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配線図

 ふと唯花さんが、私に言った。


 「燈梨、配線図のコピーとか貰った方が良いかもよ」

 「えっ!?」

 「車の配線って、車種によって全く違うし、配線の色だってメーカーや車種によっても全く違うから、兄弟車でも違ってたりするんだよ。だから、そこの部分だけでもあった方が良いぞ」


 唯花さんがその後、話したところによると、ミサキさんのローレルのミッション交換の際も、色々と電気配線が絡んだそうだ。

 最も大変だったのは、AT車だと『P』に入ってないと、キーが抜けないようになっている機構をMTにする際にキャンセルさせないといけないのだが、それが分からなかったそうだ。

 載せ替えた人の話や、HPなんかを見ても、全く分からないどころか、やった人たちが短絡させた配線が、何パターンもあって、どれがミサキさんの車に当てはまるのかが分からずに2日間悩んだそうだ。

 しかし、ダメもとでディーラーに行って配線図を見せて貰ったら、たちどころに解決した経験があるそうだ。


 「コピーくれたりする事もあるからさ、一回、聞いてみるのもアリだと思うよ」


 言いながら、ニカッと笑う唯花さんを見て、私はもう作業に関しては全て解決したような不思議な安心感に包まれていた。


 「そう言えば、燈梨ちゃん。引っ越しはいつになったの?」


 朋美さんが訊いてきた。


 「今度の土曜日の予定なんだ。その時に舞韻(まいん)さんが、私の車に乗って来てくれるんだ」


 私は、ちょっと嬉しくなって答えた。

 遂に、初めての1人暮らしが始まる事と、学校の近くから通える事で、部活終わりにみんなとどこかに寄って帰ったり、遊びに行ったりできるかもしれないと思うだけでも、凄く嬉しかった。

 家を出るまでの私の生活の中には、放課後の時間は存在せず、家に真っ直ぐ戻ってくるものと決まっていたのだ。

 私も、ある時までそれが当たり前だと思っていたし、どこかに寄って帰りたいなどと思った事も無かったのだが、今はそれがとても楽しみになっている自分がいる事に気付いた。


 私の様子をニヤニヤしながら眺めていた唯花さんが、私の視線に気付くと


 「燈梨ぃ、高校生の楽しみが分かってきたみたいだねぇ……。でも、ゴメンね、引っ越しの日さ、私とトモ、バイトなんだ。落ち着いたところで、ご飯ご馳走するからさ」


 と言ったので、私はニコッとして


 「大丈夫だよ。荷物も無いし、当日は沙織さんと舞韻さんの他に、部の娘が何人か来てくれるって言ってたから」


 と言うと


 「おおっ、燈梨は転校2日目にしてもう、何人も友達ができたのかぁ~凄いな!」

 「燈梨ちゃんの引っ越し要員から最初から除外されてるなんて、私はいらない子だったんだね……」


 唯花さんがニヤッとしていったのに続いて朋美さんが、そう言って泣き崩れるフリをしていたので、私が近づいて


 「そんな事、ないんだってば」


 と言った途端に、背後から唯花さんに羽交い絞めにされて、朋美さんが私の脇腹をくすぐり始めた。


 「私の事を、いない子扱いした燈梨ちゃんなんか、お仕置きなんだからね!」


 と、いつものこのメンバーの悪ノリに身を任せながら、しばらくの時間を過ごした。


◇◆◇◆◇


 「それで、昼間あたしとこの2人で見て来たけど、特に問題なさそうね。アパートや周辺に変な奴とか住んでる気配も無いし、周辺環境も問題なさそうだし」


 朋美さんのくすぐりが落ち着いてから、テーブルに戻ると沙織さんが言った。


 「燈梨、良い所じゃん! 新しくて綺麗だし、建物もしっかりしてそうだし」

 

