疑問
私たちは、外れたミッションを眺めてみた。
「思ったより、小さいんですね」
取り外し作業に当たった若菜ちゃんが言った。
確かに、私たちの作業の主流になっているスカイラインやセフィーロ、シルビアなどのミッションは、取り外したことがなく床下から見ただけなんだけど、凄く長くて大きな物だったハズなので、ムーヴのミッションの小ささには思わず驚いてしまうほどだった。
「これくらいのサイズでないと、エンジンルームに収まらないし、なにより軽自動車のFFだからね」
後ろで見ていた舞華ちゃんが言った。
確かに、軽自動車という全幅が極端に狭く制限された規格の中で前輪駆動化するとなると、エンジンを小さくするか、ミッションを小さくするかしか無いけど、これできちんと変速動作をこなしていたというと、他のミッションのスペースは無駄なのではないかと思えてきた。
すると、七海ちゃんが言った。
「それだと、大半のFRのミッションはどうしてあんなに大きいっスか?」
「ななみん。それは狙いが違うからだよ~。せっかくエンジンを縦置きして、ミッションが室内に入り込んでるんだから~ダイレクトに変速させた方が良くない~?」
柚月ちゃんがその疑問に答えてくれた。
確かに、FR車のエンジンは縦置きされていて、前席の足元の部分はミッションが通るために狭められているが、私がエッセのシフトチェンジをした際に感じたのは、なんか紙を一枚挟んで動かしている様な、手袋をして何かを掴んでいる様な違和感だ。
もう少しガッチリとした手応えが感じられるスカイラインやシルビアのそれに比べると、そこまでではないが、敢えて言うならグニャっとした感じがすると言えなくも無いのだ。
その疑問がそれに集約されているのだ。
FR車が前席足元のスペースを若干犠牲にしてミッションを置いている代わりに、あのガッチリしたダイレクトなシフトフィールを手に入れているのだ。
FF車のそれは室内効率を良くして、前席足元を広く取れる代わりに、ダイレクトなギアチェンジができなくなっているのだ。
みんなが、まじまじと外したミッションを眺めているのを見た私は言った。
「それじゃぁ、今日のところは、部品もない事だし、キリも良いからここで終わりにしよう。片付けをはじめるよ!」
「ハイッ!!」
返事と共にみんながてきぱきと外したミッションを端へと片付けていった。
◇◆◇◆◇
翌日、私たちが取りに行くつもりでいたが、放課後に教師水野から
「あぁ、あ……いや、解体所の社長が昼に来て、部品一式を用意しておいたそうだ。それと、メーターも持ってきたそうなので、最後に交換すると良い」
と言われ、取り急ぎ届いていた新品部品の中からエンジンマウントを受け取ったのでガレージに行くと、そこにはミッション関連の部品と、メーターが鎮座していた。
しかし、なんでメーターなんか置いていってくれたんだろうね。
「これ、タコメーター付きっス!」
職員室から運んできたエンジンマウントを作業机に置きながら、七海ちゃんが言った。
あぁ、そう言えばムーヴのメーターって、スピード表記が無意味に大きく湾曲して書かれた間延びした感じのメーターだったよね。
なるほど、あの間延びした感じって、元々タコメーター付きと同じ面積があるのを無理矢理埋めるために、ああいう変なデザインにしてたんだね。
これでタコメーター付きになるんだね。
あれ? でも確か、舞華ちゃんからの申し送り事項の中の1つに、結衣ちゃんがムーヴのタコメーター化をしようとしたけど、確か出来なくて諦めた……ってあったような気がするんだけど。
そう思っていたところ、沙綾ちゃんがスマホを片手に
「待って下さい! ムーヴの純正メーターは適合条件が揃わないと動かないって書かれてますよ」
と叫んでいた。
そのあたりのページをいくつか見ていくと、同じようにタコメーター無しからタコメーター付きに変更したものの、スピードが不動になったり、警告灯が点きっ放しになったケースが報告されていた。
まぁ、警告灯に関しては、構内車両なので電球を抜いてしまうという手も無くはないけど、スピードが動かないというのはさすがにちょっと不便だ。
などと考えていると、沙綾ちゃんが
「なんか、メーターの後ろに封筒がくっついていますよ」
と言って私に封筒を渡した。
私はそれを開くと
『自動車部各位
勉強熱心なみんな事だから、L175Sムーヴはメーター交換すると動かなくなるという事を知って二の足を踏んでいるとは思うが、これはおじさんが数百台の解体車から会得したノウハウで選んだ動くメーターなので、試してみてね。PS.コンピューターは換えてネ』
と書かれていた。
それを後ろから読んでいた沙綾ちゃんは
「やっぱり不思議なんですよね。あの人は」
と言った。
前に舞華ちゃんにも聞いていたが、あのおじさんはエアコンのコンプレッサーや、車高調正式のサスペンションなどを、メーカーに出すことなくオーバーホールしてしまうような人らしく、その技術力は未知数なのだという。
そんな未知の技術を持ちながら、こんな元観光地の山奥で何故解体屋さんをやっているのか、不思議でならないと舞華ちゃんは言っていたのだ。
「噂では、元F1マシンのエンジニアだったって話っス!」
「私が聞いたのは、WRCのチーフエンジニアだって」
七海ちゃんと沙綾ちゃんが言っていたが、いつも間にやら他の1、2年生が
「フェラーリのエンジニアだったって……」
「ルマンで優勝したマシンのエンジンをいくつも組んだ凄い人だって聞いてます」
「グループAに出たGT-Rは全てこの人がエンジンを組んだって……」
と次々におじさん列伝を語り出したが、年代的に眉唾な話が多く、おじさんの正体は不明なままだった。
「とにかく! メーターは最後に回すとして、まずは届いた部品を使ってマウントの交換とミッションの交換に入るよ」
「ハイッ!!」
私の号令でみんながそれぞれ動き出した。
まずは、AT車ではクラッチの代わりをしている部分を取り外して、マニュアル車のクラッチとフライホイールに替えていく。
ATのトルクコンバーターという部品をボルトを回して取り外す。
これって結構な重さがあって、ATとMTの重さの違いって、こういった処々の部品の重さが積み重なって最終的には10kg単位になっていっちゃうんだね。
その次に、奥にあるドライブプレートっていう部品を外していく。
これはマニュアルではフライホイールに当たる部品なんだけど、こういうところもATとMTで違うんだね。
取り外し方は、円形で周りがギアの刃のようにギザギザになったところに、回り止めの工具を挿しこんだ状態で、中心点のボルト6本を回して外してあげるんだけど、そのボルトの形状が普通のと少しだけ違っているので、回し方に注意して舐めないようにするって本などには書いてあったよ。
「こうっスか?」
「うん、そう、そうやって丁寧に回していってね」
七海ちゃんの作業に付き添って指示を出していくと、無事ドライブプレートのボルトが外れて、ドライブプレート本体が外れていった。
「やったっスー!」
七海ちゃんが歓喜の雄叫びを上げながら外したドライブプレートは、やっぱり結構重くて、ミッション本体が結構小さくて軽かったのとは対照的に感じた。
これをクラッチとフライホイールに替えるだけでも、軽量化と伸びの良さが期待できるかもね。
遂にミッションと動力系が外れたところで、次はクラッチ等の取り付けに入れるね。
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『本当にこのままミッション交換できちゃうの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。




