再びの…
ライトのバルブを買うと、舞華ちゃんとしばらく話してから部屋へと戻った。
今日は、大学の説明会があったから、舞華ちゃん達は午後からそっちに出てたんだって。
そうか、舞華ちゃん達は推薦だから、もう、進学の準備に入ってるんだね。
アパートのガレージに車を入れて、オートロックの玄関を抜けた時だった。
「だーれだ?」
と言う声と共に、私の目の前が真っ暗になった。
今度こそ騙されないよ。
「唯花さん!」
「ぶぶーー。は・ず・れ。燈梨は未熟者だなぁ……」
私は返答したが、また切って捨てられてしまった。
私は後ろを向こうとしたが、目隠しをしている手に強引に頭の向きを真っ直ぐに向けられてしまった。
「ちょっと、見せてくれなかったら、ハズレかどうかわからないじゃん!」
「ええーい、うるさい! 敗者に人権はないんだよ。キリキリ歩く!」
そのまま部屋の前まで連れていかれて、ドアの前に立った時、ようやく目隠しが外れたので見ると、背後には唯花さんと朋美さんの他にミサキさんが立っていた。
「ああっ!」
私は思わず言ってしまった。
「燈梨ちゃん。来ちゃった」
ミサキさんはニコッとしながら言った。
3人を部屋に上げると、ミサキさん達が用意してきた食材を使ってみんなでしゃぶしゃぶにした。
ミサキさんは、鍋をくぐらせたお肉を頬張ると言った。
「燈梨ちゃん達の部で、セフィーロの載せ替え車を構造変更取るんだって?」
「うん、車庫証明までは上がってきたから、あとは予約を取って、整備して持って行くんだ」
私は答えると、唯花さんが訊いてきた。
「そう言えば燈梨、例の先生はどうなった?」
「話してみたら、やっぱり用意はしてたみたい。一応、舞華ちゃんのお兄さんからも貰ったから、今、この2つをドッキングして作っている最中なんだ」
と答えて、鞄の中から取り出した書類を示して見せた。
「はふはふ……取り敢えず、食事中は何かこぼしたりするとまずいから、後で見せてよ」
唯花さんの指摘に私はハッとして書類をしまった。
前回に引き続き、今日もみんなで鍋を囲みながらの夕食はとても楽しかった。
私は今までの生活の中で1人でいるか、誰かといても会話の無い食事ばかりをしてきたので、正直こういう機会はとても楽しく、そして待ち遠しいものだったりする。
食器洗いを手伝ってくれながら、ミサキさんが
「燈梨ちゃんは、お友達と一緒に夕食にしたりするの?」
と訊いてきたので、私は、この間唯花さんと朋美さんが来た翌日に、鍋の残りをお弁当に入れたら、そこから鍋の話題になって、みんながこれから定期的にここで夕食会にしてくれる事になった話をした。
すると、部屋にいた唯花さんが
「おおっ! 燈梨、良かったじゃん! 姉さんは、燈梨に友達ができてくれて本当に嬉しいんだぞ」
と、オーバーアクション気味に喜んでくれた。
私は、みんなが私の事を心配してくれ、気にかけてくれている事を改めて知ると同時に、とても嬉しくなった。
片付けが終わると、申請書類をみんなで見た。
最初にミサキさんが
「これは、もう及びじゃないかな……」
と言いながら、自分のローレルの構造変更をした際の、申請書類を見せてくれた。
「そんな事ないよ。ホントにありがとう。嬉しいよ!」
私は言ってそれを熟読してみた。
大きなところでは、舞華ちゃんのや、教師水野の物と変わるところは無く、申請理由も『操作性及び燃費向上のため』であった。
ただ、ミサキさんの場合は、要領書のページを丸々申請書類に添付しているため、ページ数が増えているのが特徴だった。
私が他の申請書と見比べてみると
「こっちの係官の人は、切り抜きじゃダメで、ページに赤丸にしろって言うからこうしたんだよ」
と、ミサキさんが補足説明してくれた。
すると、朋美さんが
「あと、私らは電子版を使ってPDFファイルだったから、図だけの切り抜きができなかったんだよ」
と言っていた。
そうか、ミサキさんの場合は隣の県の支局になるから、担当する検査官の違いっていうのもあるんだね。
ミサキさんの持ってきた書類はコピーなので置いていくと言われ、私は見ながら言った。