 唯花さんが沙織さんに続いて言った。

 アパートは、学校の学生課で斡旋して貰った。

 どうも、この街は昔は観光業で栄えたものの、今はすっかり冷え込んで、人口減と、学校の生徒数確保に苦しんでいるそうだ。

 それを打破するべく、車やバイクでの通学によって、周辺の学区の生徒を受験させたり、アパートなどを斡旋して、東京をはじめとした全国から生徒を呼び寄せて移住させようと、随分前から取り組んでいるそうだ。


 ちなみに、私の住むことになったアパートは、元々近くにあった観光ホテルの寮だったが、倒産したためにアパートとして開放されたそうだ。

 沙織さん曰く、作りはしっかりしている建物なので、冬に隙間風に悩まされたりする事は無いそうだ。


 「それで、家電付きだから、ホントに何も持たずに入れるってのがメリットかな」


 私は言った。

 ホテルの寮として使っていたアパートだったので、備え付けられていた家電が残されていて、手荷物だけで入居可と学生課でも太鼓判を押されていたのだ。

 建物が綺麗で、オートロックで家電付き、それと、もう1つ大きな要因があってこのアパートに決めたのだ。


 「でも燈梨、ホテルの寮についてる家電なんて、あまり期待できないよ。良くて量販店に売ってる一番安いやつで、酷いとホテルで使わなくなった部屋にある使い古しのやつとかだったりするからね」


 唯花さんが言ったので、私はちょっと不安になったが、今までの家出生活で泊まり歩いた所には、もっと酷いところもあったので、そのくらいは何とかなると思っている。

 それに、私にとって、あのアパートにした最も大きな要因は


 「でも、1階にガレージがあるのが良いよね。冬場に朝、車が凍ってたり、雪に埋まったりする心配がないって、この辺じゃ大きいんだよ」

 

 不意に朋美さんが言った言葉の通りだ。

 私がこのアパートに決めた最も大きな要因は、このガレージなのだ。

 部屋によってガレージか、隣にある月極駐車場になるのだが、ガレージのついている部屋が空いていて、そこに入る事ができたのだ。


 「トモの言う通りなんだぞ、燈梨。これがあれば冬タイヤへの交換も自分でできるし、夏場だって、車の作業し放題なんだぞ!」


 と、唯花さんがニコニコしながら言った。


 「これで、作業がある時は、燈梨ちゃんのアパートに集合で大丈夫だね」


 朋美さんも、ニコニコしながら冗談を言っていた。

 私は嬉しかった。

 今まで、友達がいた事も無かったし、家には誰も連れてきてはいけなかったため、誰かを自分の部屋に呼んで遊ぶなんて事は経験がないのだ。

 しかし、これからはそれができるのだ。学校のみんなや、唯花さん達を呼んで、遊んだり、ご飯を食べたり、そして、ガレージで車をいじったり……色々な事ができるのだ。


 私は初めて得た自分の城での生活と、車がやって来る土曜日が本当に待ち遠しいと思っている。

 こんなに何かを待ち遠しいと思った経験などなかったために、表情に出ていたのだろう。沙織さんから


 「燈梨、早く土曜日が来ないかなって、顔してるわよ」


 と言われてハッとした。

 次の瞬間、唯花さんと朋美さんが私をジト目で見て


 「つまり、私らなんか、とっとといなくなっちまえって、思ってるんだな!」

 「ひっど~い、燈梨ちゃんったら、学校で友達出来たら、ウチらには塩対応とか、マジ傷つくんですけどー!」


 と言いながら、にじり寄ってきて


 「トモ! 友達甲斐の無い燈梨をやっちまえ~!」

 「燈梨ちゃん! お仕置きだからね!」


 と襲い掛かってきて、また、いつものようにくすぐりの刑に処されてしまった。

 私は、くすぐったさに耐えながらも改めて思った。

 早く、土曜日にならないかな……と。


 「トモ! 燈梨がニヤッとしたぞ! また思ってるに違いない」

 「こうなったら、本気でやっちゃうんだから~!」



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