ガラスの瞳
あれから数日が経った。
その間、全く電話がかかってこなかったので車庫証明は無事に発行されたようだ。
昼休みに警察署に電話をして確認を取ったところ、間違いなく発行されていたので、沙綾ちゃんに頼んでバイクで警察署に取りに行って貰った。
沙綾ちゃんが警察署に向かっている間にセフィーロの最終的な整備を行った。
前回忘れていたクーラントの交換を行った後で、ブレーキランプや、ウインカーのチェックもやった。
ブレーキランプのチェックに関しては、ブレーキを踏む係と後ろで見る係がいれば割合簡単にできる事だけど、もし、後ろで見る人がいなくても、壁際に車を止める際に壁の反射を見る事で、1人でもチェックできるらしい。
一通りの灯火類のチェックをしていた私は気になる箇所を見つけたので思わず言った。
「なんか、右のライトが暗いね」
ハイビームの点灯も見ておきたいため、ハイ/ローの両方が点灯しているのだけど、ハイを消してローになった際に、右のロービームだけがやけに暗く感じてしまうのだ。
「プロジェクターライトだからじゃないっスか?」
七海ちゃんが言った。
あぁ、確かに昔のドリフト系の雑誌なんかではプロジェクターライトは暗いって度々話題になっていたね。きっとそういう本やネットの情報を七海ちゃんは見ていたんだと思うよ。
ただ、そうだとするなら、右だけっていう症状がおかしいじゃん。
今の状況は左と比べても明らかに分かるくらい暗いんだよ。
それと、私はコンさんのS13にも乗った事があるから分かるけど、プロジェクターライトが暗く感じるのは単なる錯覚で、一般的なライトが上下左右に光が漏れてるのに対して、プロジェクターは目標に対して光を漏らさないように照射してるから、漏れてる光を見て明るいと誤認しているだけなんだよ。
なので、面倒臭がらずにバルブのチェックをしよう。
ライトのバルブチェックには、まずはボンネットを開ける事から始まるんだよ。
開けたら、ライトの真裏あたりにコネクターがいくつか刺さっているので、それを外したら、ダイヤルみたいな留め具を回して外して、更にゴムの防湿カバーを外すんだ。
すると、バルブのお尻があらわになるので、バルブを固定している針金状のストッパーの先端を左右から摘まむようにして縮めてあげるとストッパーが外れるので、外れたストッパーをエンジンルーム側に倒して避かしておくんだ。
そこまでできたら、あとはバルブを引き抜けば完了だね。
抜き取った右のロービームバルブは、見事なまでにレンズが真っ白に曇っていた。
こんなに白濁していたら、いくらなんでも暗くも感じる訳だ。
「うわぁ、まるで白内障みたいだ……」
七菜葉ちゃんが言ったけど、確かにこの白濁の仕方はそう見えても仕方ないかもしれない。
「この曇りを取るしかないっスね!」
七海ちゃんが言ったけど、こんないつ入れたバルブかも分からない上に、表からだけ白濁している訳でもないから曇りを取って使うってのは、お利口な方法とは思えないよ。
「今気付いたんですが、セフィーロのライトはガラスなんですね」
若菜ちゃんがシルビアと叩いて比べながら言ったので、私は言った。
「うん、'80年代後半から'90年代前半にかけて徐々に切り替わっていったんだよ。今の車のライトは樹脂製だね」
「なんで切り替わったんですか?」
「軽量化とコストの削減、更には成形が容易で、複雑な形状にも対応してるからって聞いた事があるよ」
若菜ちゃんの疑問に私が答えると、その奥で七海ちゃんが
「でも、良い事ばかりじゃないっス、ライトが曇って濁るっていう最大の欠点があるっス!」
と言った。
話によると、七海ちゃんのお祖父ちゃんのマークIIと、お祖母ちゃんのヴィッツが、それぞれライトが曇ってしまい、最後には真っ白に濁って車検に不合格になってしまった事があるらしい。
「七海ちゃんのお祖父さんって、軽トラじゃなかったんだね……」
「バカにして貰っちゃ困るっス! 爺ちゃんはずっと軽トラとセダンの2台持ちっス!」
