ヨゴレと黄金の脚
床洗浄の話がひと段落ついたところで、到着した冬タイヤをチェックした。
全部の部車に買うと結構な値段になるので、初年度は使用頻度の高い車に買って、来年以降残った車に買っていく……という方向性だとの事だった。
確かに、スタッドレスタイヤって高いもんね。
既にホイールに嵌まっていて、どの車に履かせるかまで書いてある。
正直、この辺の選定も含めて私たちにやらせて欲しいところだけど、こればかりは随分前に3年生が決定していた事なので仕方ないかな……。
今回スタッドレスを履かせる車は、いつも練習している教習車のスカイラインと、校外に出るシルビアとセフィーロ、それからグラウンド整備に使うプレミオと第二練習場の3台、更にはサファリだね。
あれ? なんか、更に書き足してあって、『ムーヴ(中古)』ってなってるよ。
まぁ、確かにこの間ゴミ捨てに行く時とかに活躍したし、案外、大物の荷物を校内で移動させるのには結構役に立つんだよね。
それじぁ、今、ここにある分に関しては手早く交換しちゃおう。
最近、整備したばかりのセフィーロは別としても、他の車はこの機会に下回りの点検なんかも一緒にやっちゃおうね。
「ハイッ!」
私は、若菜ちゃん、美桜ちゃん、陽菜ちゃんと一緒にセフィーロのタイヤ交換に入った。
教師水野の用意したスタッドレスは、白いホイールについた真新しいタイヤだった。でも、ホイールはちょっと黄ばんだりしているから中古品なんだろうね。
最初にホイールナットを緩める作業から開始した。
この車は4穴なので、最初に緩めたナットの次に対角線上にあるナットを緩めていくという順番だ。
あとはジャッキアップ後にやるので、あくまで最初は緩むところまでで良いんだ。
次にフロアジャッキを使って2輪ずつジャッキアップして、ジャッキスタンド、通称ウマと呼ばれるものに車体を載せて固定させる。
その上でホイールナットを完全に外して、タイヤをホイールごと外すんだけど、何故だろう、外れてくる気配がないよ。
揺すったりしてるけど、ぴったり嵌まっていて、まったく外れる気配がない。もしかして、この4本以外にどこかに隠しナットがあるんじゃないかと思ってあちこち見ていると、背後から舞華ちゃんが声をかけてきた。
「おおっ、燈梨ぃ。外すのに苦労してるみたいだねぇ~」
「おかしいんだよ。4つともナット外してるのに、外れてこないんだ」
私がちょっと焦り気味に言うと、私を手で制して言った。
「純正のホイールでは、こういう事が往々にしてあるんだよ。……みんな、ちょっと離れてて。オイ、ヨゴレ担当の柚月、やれっ!」
「私は~ヨゴレじゃないやい~!」
舞華ちゃんと柚月ちゃんの掛け合いの後で、柚月ちゃんがおもむろに構えると、タイヤの下半分に思い切り蹴りが決まって、次の瞬間、タイヤの上半分がホイールハブから“ガコッ!”という音と共に外れてきた。
舞華ちゃんの話だと、純正のホイールはその車のハブ周りに合わせて作られているので、隙間や凹凸などがジャストフィットなのだそうだ。
しかし、反面ジャストフィット過ぎてピッタリ嵌まって外れ辛くなってしまう事がるそうだ。
「あと、使っていくうちにハブ周りがサビてきて、そのサビた分が膨らんできて嵌合みたいになっちゃうんだよね」
舞華ちゃんがへらっとして言うと、他のみんなも同様に蹴りを入れていってホイールを外していた。
「みんなー、蹴りは最終手段で、あくまで上下を持って揺すったり、ゴムハンマーとかでショックを与えるのが基本だよ。なにせ、コイツはヨゴレだからねー」
「ヨゴレじゃない~!」
舞華ちゃんがその様子を見て注意をした。
蹴りばかり入れていると、ウマから車がズレて落ちる危険性があるため、基本は手で揺すったり、叩いたりするのだという。
外れたタイヤに代わって、スタッドレスタイヤ付きのホイールを持って行ったけど、やっぱりスタッドレスだけあって、さっきの夏タイヤよりもパターンがデコボコだよね。
そして、指でパターンを押し込むと、私の指を包みこむようにジワリと沈み込んでいったよ。
「その柔らかさが、雪や氷に有効なんだよ」
舞華ちゃんが言って、みんなが納得したように頷いた。
これがカチコチになると、いくら溝が残っていても何の役にも立たないんだな……という事は何となくではあるが理解できた。
よく雪の心配がなくなって、暖かくなってもスタッドレスを履かせっぱなしの人がいるけど、この柔らかさで夏の乾燥路なんかを走らせたら、柔らかい消しゴムでおろし金を擦っているようなもので、自殺行為だというのがよく理解できた。
タイヤの両端を持って持ち上げてみて驚いたのはその重量で、このタイヤはさっき外した夏タイヤよりも驚くほど軽かった。
見回してみると、後輪を作業している若菜ちゃんも同じように驚いているので、私の錯覚ではなかったようだ。
すると、その様子を見ていた舞華ちゃんが
「このホイールは、昔の競技用ホイールなんだよ。だからとっても軽量にできてるんだ。これぞホイール交換のメリットが感じられるってもんだよね」
とちょっとドヤ顔で言っていた。
舞華ちゃんの話によると、世の中には見た目を求めて変えるファッション目的なホイール交換と、軽量化を求めて変えるホイール交換の2種類が存在するそうだ。
どちらが良くて、どちらが悪いという訳ではないが、ホイール交換の目的には、本来的に軽量化というものがあるという事らしい。
確かに、この2つのタイヤのサイズが同じことを考え合わせると、そういう事なんだろう。
舞華ちゃんは、そのホイールをまじまじと見ながら
「恐らく、S13系でジムカーナやってた人のホイールじゃないかな? 今となると結構渋いよね」
と言った。
このサイズで4穴、更に極端に太いタイヤサイズにしない設定だと、S13で正式な競技をやっていた人の可能性が非常に高いそうだ。
「S14以降だとターボは5穴になるし、ハチロクとかに履かせると失格だしね」
舞華ちゃんはへらっとして言った。
あまりに舞華ちゃんが博識なので、私は思わず
「凄いよマイちゃん! 一体どこでそんなこと知ったの?」
と訊いていた。
「あぁ、クソ兄貴が一時期『競技会場荒らし』とか言ってジムカーナやダートラのシリーズ戦に参戦してた事があって、その時に兄貴が調べてたのを覚えてたんだよ」
と鼻の頭を掻きながら言っていた。
「マイのお兄さんって~、一時期ロードスターとか~スイスポとか乗ってた時期あったもんね~」
「あぁ、両方とも林道の崖から落としたけどね。あのバカ兄貴、自慢してたからね『同じ位置から2台落としたのは俺だけだ!』って、もっとまともな事で自慢しろっての!」
柚月ちゃんに言われた舞華ちゃんが恥ずかしそうに吐き捨てて、それを聞いたみんなが苦笑していた。
それにしても、今回のタイヤ交換では1つの作業の中で色々な事を同時に知る事ができちゃったよ。
だから車って面白いよね。
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