「解説書とかって、あった方が良いのかなぁ……」
すると、唯花さんが即座に
「それは、今後の状況次第だよね。今回の申請だけ終わったら、整備の機会なんてないんだったら、それっきりでもいいし、逆に整備の機会が多ければ、配線図だってあっても良いくらいだよ」
と返してきた。
配線図って、前にエッセのキルスイッチの作業で使った車の配線がどこにどうつながっているのかを示した、電車の路線図みたいな図だよね。
私は考えてしまった。
これから整備の機会は増えていくのではないだろうかと思う。
なにせ、ターボエンジンを積んだ基本はFRの4WD車なので、今の部員の中ではかなり優先順位が高くなってくるのではないかと思う。
でも、色々聞いている限りは、要領書や配線図は、結構高額なのだ。
正直本の価格としては、異常に高い部類に思えるし、そこまでしてコピー本だったら、保管という意味合いを含めて『これじゃない』感が強くなってしまうだろう。
七海ちゃんあたりが、コーラを飲みながら読んでこぼしたりすることも充分に考えられるのだ。
そんな事を考えていると、朋美さんが私の頭にポンと手を乗せて
「まずは、先生に聞いてごらん。何かあるかもしれないよ」
すると、ミサキさんも身を乗り出しながら
「そうよ、その先生ならR32のを持ってそうだし、A31とR32だったら配線は別としても、メカニズムはほとんど同じだと思うよ」
と言ってくれた。
そして、その様子を反芻するように眺めていた唯花さんが
「それに、その水野とかいう先生さ、部車の購入費用とか申請してるんじゃないかな? きっと、それを水増しプールして、そういう事に充てようと思ってるんじゃね?」
と、ニヤッとして言った。
確か、唯花さんは高校生の頃、生徒会で、課外活動促進の窓口活動をやっていたため、課外活動の仕組みの裏にまで精通していたのだ。
それによると、音楽系の活動の楽器や、球技系の部活のボール、そして、自動車部の部車というものは活動に必須なため、学校側から予算が割り当てられているはずだというのだ。
なるほど、私は部長なのにそう言った事情に疎い自分をちょっと恥ずかしく思った。
すると、唯花さんが
「燈梨、そんな事をいちいち気に病む必要ないから、まずは、登録の書類を見極める事が優先だよ。姉さんも見てあげるからさぁ」
と言いながらみんなで全ての書類に目を通しながら、こうした方が良いとか、ああした方が良いといった話に花を咲かせていった。
その中で、ミサキさんのローレルの時の書類はどうやって揃えたのかと訊いたところ
「ユイの叔父さんがこういうのが得意だから、必要なページとか持ってきてくれたんだよね」
と、ミサキさんが言った。
その話によると、関東に住む唯花さんの叔父さんは、車好きの神職さんで、こういった改造に精通しており、この話をしたらすぐに駆け付けてくれて、最後の難関だった配線作業と、この申請書類の資料の作成をやってくれたのだそうだ。
私たちは、その後も申請書類の話を中心に盛り上がっていたが、途中からいつの間にか闇鍋の話になっていた。
「燈梨の友達も呼んでさぁ、今度闇鍋パーティしようぜぇ!」
凄くハイテンションになった唯花さんに続いて
「そうね。せっかくだから、闇鍋と言えばのフー子も呼びましょう」
とミサキさんもハイテンションになって言った。
しかし、私はそう言うミサキさんの目が凄く腹黒い事を考えている時の目つき、通称黒ミサである事に気付いて
「いやぁ~でも、ここだと、みんなで鍋が囲めないし……」
と言って逃れようとした。
しかし、それを目ざとく見抜いたミサキさんは
「大丈夫、オリオリに頼んで別荘貸して貰おうよ!」
と言ってニッコリした。
しかし、その笑顔の目が笑っていないことに、私は気付いていた。
当日、私は熱が出ないかなぁ……と願った。
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『遂に闇鍋が始まるの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。