私が不意にボソッと言った言葉に七海ちゃんが反応してきた。
別にバカにはしてないけど、七海ちゃんの話の中にはいつもお祖父さんの軽トラで運転練習したっていう話しか出てこないからだよ。
「大丈夫っス! 今は軽トラの鍵は自分の分からない所に隠されたから、してないっス!」
「このっ、バカナミー-!」
ドヤ顔で言った七海ちゃんの背後から沙綾ちゃんがやって来たかと思うと、七海ちゃんのお尻に蹴りが決まった。
凄く良い音がしたよ、バシッッッッて。そして、空気がビリビリと震えたし、七海ちゃんも前につんのめっちゃったよ。すっかり忘れていたが、沙綾ちゃんがキックボクシングのチャンピオンであることを思い出させた瞬間だったよ。
「何すんだよ、沙綾っちー! お尻が割れたらどうするんだよー!」
「お尻は最初っから割れてるの! それとも、その腐った脳天割った方が良かった?」
七海ちゃんの反応に沙綾ちゃんは表情一つ変えずに返してきた。
これが、この2人のいつもの感じなんだね。私にもようやく理解が追いつくようになってきた。
沙綾ちゃんは、やれやれといった表情になってからふと気付いたように言った。
「あ、すみません。セフィーロの車庫証明、受け取ってきました」
「ありがと。それで、証紙の領収書は貰ってきた?」
「水野に渡してきました」
沙綾ちゃんは完璧な動きに感心してしまったが、すぐに内容を確認した。
車庫証明の用紙は3枚複写だったけど、2枚が返ってきた。その2枚のうち1枚は陸運局提出用と書かれていて、一番最後の1枚が所有者控なんだね。
それとシールだね。一応、ガラスの外からも中からも貼る事ができるタイプになってるんだね。
ただ、このセフィーロは後部ドア以後は黒いフィルムが貼ってあるから、外から貼った方が良いよね。
あ、そうだった。
すっかり車庫証明の方に話が飛んでいたけど、ライトのバルブを用意しなくちゃいけなかったんだ。
受け取ってきた車庫証明は書類ケースに仕舞って……と、ハイビームとフォグランプは問題なく点いたけど、フォグは別として、ライトのバルブはこの機会に交換しておいた方が良いね。
ロービームがこの状態なら、使用頻度の低いハイビームだったら、もっと交換してないだろうからね。
今から買いに行くと遅くなっちゃうから、明日の作業に持ち越す事にして、私は帰り道でホームセンターに寄って買っていく事にした。
それにしても色々種類がある事に今更ながら驚いた。
カー用品店ではないから、種類は少ないのは分かっているけど、それでもいくつも種類があって、どれにしようか迷ってしまうほどだった。
それを見ても私には良し悪しなんて全く分からなかった。私自身の車についているものだって、最初から入っているもので、どのくらいの明るさの物なのかも分からないので、部車に対して、どれにすれば良いのかの目安が分からないのだ。
しかも、教師水野にその話をした際も、予算の上限を提示されなかったため、受け取ったお金を使い切って良いものかで悩んでしまった。
そんな事で悩んでいる私の背後に、人の気配を感じて振り返ると舞華ちゃんが立っていた。見ると私服なので、一度下校した後のようだ。
舞華ちゃんはニヤッとすると言った。
「燈梨ぃ、どのバルブにするかで迷ってるのかい? 自分の?」
「いや、あのセフィーロのバルブが真っ白になっていて、それでね……」
私が答えると
「部車のだったら、この辺にしておけば良いよ。部のシルビアだって、これにしたんだよ」
とニコッとして言った。
それは、純正と消費電力は同等でも、明るさは遥かに明るくなっているもので、価格は1000円程度のものだった。
確かに、性能と価格のバランスも取れているし、部のシルビアに関しては、別に暗くも無ければ、切れてもいないので品質も問題ないものだろう。
ロービーム用、ハイビーム用をかごに入れて、問題なく終了した。
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