えるという原理的に言えばそんなものなので、確かに、エンジンやミッションの側に挿しこむのが結構コツが要って難しく感じたけど、あのミッションの交換の後となっては、さほど大変なものではなかった。
正直、慣れって怖いと思いながら同時に、こうやって色々な作業が経験できる今の環境は凄く楽しく、そして、とても充実していると素直に思えたんだ。
こんな何変哲ない、ボロボロのムーヴをみんなで囲んで、ああでもない、こうでもないと本気で悩みながら作業をして、完成させようとみんなで同じ方向を向いて作業をする楽しさは、私が今までの人生で得た事の無いものだった。
きっと、普通の娘は、スポーツであったり、バンド活動であったり、またはダンスやゲームであったりという事で、みんなと繋がって同じ目標に向けて本気で頑張るという経験をしてきたのだろうが、私にとっては、これが初めての経験なのだ。
私は、いつの間にかそんな事を考えながら清涼感に浸っていた。
ふと気がつくと、みんなは黙々と作業をしていたけど、七海ちゃんや沙綾ちゃんの様子から、敢えて気付かないふりをしていたのだと分かった。
ドライブシャフトの取り付けまで終了して、あと残されたのは、クラッチペダルの取り付けと、ミッションのワイヤーの接続、そして、ブレーキのオーバーホールのみとなった。
「室内の固定は終わりました!」
室内担当のチーフの塔子ちゃんが、開いていた窓から顔を出して言ったので、中を見ると、フロントのシートが無くなった室内で、今までは見えなかったフロアのセンターから細長いレバーが生えていた。
それこそが、マニュアルのシフトレバーであった。
シフトブーツが蛇腹ゴムみたいなのと、シフトノブも変な形でちょっとカッコ悪いけど、それでもみんなの待ち望んだマニュアル仕様へと室内も変身したんだ。
ふと見ると、いつもなら片付けて解散にする時間なんだけど、私は、どうしても今日中にこのシフトレバーを動かしたくなってしまった。そして
「今日は、ワイヤーの接続までやりたいんだけど、良いかな?」
と思わず言ってしまった。
すると、間髪入れずにみんなが
「ハイッ! 勿論です!」
と言ってくれた。
そして、その目は爛々と輝いていたんだ。
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